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Article 9 永遠の愛 — それは福音なのか、呪文なのか!?  作者: あみれん


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第三十三話 詰責

1.依頼者の呼称


本作に登場する九条斎のビジネスは、

その性質上、外部には決して明かされない複数の“進行ステージ”を持つ。

クライアントは取引の進度に応じて、

九条とミナトの内部で、以下のように呼び分けられている。


サービスの具体的な内容は作中で徐々に明らかになる。

ここでは名称と、その段階が示す“抽象的な意味”のみ記す。


〈λ段階:ラムダ〉— 仲介直後の潜在顧客


仲介組織を通じて紹介された直後の段階。

動機は不明瞭で、価値も未定義。

ラムダ段階の者は、まず“ここに来た理由”そのものが精査の対象となる。

ミナトはこの段階のクライアントを特に厳しく見極める。


〈α段階:アルファ〉— 選別を通過した有資格者


九条のビジネスにおいて“一定の価値を持つ”と判断された段階。

依頼者の動機が純度を保ち、意図が明確であることが条件とされる。

アルファに至ったクライアントのみが、次の段階へ進むことを許される。


〈β段階:ベータ〉— 初期実行工程へ移行した者


具体的な作業に入り始める段階。

ベータへの移行は容易ではなく、アルファの中からさらに選別される。

この段階では、クライアント側にも一定の“覚悟”が求められる。


〈γ段階:ガンマ〉— 最終調整・仕上げに入った者


取引の核心に触れつつある段階。

ガンマに至るクライアントは極めて少なく、

慎重な監視と調整が行われる。

実行プロセスはほぼ最終局面にあるとされる。


〈Ω段階:オメガ〉— 特異案件(九条専権)


