表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/85

パーシモンの評価

 ライスフィールドが函館2歳Sを圧勝したという情報は、たちまち馬主さん達の間に知れ渡った。

 それ以来、野々森牧場では電話で

『母親であるカヤノキには、1歳年下の弟か妹がいるんですか?』

『その馬は今度行われるセリ市には出てくるんですか?』

 というような問い合わせが相次いでいた。

 さらには牧場を訪れた人達から

「このオス馬がライスフィールドの弟、パーシモン(英語表記:Persimmon)ですか。確かセリに出すんですよね?」

「今年産まれた仔はいるんですか?いたら0歳のセリには出すつもりですか?」

 と問いかけられることもあった。

 蓉子はそのような対応に追われながら、ライスフィールドが勝ったことの反響の大きさを感じ取っていた。

「パーシモンは以前からセリ市に出すつもりで考えていました。」

「カヤノキには今年産まれた牝馬、レインフォレスト(英語表記:Rain Forest)がいますが、現時点ではセリは考えていません。」

 彼女はそのように打ち明けていた。

 一方、馬主さん達はそれを聞いて、ぜひともパーシモンを競り落としたいという気持ちをみなぎらせていた。


 翌月。パーシモンは蓉子の言葉通り、1歳馬のセリ市に出されることになった。

「さあ、いよいよね。ライスフィールドは小柄なのが響いて安い値段しかつかなかったけれど、2連勝したし、それにあんたは兄よりも体が大きいんだから、きっといい値段がつくはずよ。」

「多分うちが競り落としてしまうことはないだろうから、これでお別れになるだろうけれど、元気でいてくれよ。そして幸せになってくれ。」

 葉月と太郎は、別れを覚悟しながらパーシモンを馬運車に乗せた。

 そして彼女らも車に乗り込んで、一緒にセリ市の会場へと向かっていった。


 会場の観客席では大勢のバイヤー達が集まり、大きな賑わいを見せていた。

 蓉子もその席に座り、パーシモンの動向を見守りながら、自身も戦力になりそうな馬を調べていた。

(うーーん…。ライスフィールドが重賞を勝ち、パーシモンもかなりの値段がつきそうだから、多少値段の高い馬にも手が出せそうね。牝馬なら将来繁殖にあげることもできるから、牡馬のパーシモンと交換という形でいい牝馬を手に入れることができるといいけれど…。)

 彼女はそう考えながら、牝馬を中心にチェックをした。

 なお、隣の席には太郎が座っていたが、彼は蓉子ほど馬を見る目がなかったため、今回は手を上げずに動向を見守ることになっていた。


 セリが始まると、1頭ずつ馬がステージに姿を現した。

 馬の中にはバイヤー達の間で競り合いになり、どんどん値段が上がっていく馬もいた。

 一方で、全く声がかからずに時間だけが過ぎていく馬もいた。

(この馬なら安く手に入れることができそうね。ここで声をかければ落札は間違いないでしょうけれど、果たして稼いでくれるかしら?1200万円の値段しかつかなかったライスフィールドがデビュー2連勝で重賞を制覇した例もあるけれど、その例は何度も続くわけではない。慎重に考えなければ。)

 蓉子はそのような馬を見ながら懸命に考えた。

 しかし、結局最後まで自分から声をかけることはしなかったため、誰も買い手がつかないままステージを去っていく馬をじっと見つめることになった。


 そして10番目に、ついにパーシモンが姿を現すことになった。

「次はカヤノキの仔であり、今年の函館2歳Sを制したライスフィールドの半弟であるパーシモンの登場です。」

 司会者の人がそう言うと、会場は「いよいよか!」「待ってました!」と言わんばかりに、わっと盛り上がった。

 葉月に連れられてステージに現れたパーシモンは、1年前の兄よりも一回り大きな馬体を見せ、自分の価値をアピールした。

 奥の掲示板には最初の価格である2300万円が表示された。

(とりあえずライスフィールドの約2.5倍の価格に設定はしてみたけれど、これがこれからどのように動いていくのかしら?激しい競り合いになって値段がどんどんつり上がってくれると嬉しいんだけれど…。)

 ステージにいる葉月は、ドキドキが止まらない状況になった。

「それでは、始め。」

 司会者の声と共に、いよいよセリがスタートした。

「2500万。」、「2600万。」、「2750万。」、「2850万。」

 始まった途端、席のあちこちから声がかかり、たった10秒で3000万円に到達した。

(まずは順調ね。このままどんどん声をかけて。)

