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函館へ

 村重厩舎の陣営は、ライスフィールドが新馬戦を勝った後、函館2歳Sを目標に調整を重ねた。

 それと並行して、ユーアーザギターやライスパディーの調整も進められた。

(フロントラインは未勝利戦を脱出したご褒美として、道脇牧場に放牧に出されていた。)

 その中で、善郎と鴨宮君は調教のことについて話し合った。

「ヨシさん、ライスフィールドが併せ馬を行う時の相手馬なんですが、どうしましょうか?」

「そうだなあ。これまではライスパディーが相手だったのだが、パディーは前からスタートしてもフィールドに抜かれてばかりだからなあ。」

「はい。これじゃパディーもそのうち走る気を無くしてしまうかもしれませんし、フィールドにとってもメリットが無いかもしれません。僕としては思い切ってフィールドを3歳馬と併せてはどうかと思うのですが。」

「どうだろう…。2歳馬の夏の時期に年上の馬と一緒に走るのは分が悪過ぎると思うのだが…。」

「でもフィールドがこれから重賞に挑戦し、一流馬への道を駆け上がっていくためには、必要だと思うんです。ヨシさん、お願いします。ユーアーザギターと併せ馬をやらせてください。」

「……。」

 善郎はその場で答えることができず、腕組みをしたまま考え込んでしまった。

 彼は結局その場で答を出すことができなかったため、ユーアーザギターの管理を担当している道脇君にこのことを問いかけた。

「それはまだ早過ぎると思います。まだギターの方がタイムは早いし、秋になってからの方がいいのではないでしょうか?」

「そうか…。シンは併せてみたいようなことを言っていたのだがな…。」

 結局、道脇君も鴨宮君の提案を受け入れてはくれなかった。

(仕方がない。できれば併せ馬を行いたかったが、うちの厩舎では適した相手がいない。だからといって他の厩舎の馬と併せればフィールドのクセや特徴を教えているような状況になってしまうからな…。)

 村重君は悩んだ末に、単走で調整することを決めた。


 そのライスフィールドは新馬戦の直後こそ体重が400kgを切ってしまったが、7月中旬には再び400kgを超え、下旬に行われる目標のレースに向けて順調に調整が進められた。

 そして、レース5日前にユーアーザギターと一緒に函館競馬場までやってきて、ウッドチップコースで最後の調整が行われた。


 2歳馬にとって最初の重賞である函館2歳Sの当日。まずはユーアーザギターが第6レースの3歳以上500万下(芝2000m)に出走した。

 レースは1000万下から500万下の降級した4歳馬が多く出走しており、1勝しかしていない同馬にとっては見るからに分が悪そうな状況だった。

 14頭立ての11番人気であるユーアーザギターに乗った鴨宮君は、3kg減の特典を生かし、勝ちにいく競馬をした。

 しかし終始後方のまま最後の直線でもいまいち伸びず、結果は10着に終わってしまった。

「ヨシさん、すみません。何もできませんでした。」

「気にするな。こんなこともあるさ。君は早く気持ちを切り替えて、この後の函館2歳Sに備えてくれ。」

「はい、分かりました。」

 鴨宮君はそう答えると、足早に調整ルームへと向かっていった。


 その頃、道脇君は野々森牧場からやってきた3人と話し合いをしていた。

「道脇さん、今回は十分に併せ馬ができなかったということなんですが、大丈夫でしょうか?」

「鞍上の鴨宮騎手は重賞初騎乗で、しかも減量特典もないですよね。」

「さらには他の有力馬が早めに函館入りしているのに、うちは直前輸送だし。」

 蓉子、葉月、太郎の3人は不安要素ばかりが気になってしまい、道脇君にそのことを打ち明けた。

「それでも僕達、厩舎の陣営はやれるだけのことをやってきました。シンも絶対に勝つつもりでいますし、僕は彼を信じています。どうか皆さんも彼を信じてあげて下さい。」

 道脇君は内心では不安を感じながらも、堂々と言い切った。


 函館2歳Sは13頭の馬が出走した。主な出走馬と枠順と馬番、人気、そして鞍上の騎手は次の通りだった。


・フシチョウ(英語表記:Fushicho) … 5枠6番、1番人気、網走あばしりじょう騎手

・ライスフィールド … 2枠2番、2番人気、鴨宮新騎手

・トゥーオブアス … 1枠1番、3番人気、赤嶺あかみね安九伊あぐい騎手

・シリコンヒル(英語表記:Silicon Hill) … 8枠13番、4番人気、弥富やとみ伊予子いよこ騎手


 この中でライスフィールド以外の3頭は関西馬だった。

 13頭中、関東馬は3頭しかおらず、人気の上位8頭のうち7頭が関西馬だった。

 また、フシチョウは育成施設でライスフィールドと親友関係だった馬であり、2頭はその時以来の再会となった。

 余談だが、2頭の馬体重はそれぞれ520kg、402kgであり、馬体の違いもかなり際立っていた。


 発走時間が迫り、ファンファーレが辺りにこだますると、各馬は順番にゲートに入っていった。

 ライスフィールドはシリコンヒルを除く奇数番の馬達がゲートインした後、鴨宮君に誘導されながら勢いよくゲートに入っていった。

 そして大外のシリコンヒルがゲートにおさまると、いよいよレースが始まった。

 ライスフィールドは好スタートを切り、いきなり先頭に立つことができた。

 1番人気のフシチョウはスタートこそまずまずだったが、すぐに後方に下がっていった。

 トゥーオブアスは逃げるライスフィールドのすぐ後ろにつけ、2~3番手にいた。

(よし、このままライスフィールドをマークしていくぞ。)