九条斎のみが扱う特別な分類。

一般のクライアントとは異なり、

ビジネス上の価値という枠を超えた“特別な意味”を持つ。

その詳細はミナトにも共有されず、

オメガに至った案件が何を意味するのかは作中で徐々に明かされる。


◆【補記】


この階層体系はあくまで九条斎の内的な分類であり、

外部には一切公開されない。


段階は技術的な進度だけでなく、

クライアントの動機・覚悟・倫理的負荷・

そして“取引を成立させるに値するか否か”を示している。


この分類は、

物語の根底に流れる「価値とは何か」「存在とは何か」

というテーマとも密接に結びついている。


2.仲介組織について

《ミトコンドリア》──

それは、九条のビジネスを外側で支える仲介組織である。


ただし、一般に想像される“組織”とは異なる。

上下関係も、拠点も、名簿も存在しない。

構成員同士は匿名化された端点どうしで結ばれ、

必要な時だけ一時的に接続される。


その姿は、階層を持たないアメーバ状のネットワーク。

部分を切り離されても全体は崩れず、

事故が起きれば“その部分だけ”を即座に切断し、痕跡を残さない。


情報はチェーン化された経路を通って流れ、

誰がどこにいるのかさえ、構成員同士ですら知ることがない。

あるのは“つながり”だけ。

誰もが断片であり、全体であり、そして代替可能である。


ミトコンドリアの役割はただ一つ。

九条のもとへ、条件を満たした候補者──ラムダを運ぶこと。


それがどれほど危険で、どれほどの代償を伴うかは、

候補者自身が最終的に知ることになる。

法務大臣は、ゆっくりと背もたれに体重を預けた。

会議室の空気が、わずかに緩む。

それは安堵ではなく、問いを投げる前の間だった。


「一つ、聞かせてください」


声は低く、淡々としている。

怒気も、威圧もない。

だが、この場にいる全員が直感的に理解した。


——これは、逃げ場のない質問だ。


「地べたを這うアリを一匹殺しても、罪にはならない。

 一方で、人を殺せば、罪になる」


法務大臣は壇上の“九条”を見据えた。


「この差を成立させている、

 最もプリミティブな根拠が分かりますか?」


一瞬の沈黙。

誰かが、無意識に椅子の肘掛けを握る。

壇上の九条は、間を置かなかった。

まるで、この問いが来ることを最初から知っていたかのように。


「不可逆性です」


即答だった。


「人を殺すという行為は、不可逆的です。

 死んだ人間を、元に戻すことはできない」


壇上の九条は、淡々と続ける。


「それが、人格の意味です。

 一度失われれば、同一の存在としては再現できない」


法務大臣の視線が、わずかに細くなる。


「一方、アリはどうか。

 一匹を殺しても、同種の個体はいくらでも存在する。

 社会はそれを“代替可能”だと見なします」


倫理担当が、息を呑む音がした。


「罪の重さと、再現性の大きさは、反比例する。

 それが、殺人と殺虫を分けてきた、最も単純な論理です」


会議室は静まり返っていた。

誰もが理解していた。


——これは、正しい答えだ。


そして同時に、

——危険すぎる答えだということも。


法務大臣は、静かに頷いた。


「……なるほど」


一拍。


「では、あなたの技術は」


言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。


「その不可逆性の根拠を、覆す可能性がある。

 そう理解してよろしいですね?」


壇上の九条は、否定しなかった。


「はい」


即答だった。


「人格を構成するニューロン構造が、

 再現・継承・更新可能になった時」


視線が、会議室を横切る。


「死は、不可逆ではなくなる可能性があります」


法務担当が、思わず口を開きかけて閉じた。

言葉にすれば、取り返しがつかないと本能が告げている。

法務大臣は、わずかに息を吐いた。


「それは——

 社会の根底を揺るがします」


壇上の九条は、微かに頷いた。


「ええ」


そして、続ける。


「ですが、それは必ずしも“破壊”ではありません」


一瞬、間。


壇上の九条は、淡々と続けた。


「人類史において、

 不可逆だったものが可逆になった例は、何度もあります」


一つ、指を折る。


「感染症。

 かつては発症すれば死を待つしかなかった病は、

 いまでは治療可能な“状態”になりました」


二つ目。


「失明。

 視覚を失うことは、人生の終わりに等しいと考えられていた。

 しかし、医療技術はそれを“回復可能な障害”へと変えた」


三つ目。


「情報の喪失。

 記憶は脳と共に失われ、歴史は断絶するものでした。

 だが、文字、印刷、デジタル化は、

 人類の記憶を可逆的な資産に変えました」


壇上の九条は、一拍置く。


「かつて、死刑は“不可逆だからこそ”正当化されていた。

 しかし、冤罪の存在が明らかになった時、

 社会はその不可逆性を、危険と見なすようになった」


法務大臣の指が、わずかに動く。


「不可逆性は、

 常に“神聖”だったわけではありません」


壇上の九条は、視線をまっすぐに向けた。


「それは、人類がまだ

 “戻す手段を持たなかった”という事実に過ぎない」


一瞬、沈黙。


「我々は、

 不可逆だったものを、

 段階的に“取り扱えるもの”へと変えてきた」


声は低い。


「死だけが、例外であり続ける理由は——

 技術的な不可能性に支えられていただけです」


誰も言葉を挟まない。


「デュプリカントは、

 その前提を崩します」


九条は、静かに結論を置いた。


「それは破壊ではありません。

 人類が、次の不可逆性に触れただけです」


スクリーンには何も映らない。

だが、誰も目を逸らせない。


「死の定義が変わることは」


壇上の九条は、会議室の奥、

誰もいないはずの空間を一瞬だけ見た。


「死の定義が変わることは、

 恐怖であると同時に、進化でもあります」


法務大臣の表情が、完全に硬くなる。


「あなたは、それを——

 進化と呼ぶのですか」


壇上の九条は、視線を逸らさない。


「社会の高度化、という観点から、そう呼ぶこともできます」


会議室に、冷たい沈黙が落ちた。

それは否定でも、肯定でもない。

ただ、決定が下された沈黙だった。

法務大臣は、ゆっくりと視線を下げた。


「……よく分かりました」


短い一言。


「あなたは、危険なのではない。

 ——早すぎるのです」


壇上の九条は、何も言わない。


「この国の法体系は、

 不可逆性を前提に組み上げられています」


法務大臣は、最後にこう付け加えた。


「それを失った社会を、

 我々は、まだ引き受けられない」


法務大臣が立ち上がる。


「次のスケジュールがあるので、これで失礼する」


そう言うと、法務担当と共に会議室を出ていった。

他の出席者達も次々に立ち上がり、会議室を後にした。


最後に立ち上がった審議官が、会議室を出る前に九条本人に声をかけた。


「デュプリカントの実演は素晴らしいプレゼンテーションだったよ。だがね、私は体の震えが止まらなかった。何故だか分かるかね?」


九条本人は立ち上がり、審議官に頭をさげると会議室を出ていった。

一人残された村上が膝の上でタブレットのキーをタイプすると、壇上の九条がゆっくりと消えていった。


誰も反論しなかった。

できなかった。

その瞬間、

九条斎という存在は、

国家の現在形から、静かに外された。

後日、三枚の書類が揃うことになる。


——内部告発書類

——倫理審査会議録

——研究停止通達書


だが、九条と村上を含むこの会議室にいた者たちは、

すでに知っていた。

書類が届く前に、

結論は、もう出ていたのだ。


三枚の書類が九条の研究室に届いたその日、九条と村上は、FFY統括マネージャーのデスクに辞表を置いた。


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