第8話 それでも、私は
夜は、音が少ない。
王立学院の寮、その一室。
灯りを落とすと、外の世界が遠のいていく。
私は椅子に腰掛け、静かに息を吐いた。
――ここまでだ。
そう思った瞬間、胸が少しだけ軽くなった。
もう、否定する必要はない。
私は疑われている。
それは事実だ。
誰かが私を憎んでいるわけでもない。
誰かが嘘をついたわけでもない。
それでも。
私は「問題になり得る存在」として、
この世界に分類された。
分類されてしまえば、あとは簡単だ。
説明はいらない。
感情も不要。
正しさは、空気が決める。
机の上には、今日届いた書簡が置かれている。
内容は、丁寧で、穏やかで、理性的。
――しばらく、公的な場への出席を控えること。
――王国の安定を最優先とすること。
命令ではない。
だが、拒否できない。
私は紙を折り、そっと引き出しにしまった。
怒りは、ない。
悲しみも、ない。
あるのは、理解。
この世界は、私を切り捨てる準備が整った。
鏡の前に立つ。
映るのは、いつもと変わらない私。
姿勢。
表情。
視線。
どこにも、罪は刻まれていない。
「……それでも」
私は、声に出した。
それでも、私は逃げない。
逃げれば――
「認めた」ことになる。
誰のためでもない。
王太子のためでも、聖女のためでも、王国のためでもない。
私自身のために。
ふと、思い出す。
第二王子ユリウスの言葉。
『黙る奴を、いちばん都合よく使う』
ならば。
私は黙らない。
ただし――
喚かない。
感情に任せない。
世界の流れを、観察する。
誰が、何を、どこで、決めているのか。
どんな言葉が、どんな場面で使われるのか。
私は、考える。
これは個人の問題ではない。
構造だ。
もし。
この世界が、
誰かを「悪役」にしなければ回らないのなら。
もし。
その役を、私に割り当てることで
皆が安心するのなら。
……それでも。
私は、従わない。
悪役になることを拒否する。
だが同時に、
誰かを断罪することもしない。
私は、壊す。
人ではなく――
仕組みを。
窓の外。
月明かりが、静かに庭を照らしている。
何も変わらない風景。
何も起きていない夜。
けれど私は、知っている。
ここからが、本当の始まりだ。
追放フラグは、まだ折れない。
むしろ――
これから、完成に向かう。
だからこそ。
私は、立つ。
完璧な婚約者としてでも、
善良な被害者としてでもなく。
一人の人間として。
息を吸い、背筋を伸ばす。
私の中で、何かが静かに定まった。
恐れではない。
諦めでもない。
――覚悟だ。
追放フラグ【Stage3:孤立の確定】
――そして、観測開始。
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