第八話 接続
1.依頼者の呼称
本作に登場する九条斎のビジネスは、
その性質上、外部には決して明かされない複数の“進行ステージ”を持つ。
クライアントは取引の進度に応じて、
九条とミナトの内部で、以下のように呼び分けられている。
サービスの具体的な内容は作中で徐々に明らかになる。
ここでは名称と、その段階が示す“抽象的な意味”のみ記す。
〈λ段階:ラムダ〉— 仲介直後の潜在顧客
仲介組織を通じて紹介された直後の段階。
動機は不明瞭で、価値も未定義。
ラムダ段階の者は、まず“ここに来た理由”そのものが精査の対象となる。
ミナトはこの段階のクライアントを特に厳しく見極める。
〈α段階:アルファ〉— 選別を通過した有資格者
九条のビジネスにおいて“一定の価値を持つ”と判断された段階。
依頼者の動機が純度を保ち、意図が明確であることが条件とされる。
アルファに至ったクライアントのみが、次の段階へ進むことを許される。
〈β段階:ベータ〉— 初期実行工程へ移行した者
具体的な作業に入り始める段階。
ベータへの移行は容易ではなく、アルファの中からさらに選別される。
この段階では、クライアント側にも一定の“覚悟”が求められる。
〈γ段階:ガンマ〉— 最終調整・仕上げに入った者
取引の核心に触れつつある段階。
ガンマに至るクライアントは極めて少なく、
慎重な監視と調整が行われる。
実行プロセスはほぼ最終局面にあるとされる。
〈Ω段階:オメガ〉— 特異案件(九条専権)
九条斎のみが扱う特別な分類。
一般のクライアントとは異なり、
ビジネス上の価値という枠を超えた“特別な意味”を持つ。
その詳細はミナトにも共有されず、
オメガに至った案件が何を意味するのかは作中で徐々に明かされる。
◆【補記】
この階層体系はあくまで九条斎の内的な分類であり、
外部には一切公開されない。
段階は技術的な進度だけでなく、
クライアントの動機・覚悟・倫理的負荷・
そして“取引を成立させるに値するか否か”を示している。
この分類は、
物語の根底に流れる「価値とは何か」「存在とは何か」
というテーマとも密接に結びついている。
2.仲介組織について
《ミトコンドリア》──
それは、九条のビジネスを外側で支える仲介組織である。
ただし、一般に想像される“組織”とは異なる。
上下関係も、拠点も、名簿も存在しない。
構成員同士は匿名化された端点どうしで結ばれ、
必要な時だけ一時的に接続される。
その姿は、階層を持たないアメーバ状のネットワーク。
部分を切り離されても全体は崩れず、
事故が起きれば“その部分だけ”を即座に切断し、痕跡を残さない。
情報はチェーン化された経路を通って流れ、
誰がどこにいるのかさえ、構成員同士ですら知ることがない。
あるのは“つながり”だけ。
誰もが断片であり、全体であり、そして代替可能である。
ミトコンドリアの役割はただ一つ。
九条のもとへ、条件を満たした候補者──ラムダを運ぶこと。
それがどれほど危険で、どれほどの代償を伴うかは、
候補者自身が最終的に知ることになる。
内部通信ログ
セッションID:A9-FRD-INTR-0098
通信種別:非同期インタラプト
接続経路:Friends / Research Prompt Layer
記録モード:不可逆ログ
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[SYSTEM]
プロンプト入力待機中……
[INTERRUPT]
通信要求を検出
送信元:Mitochondria
優先度:Override
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[Mitochondria]
……接続完了
音声生成、調整中
……
お気に召したかな?
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[Kujo]
西崎千尋。合格だ。
正直、驚いている。
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[Mitochondria]
選別を通過したことは
我々にとっても興味深い結果だ。
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[Kujo]
ラムダの斡旋契約を結ぶ用意がある。
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[Mitochondria]
確認したい。
契約範囲についてだ。
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[Kujo]
言ってみろ。
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[Mitochondria]
Article 9 は
依頼者数が増え
依頼者のステージが進むにつれて
必ず、その事実が表出する。
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[Kujo]
だから何だ。
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[Mitochondria]
表出すれば
反対勢力が生まれる。
不可避だ。
それは、生易しいものではない。
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[Kujo]
想定している。
だが今の法制度ではArticle9を裁けない。
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[Mitochondria]
生易しいものではない、と言ったはずだ。
想定の外側から来る。
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[Kujo]
武力行使か。
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[Mitochondria]
そうだ。
あんたは学者だ。
世界をひっくり返す覚悟もある。
だが、知らない世界もある。
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[Kujo]
結論を言え。
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[Mitochondria]
ラムダの斡旋に加え
用心棒も斡旋したい。
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[Kujo]
ほう。
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[Mitochondria]
火消しだ。
火になる前に消す。
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[Kujo]
我々にとって不都合な事象を
起きなかったことにする。
そういう理解でいいな?
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[Mitochondria]
正確だ。
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[Kujo]
随分と自信があるんだな。
ミナトの選別は厳しい。
Article 9 の存在が表に出るには
ミナトの選別を通過した一定量のアルファ――
すなわち、正式契約者が必要だ。
それには大量のラムダの斡旋が必須だ。
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[Mitochondria]
その点は心配するな。
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[Kujo]
その用心棒とやらは
何をしてくれる?
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[Mitochondria]
議論を消す。
噂を消す。
計画を消す。
火種の段階で。
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[Kujo]
まず……デモしてみろ。
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[Mitochondria]
当然だ。
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[Kujo]
デモのコンテンツは?
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[Mitochondria]
九州の企業。
バイオAI開発中。
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[Mitochondria]
研究所時代の
あんたの同僚が作った会社だ。
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[Kujo]
……続けろ。
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[Mitochondria]
過激化した倫理団体が
ラボへの攻撃を計画している可能性がある。
現時点では未表出。
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[Kujo]
事実確認。
事実なら消せ。
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[Mitochondria]
無かったことにする。
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[Kujo]
エビデンスは?
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[Mitochondria]
全てレポートする。
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[Kujo]
以上だ。
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[SYSTEM]
通信終了
セッション切断
ログ固定完了
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ログ外記録(非公式)
九条は画面を閉じ、短く笑った。
「面白いじゃないか」
それは同意でも拒否でもない。
"接続"という単純な物理現象だ。




