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Article 9 永遠の愛 — それは福音なのか、呪文なのか!?  作者: あみれん


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第三十九話 境界

1.依頼者の呼称


本作に登場する九条斎のビジネスは、

その性質上、外部には決して明かされない複数の“進行ステージ”を持つ。

クライアントは取引の進度に応じて、

九条とミナトの内部で、以下のように呼び分けられている。


サービスの具体的な内容は作中で徐々に明らかになる。

ここでは名称と、その段階が示す“抽象的な意味”のみ記す。


〈λ段階:ラムダ〉— 仲介直後の潜在顧客


仲介組織を通じて紹介された直後の段階。

動機は不明瞭で、価値も未定義。

ラムダ段階の者は、まず“ここに来た理由”そのものが精査の対象となる。

ミナトはこの段階のクライアントを特に厳しく見極める。


〈α段階:アルファ〉— 選別を通過した有資格者


九条のビジネスにおいて“一定の価値を持つ”と判断された段階。

依頼者の動機が純度を保ち、意図が明確であることが条件とされる。

アルファに至ったクライアントのみが、次の段階へ進むことを許される。


〈β段階:ベータ〉— 初期実行工程へ移行した者


具体的な作業に入り始める段階。

ベータへの移行は容易ではなく、アルファの中からさらに選別される。

この段階では、クライアント側にも一定の“覚悟”が求められる。


〈γ段階:ガンマ〉— 最終調整・仕上げに入った者


取引の核心に触れつつある段階。

ガンマに至るクライアントは極めて少なく、

慎重な監視と調整が行われる。

実行プロセスはほぼ最終局面にあるとされる。


〈Ω段階:オメガ〉— 特異案件(九条専権)


九条斎のみが扱う特別な分類。

一般のクライアントとは異なり、

ビジネス上の価値という枠を超えた“特別な意味”を持つ。

その詳細はミナトにも共有されず、

オメガに至った案件が何を意味するのかは作中で徐々に明かされる。


◆【補記】


この階層体系はあくまで九条斎の内的な分類であり、

外部には一切公開されない。


段階は技術的な進度だけでなく、

クライアントの動機・覚悟・倫理的負荷・

そして“取引を成立させるに値するか否か”を示している。


この分類は、

物語の根底に流れる「価値とは何か」「存在とは何か」

というテーマとも密接に結びついている。


2.仲介組織について

《ミトコンドリア》──

それは、九条のビジネスを外側で支える仲介組織である。


ただし、一般に想像される“組織”とは異なる。

上下関係も、拠点も、名簿も存在しない。

構成員同士は匿名化された端点どうしで結ばれ、

必要な時だけ一時的に接続される。


その姿は、階層を持たないアメーバ状のネットワーク。

部分を切り離されても全体は崩れず、

事故が起きれば“その部分だけ”を即座に切断し、痕跡を残さない。


情報はチェーン化された経路を通って流れ、

誰がどこにいるのかさえ、構成員同士ですら知ることがない。

あるのは“つながり”だけ。

誰もが断片であり、全体であり、そして代替可能である。


ミトコンドリアの役割はただ一つ。

九条のもとへ、条件を満たした候補者──ラムダを運ぶこと。


それがどれほど危険で、どれほどの代償を伴うかは、

候補者自身が最終的に知ることになる。

スマホのアラームが鳴った。

リサは、自分の部屋の天井を見上げて目を覚ました。

坂の上のマンション。

見慣れた白い天井。

カーテンの隙間から、朝の光が斜めに差し込んでいる。


大きく息を吐く。

一瞬、何も思い出せなかった。

ただ、胸の奥に、重たい余韻だけが残っている。


光のスリップ。

呼吸するホール。

交渉するドッキングアーム。

赤く点灯した《Missing item》。


——あれは…夢だったのではないか。


そう思った。

自分が足を踏み入れたのは、取材先というより、異世界だった。

理屈では理解できても、感覚が追いついていない。

全てが、ノマドアーズの仮想空間で起きていた。

リサとメイコは、椅子に座っていただけだ。

その事実が、現実感を薄めている。


リサは、ゆっくりと上体を起こした。

狭いワンルーム。

使い慣れたデスク。

床に置いたままのバッグ。

コンビニのレシート。

洗っていないマグカップ。


カーテンを開け、繁華街を見下ろす。

夜とは全く異なる繁華街の顔がある。


すべてが…いつもの風景だ。


その“いつも”が、逆に現実感を失わせる。


視線が、デスクに向いた。


ノートPCのモニターが、点いたままだった。

スリープにもならず、白い画面が、そのままそこにある。


リサは、ベッドから降り、裸足のまま歩いていく。

足の裏に、フローリングの冷たさが伝わる。


画面には、文字が並んでいた。


時系列。

名前。

構造。

プロトコル。

ステータス表示。


《NEGOTIATING》

《NEURAL HANDSHAKE》

《LSP // CONNECTING》


自分の言葉で、昨日見たものが、淡々と書き留められている。

感想はない。

驚きも、恐怖も書いていない。

ただ、観測された事実だけ。


リサは、無意識にスクロールした。


バックヤード。

ドッキング。

Li-Fi。

検品。

型番。

欠品。混入。


そこには、昨夜の“幻視”が、冷たい文章として固定されていた。


——夢じゃない。


リサは、そこで初めて、はっきりと理解した。


これは、現実だ。


その瞬間、

胸の奥に、これまで感じたことのない種類の不安が、静かに広がった。


怖さとは、少し違う。

緊張とも違う。

それは、足場がなくなる感覚に近かった。


リサは、これまで、どんなに危険な取材でも、ここまでの不安を感じたことはなかった。


理由は、はっきりしている。


すべて、自分の意思で、踏み込んできたからだ。


自分で選び、

自分で嗅ぎつけ、

自分でリスクを計算し、

それでも進むと決めてきた。


だが、昨日は違う。


昨日、リサが見たすべては、

自分が探し当てた事実ではない。


メイコから、提示された事実だった。


選んだのは、自分ではない。

準備したのも、自分ではない。

順番を決めたのも、自分ではない。


ただ、見せられた。


そのことに、今になって気づいた。


——準備ができていなかった。

——なのに、分かったつもりでいた。

——どこかで、舐めていた。


リサは、そう結論づけた。


これは取材ではない。

少なくとも、いつもの取材ではない。


これは、

“事実を受け取る側”に回された取材だ。


リサは、モニターの文字列を見つめたまま、

知らず、拳を握っていた。


坂の下から、車の走る音が、かすかに届く。

日常は、何事もなかったかのように続いている。


今日からPMOメンバー、立花栞としての業務が始まる。


リサは窓から繁華街を見下ろしている。

だが、何も見てはいない。

昨日の重たい余韻がリサの視界を奪っていた。

だが、リサは抗わない。

戦おうとしない。

ただ、自分自身を放置する。

今までもそうしてきた。


リサの視界に、朝の繁華街の光景が飛び込んできた。

リサは、衣服と下着を床に脱ぎ捨てながら、シャワールームへ向かった。

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