 蓉子はドキドキしながら状況を見守った。

 バイヤーからの声はその後も止まらなかった。

 それから間もなく金額は4000万円を超え、5000万円を超え、やがて6000万円にも到達した。

(よし。目標の額に届いたわ。これなら私が声をかけるまでもなさそうね。)

 蓉子はパーシモンを落札者に引き取らせる覚悟が固まり、その後はじっと動向を見守ることにした。

 6000万円を越えた後はさすがにセリに参加する人は減ってきたが、それでも値段は上がり、やがては2人による一騎打ちになった。

「6800万。」

「…6900万。」

「……7000万。」

 段々声がかかるまでの間は長くなってきた。

(売ることは確定したけれど、果たして最終的にいくらになるのかしら?何だかドキドキするわねえ。もっとも、それは贅沢な悩みではあるけれど。)

 安心して動向を見守るつもりだった蓉子は、再びドキドキが止まらなくなってきた。

「7000万円。他にございませんか?」

 司会者はそう言って、パーシモンのセリ市を締める準備を始めた。

 すると、蓉子から少し離れたところで「うーーん…、7050万。」という声が響いた。

 これで落札か。彼女がそう思った時、今度は反対側で「7100万。」という声がした。

(あー、もう吐きそうになってきた。どっちでもいいから早く競り落としてよ、もうっ!)

 すでにセリが始まってから5分が経過しているだけに、蓉子や太郎だけでなく、ステージにいる葉月も精神的に疲れてきた状態だった。

 それから20秒程時間が経過した後、一騎打ちをしているバイヤーのうちの一人が「7500万円!」と大きな声で発言してきた。

 一気に400万円も跳ね上がったため、場内が少しざわざわして、多くの人が声をかけた人に注目した。

 どうやらその人は50~100万円単位で上げていたのでははラチがあかないと考え、一気にカタをつけにきたのだろう。

 一方、もう一人の人はその作戦に動揺したのか、声をかけたくてもかけられずにいた。

「7500万円。他にございませんか?」

 司会者は観客席をじっと見つめながら長いセリを締める準備をした。

 その光景を見ても、バイヤーの人達は誰も手を上げようとはしなかった。

「それではパーシモンは7500万円で落札となります。」

 司会者がそう言ってハンマーを叩くと、会場からは大きな拍手が沸き起こった。

(やっと終わったわ。胃が痛くなってきそうだったけれど、予想を上回る金額で落札できてよかったわ。これもライスフィールドのおかげね。)

 蓉子はやっと重圧から解放され、ほっと胸をなでおろした。

「はあーー、良かった。これで胸を張って帰れるわ。パーシモン、別れは辛いけれど、良かったわね。」

 葉月は表情を崩し、小声でそう言いながらステージを後にしていった。


 その後、蓉子はパーシモンの後に登場したクノイチ(英語表記:Kunoichi)という牝馬に手を上げたものの、金額が予想以上に上がってしまったため、自分から辞退をした。

 クノイチを落札した人は、かつてトランクバークやインビジブルマンという馬を輩出し、ストアーキーパー(英語表記:Store Keeper、母母がトランクバーク)という3歳馬の馬主でもある木野求次さんだった。

(まあ、これは仕方がないわね。あの人(木野さん)の作戦勝ちだわ。こちらはライスフィールドの賞金に加え、パーシモンを売却したお金が手に入るから落札できなくはなかったけれど、ここであまり使ったら後で資金難に陥るかもしれないから。)

 蓉子はそう思いながら、笑顔で一礼をしている木野さんをじっと見つめていた。


 一方、パーシモンを落札した人は根室ねむろ那覇男なはおという芸名の芸能人(本名は弥富 那男なお)だった。

 彼は競馬界で数少ない女性騎手である弥富伊予子さんの父親でもあった。

 また、以前牧場まで直接やって来て

「このオス馬がライスフィールドの弟、パーシモンですか。確かセリに出すんですよね?」

 と言った張本人でもあっただけに、蓉子はすでに彼の顔を知っていた。

「この度は私達の生産馬であるパーシモンをお買い上げいただき、誠にありがとうございました。」

「こちらこそ。かなりの競り合いにはなりましたが、手に入れることができてほっとしています。」

「もしよろしければ名前を変更してもかまわないですが、いかがなされますか?」

「このままで大丈夫です。その方があなた様にとっても分かりやすいでしょうから。」

「そうですか。では、パーシモンをよろしくお願いします。」

「こちらこそ、今後もよろしくお願いします。」

 2人は色々と会話をした後、パーシモンを乗せた馬運車が会場を後にする光景をじっと見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