表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Article 9 永遠の愛 — それは福音なのか、呪文なのか!?  作者: あみれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/40

第二十三話 枝折

1.依頼者の呼称


本作に登場する九条斎のビジネスは、

その性質上、外部には決して明かされない複数の“進行ステージ”を持つ。

クライアントは取引の進度に応じて、

九条とミナトの内部で、以下のように呼び分けられている。


サービスの具体的な内容は作中で徐々に明らかになる。

ここでは名称と、その段階が示す“抽象的な意味”のみ記す。


〈λ段階:ラムダ〉— 仲介直後の潜在顧客


仲介組織を通じて紹介された直後の段階。

動機は不明瞭で、価値も未定義。

ラムダ段階の者は、まず“ここに来た理由”そのものが精査の対象となる。

ミナトはこの段階のクライアントを特に厳しく見極める。


〈α段階:アルファ〉— 選別を通過した有資格者


九条のビジネスにおいて“一定の価値を持つ”と判断された段階。

依頼者の動機が純度を保ち、意図が明確であることが条件とされる。

アルファに至ったクライアントのみが、次の段階へ進むことを許される。


〈β段階:ベータ〉— 初期実行工程へ移行した者


具体的な作業に入り始める段階。

ベータへの移行は容易ではなく、アルファの中からさらに選別される。

この段階では、クライアント側にも一定の“覚悟”が求められる。


〈γ段階:ガンマ〉— 最終調整・仕上げに入った者


取引の核心に触れつつある段階。

ガンマに至るクライアントは極めて少なく、

慎重な監視と調整が行われる。

実行プロセスはほぼ最終局面にあるとされる。


〈Ω段階:オメガ〉— 特異案件(九条専権)


九条斎のみが扱う特別な分類。

一般のクライアントとは異なり、

ビジネス上の価値という枠を超えた“特別な意味”を持つ。

その詳細はミナトにも共有されず、

オメガに至った案件が何を意味するのかは作中で徐々に明かされる。


◆【補記】


この階層体系はあくまで九条斎の内的な分類であり、

外部には一切公開されない。


段階は技術的な進度だけでなく、

クライアントの動機・覚悟・倫理的負荷・

そして“取引を成立させるに値するか否か”を示している。


この分類は、

物語の根底に流れる「価値とは何か」「存在とは何か」

というテーマとも密接に結びついている。


2.仲介組織について

《ミトコンドリア》──

それは、九条のビジネスを外側で支える仲介組織である。


ただし、一般に想像される“組織”とは異なる。

上下関係も、拠点も、名簿も存在しない。

構成員同士は匿名化された端点どうしで結ばれ、

必要な時だけ一時的に接続される。


その姿は、階層を持たないアメーバ状のネットワーク。

部分を切り離されても全体は崩れず、

事故が起きれば“その部分だけ”を即座に切断し、痕跡を残さない。


情報はチェーン化された経路を通って流れ、

誰がどこにいるのかさえ、構成員同士ですら知ることがない。

あるのは“つながり”だけ。

誰もが断片であり、全体であり、そして代替可能である。


ミトコンドリアの役割はただ一つ。

九条のもとへ、条件を満たした候補者──ラムダを運ぶこと。


それがどれほど危険で、どれほどの代償を伴うかは、

候補者自身が最終的に知ることになる。

現在——


東京のマンションの一室。


リサのノートPCが、短く通知音を鳴らした。

深夜ではない。

だが、誰かと連絡を取る時間でもない。


反射的に画面を見る。

差出人欄にある文字列は、短い。


APDEY


件名はない。

リサは本文より先に、添付ファイルへ視線を落とした。三つ。


一つ目は画像ファイル。

開く。


タイトルは

「β-E9-0005:MS v1.0」

署名は——田村メイコ。


画像ビューアいっぱいに、細い横線が幾重にも並ぶ。

日付。時刻。工程らしき記号。

行は多いが、意味はまだ掴めない。


(……スケジュール?)


