第4話【春】桜の坂、重なる足音
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アラームが鳴るよりずっと早く、僕は布団の中で目を開けた。
けれど、以前のような焦燥感や、心の澱はない。窓の外から聞こえてくる小鳥の軽やかな声が、春の訪れを告げる柔らかな目覚めを運んできてくれたからだ。
僕は身支度を整え、少しだけ心躍らせながら玄関のドアを開けた。
「おはよう」
坂の上、いつもの待ち合わせ場所に、彼女はいた。
春の柔らかな光を背に受けて、少し照れたように笑う姿。世界がまだ「色のない」場所だったあの日、僕が想像もしなかった未来がそこにある。
「おはよう。今日もいい天気だね」
二人の声が重なり、静かな住宅街に溶けていく。
僕たちは並んで歩き出した。かつては孤独を紛らわせるために登っていたこの坂道が、今は二人で言葉を交わすための、特別な場所に変わっている。
坂を登るにつれ、鼻をくすぐる花の匂い。
夏はアスファルトの熱にうなされ、冬は凍える風に肩をすくめていたけれど、今は隣から伝わってくる微かな体温が、何よりも心強い。
見晴らし台に辿り着いたとき、僕たちは同時に足を止めた。
目の前には、春の霞を纏った淡い色の富士山。
あの真っ黒だった夏も、真っ白だった冬も、すべてはこの瞬間に繋がっていたのだと、隣を歩く彼女の横顔を見て確信する。
「見て、あそこの木、もう咲き始めてる」
指差された先には、一輪、二輪と誇らしげに開いた桜の花。
僕はポケットの中から、一枚の5円玉を取り出した。
「最後にお参り、行こうか」
神社の境内に、二つの足音が重なって響く。
賽銭箱に、5円玉を二枚、投げ入れた。重なるようにして落ちた硬貨が、高く、澄んだ音を立てる。
あの日、孤独に願った「よい夏休み」は、巡り巡って、この「かけがえのない春」を連れてきてくれた。
帰り道、僕たちは今来た橋を渡り、ゆっくりと坂を下り始める。
特別なことは何もない。けれど、鮮やかな色に彩られた新しい一歩を、僕たちは共に踏み出した。
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