 赤嶺騎手は事前の作戦どおりの展開に持ち込むことができた。

 シリコンヒルは好スタートを切った後、弥富さんが少し手綱を抑えたために下がっていき、大外から4~5番手辺りで落ち着いた。

 人気馬がそれぞれ違った作戦に打って出た中、鴨宮君は単騎で先頭をキープし、2番手のトゥーオブアスとは1馬身半程度の差をつけていた。

 3コーナーに入ると、ライスフィールドのリードは少しずつ縮まってきた。

(さあ、ここから交わしに入るぞ。先手必勝だ。)

 赤嶺騎手は2番手から先頭に立つための準備を整えていた。

 後方に待機していたフシチョウ鞍上の網走騎手は、3コーナー途中で外に持ち出しながら、順位を上げていった。

 対照的に4番手にいたシリコンヒルは全く動く気配がなく、仕掛けを始めた後続の馬に追い抜かれ始めた。

(まだよ。ここは我慢して、もう少ししたらスパート開始よ。)

 弥富さんははやる気持ちを抑えながらじっと機会をうかがっていた。

 トゥーオブアスやフシチョウが段々差を詰めてくる中で、鴨宮君は4コーナーになってもまだ動かなかった。

「どうしたの?このままじゃ追い抜かれるわよ。」

 蓉子はハラハラしながらライスフィールドを見つめた。

 残り300mの地点ではトゥーオブアスが外から先頭に並び、フシチョウも大外から襲い掛かろうとしていた。

(よし、ここから一気に行くぞ!)

 鴨宮君は直線に入るとムチを2発入れ、スパートに入った。

 そして一瞬追い抜かれたトゥーオブアスを抜き返し、再び先頭に立った。

 残り200m。先頭はライスフィールド。2番手はトゥーオブアス。大外からはフシチョウが勢いよく2頭に迫ってきた。

 一方、シリコンヒルは4コーナーで一瞬前がふさがり、そこで外に持ち出さざるを得なかったために、2秒程スパートが遅れてしまった。

 そのため、まだ6、7番手にいる状況だった。

(くっ。なかなか差が詰まらないわね。トゥーオブアスはもういっぱいになりつつあるけれど、ライスフィールドはまだ余力があるのかしら?もしそうならこちらは打つ手がなくなってしまう。)

 弥富さんはゴールが近づくにつれて、段々焦りの表情に変わっていった。

 やがてライスフィールドとトゥーオブアスとの差はみるみる開いていった。

 大外からはフシチョウが勢いよく突っ込んできて、トゥーオブアスを交わそうとしていたが、それでもライスフィールドとの差は縮まらなかった。

(もはやこれまでか。あのライスフィールドという馬、もしかしたらすごい馬なのかもしれないな。)

 網走騎手はフシチョウが上がり最速のタイムで追い上げていることを実感しながらも、勝利はすでに厳しいことを自覚していた。

 結局レースはライスフィールドが3馬身の差をつけてゴールしていった。

 2着には追い込んできたフシチョウが入り、トゥーオブアスは最後でバテながらも、何とか4着で掲示板を死守する形になった。

 一方のシリコンヒルは不利が響いて6着という結果に終わってしまった。

「やったーっ!!2連勝で重賞を勝てたわ!」

「お見事ね、ライスフィールド!圧勝じゃない!」

「鴨宮君、ナイス騎乗!恐れ入りました!」

 葉月、蓉子、太郎の3人は飛び上がって喜びをあらわにした。

「ヨシさん、何だか勝つべくして勝ったようなレースでしたね。」

「確かにな、ミチ。もしかしてライスフィールド、すごい掘り出し物なのかもな。」

 道脇君と善郎の2人は喜びよりも驚きの方が大きく、端から見ると唖然としているような感じだった。

 引き上げ場に戻ってきた鴨宮君は善郎にレースの感想について問われると

「ヨシさん、この馬バケモノですよ。」

 と興奮しながら答えた。

「そんなすごい手応えを感じたのか?」

「はい。実は僕、残り100mからはムチを打っているように見せましたが、実際は打っていないんです。つまり余裕でこのレースを勝っているんです。」

「マジか?だとしたら、僕達はとてつもない馬と出会えたことになるのか?」

「ですね。これなら朝日杯、狙えますよ。」

 2人は会話をしているうちに、喜びと共に体が震え始めた。


 ライスフィールドの函館2歳S制覇。それは村重厩舎と鴨宮君にとっては初めての重賞制覇で、野々森牧場にとってもクォーツクリスタルのフローラS(GⅡ)以来、5年ぶりの重賞制覇(通算2勝目)だった。

 彼らは記念撮影において、カメラマンに写真をバシバシ撮ってもらい、表彰式ではみんなそろってカメラ目線でポーズを取るなど、一見やり過ぎに見えてしまう程の喜びを表現した。

 表彰式が終わった後、厩舎の陣営と野々森牧場の陣営はライスフィールドのこれからの予定について話し合った。

 そして賞金面で除外を心配することなくGⅠにも出られる状況になりそうなことから、目標を朝日杯フューチュリティーSに設定し、そこから逆算して調整をしていくことを決めた。

 体が小さく、セリでも安い値段しかつかなかった馬がバケモノのような実力を発揮し、関西の有力馬をまとめてなぎ倒した。

 そして、これまでは夢の中での話でしかなかったGⅠレース出走が現実のものとなる。

 さらにはただ出るだけでなく、GⅠを制覇することもできるかもしれない。

 関係者全員の心にはそんな大きな目標と希望が芽生えていた。


2歳7月の時点におけるライスフィールドの成績

2戦2勝

本賞金:1900万円

総賞金:3700万円


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