判断は保留する。


二つ目も画像ファイルだった。

クリック。


画面が切り替わる。

薄暗いバー。低い照明。天井は見えない。

カウンター越しの歪んだ反射。

その中に立つ女。


——自分だ。


胸の奥が、わずかに跳ねる。

三ヶ月前。北九州。

薄暗いバーで、目出し帽の男が吐いた言葉が蘇る。


「秩序を乱すな。

 ネタは、こちらで用意する」


残る一つ。PDFファイル。

ファイル名は不自然なほど整っていた。


Tachibana_Shiori_CV.pdf


開く。


一枚目に証明写真。

顔は自分。

だが、こんなメイクをした記憶はない。


——立花 栞。


生年月日。学歴。職歴。

ページを送る。


業務経歴。

並ぶプロジェクト名。概要。ポジション。

肩書きの大半は、PMO。


PDFは、それで終わっていた。


本文の末尾に、短い一文。


フリーランチャー株式会社

採用面談 10/9 10:45


リサは椅子の背に体重を預け、天井を見上げた。


理解は、まだ追いついていない。

だが、一つだけ確かなことがある。


——これは、奴らが用意した次の「ネタ」だ。


単純に見れば、フリーランチャーへの潜入指示。

偽の経歴書と面談日時。

意図は明白だった。


それでも、分からないことがある。

二つ。いや、三つ。


一つ目は、この経歴だ。


PMO。


初めて見る言葉だった。

検索する。


PMO(Project Management Office)

組織内のプロジェクトマネジメント支援および標準化を担う部署


「……前に出ない、管理役?」


なぜ、この役割が自分に必要なのか。


二つ目は、あのスケジュール画像の意味。


PMOの定義からすれば、

支援・管理対象となる“何かのプロジェクト”が存在する。


リサは画像の解像度を上げ、ズームする。


Process


その列の下に、英語の工程名が並ぶ。


NDA contract

Mental-Exam

Physical-Exam

Look & feel design

Look & feel mock-up

Look & feel prototype


作業工程だ。

それが理解できた瞬間——


リサの視線が、ある行で止まった。


Neural Transcription


無意識に、人差し指が画面を指す。


「……N……T……」


立ち上がり、窓際のチェアへ移動する。

カーテンを開く。


眼下に広がるのは、夜の首都高速。

赤いテールランプの列。

いつもと変わらない、無音の日常。


「……神経転写」


意味は、分からない。

だが——


Friendsにも売らず、

一年間、胸の内に沈め続けてきた“あれ”と、

どこかで繋がっている気がした。


一年前。

ETHICは研究所爆破という派手な演出の裏で、

本当に見せたかったものを隠した。


リサが、あのカットを売らなかった。

だから——合格した。


このメールは、そう告げているようだった。


「観察、収集、記録の特等席を用意した。

今度は、近くで見ろ」


だが、まだ推測だ。

他にも、見落としている何かがある。


三つ目。

それは——分かりたくない類の疑問。


ETHICの人間が、

フリーランチャーの深部に潜入していることは、もはや確実だ。


偽の経歴書を作り、書類選考を通し、

内部のスケジュールを外に出す。


素人目にも分かる。

こんな情報が、偶然漏れるはずがない。


それでも、なぜ自分なのか。


そこまで入り込んでいる人間がいるなら、

その人物にやらせればいい。


リサは、着陸態勢に入った旅客機を目で追う。

音はない。


——立花 栞。


「……栞」


目印。

ページの途中に挟まれる、ただの紙片。


自分はETHICにとって、

そんな存在なのかもしれない。

同じ“栞”は、他にも無数にあるのだろう。


(捨て駒、か)


一匹狼でやってきた人生に、

初めて「巨大な歯車の一部」という感覚が混じる。


不快だ。

だが——悪くない。


——そろそろ、自分自身も記録対象に含める時だ。


リサはデスクに戻り、旅行サイトを開いた。

一週間後の北九州行き。

航空券とホテルを、淡々と予約する。


ノートPCを閉じる。

口角が、わずかに上がった。


(……面白いじゃない)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