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第九話:First Patch

 翌日、午後一時きっかり。 F級ダンジョン『ゴゴブリンの洞穴』の前に、柏木修は立っていた。 約束の時間から遅れること数分、息を切らして駆けつけてきたのは、白石雪音だった。彼女は、ギルドから貸与されたであろう、新品だが最低ランクの革鎧と、小さな円盾バックラーを装備していた。その表情には、緊張と不安、そして昨日芽生えたばかりの、ほんの僅かな期待が入り混じっている。


「……おはよう、ございます」 「五分の遅刻だ。次はない」


 修は、挨拶を切り捨てると、雪音の全身を無遠慮にスキャンした。 彼の視界には、彼女のステータスが表示される。


[オブジェクト名: 白石 雪音] [レベル: 12] [HP: 90/90] [MP: 120/120] [状態: 正常 (睡眠・栄養状態の改善を確認)]


「……まあ、ハードウェアの初期化は済んでいるようだな」


 昨日とは見違えるように、彼女のバイタルは安定していた。最低限の準備は整っている。


「入るぞ。今日の目標は、お前のスキルの問題点の洗い出しと、最初のパッチ適用(修正)だ」 「は、はい……!」


 修に促され、雪音は緊張した面持ちで洞穴に足を踏み入れた。 ひんやりとした空気が、二人の肌を撫でる。すぐに、前方に二体のゴブリンの姿が見えた。棍棒を手に、こちらを威嚇している。 雪音の身体が、こわばった。パーティを組んでいた頃の、苦い記憶が蘇る。 『役立たず』『的になってろ』。そんな罵声が、幻聴のように聞こえた。


「落ち着け。まず、お前のスキルの現状を正確に理解しろ」


 修の冷静な声が、彼女を現実に引き戻す。


「お前のSランクスキル『聖域守護』。その効果は『半径5メートル以内の味方へのダメージを99%カットし、自身が肩代わりする』。強力な防御スキルだが、その代償として、お前自身の攻撃に関するパラメータが、全て強制的にゼロに固定されている」 「……はい」 「問題は、この『攻撃に関するパラメータ』の定義が、あまりに広すぎることだ」


 修は、まるでプログラムの仕様書を読み上げるように続ける。


「直接的な殴る・蹴るだけでなく、敵にダメージを与える全ての行為が『攻撃』と判定され、ブロックされる。例えば、お前が盾で敵を押し返そうとしても、その行為に『敵対的な意図』が含まれていれば、システムがお前の筋力パラメータをゼロにし、押し負ける。これが、お前が『ただの的』にしかなれなかったバグの正体だ」


 雪音は、目を見開いた。 今まで、誰もそんな風に、彼女のスキルの問題を分析してくれた者はいなかった。皆、「使えない」の一言で片付けるだけだった。


「最初のデバッグは、この『攻撃判定』の穴を探すことから始める」


 修は、ゴブリンを指差した。


「いいか。まず、スキルは一切使うな。あのゴブリンの攻撃を、その盾で、自分の力だけで防いでみろ」 「えっ……でも……」 「いいからやれ。お前の基礎的な戦闘能力を測る」


 有無を言わせぬ修の口調に、雪音は頷くしかない。 一体のゴブリンが、奇声を上げて棍棒を振りかぶり、突進してくる。 雪音は、震える腕で盾を構えた。 ガギン! 鈍い音と共に、強烈な衝撃が腕を襲う。彼女の身体は、いとも簡単に数メートルも吹き飛ばされ、地面に尻餅をついた。


[白石 雪音: HP 82/90]


「……くっ……!」 「なるほどな。レベル12の冒険者としては、身体能力は平均以下か。スキルに頼りきりで、基礎訓練を怠ってきた結果だ」


 修の、容赦ない分析が突き刺さる。


「だが、今の防御には『敵対的な意図』は含まれていなかった。ただ、身を守ろうとしただけ。だから、筋力パラメータは正常に機能した。つまり、『純粋な防御』は可能だということだ」


 修は、倒れている雪音には目もくれず、もう一体のゴブリンに向かって歩き出す。 ゴブリンが、修に向かって棍棒を振り下ろす。 修は、それを最小限の動きでひらりとかわすと、デバッグ済みの剣で、ゴブリンの首を一閃した。 あまりに洗練された、無駄のない動き。雪音は、呆然とそれを見つめていた。


「立て。次だ」


 修は、雪音を立たせると、新たな指示を出した。


「今度は、スキル『聖域守護』を使え。だが、ただ防御するんじゃない。攻撃を受ける『瞬間』に、お前の全神経を、盾に集中させろ。敵の力を受け流すでもなく、押し返すでもない。ただ、その衝撃のエネルギーが、どんな『データ』としてお前の身体を駆け巡るのか、それを感じ取るんだ」 「……データ、ですか?」 「そうだ。お前にとって、それはただの衝撃だろう。だが、俺の目には、それは膨大な数値データとして見えている。お前にも、その感覚の一端を掴んでもらう」


 雪音は、言われるがまま、スキルを発動した。 彼女の足元に、淡い光の魔法陣が広がる。 次のゴブリンの群れが現れた。修が、そのうちの一体を挑発し、雪音の元へと誘導する。 棍棒が、光の障壁に叩きつけられた。 衝撃はない。スキルが、全てのダメージを吸収しているからだ。 だが、雪音は、修の言葉通り、盾に意識を集中させた。 すると、感じた。 目には見えない、膨大なエネルギーの奔流が、盾を通じて自分の身体に流れ込み、そして霧散していく、その「流れ」を。


「……感じたか」 「……はい。何か、すごい力が……」 「それが、お前が今まで、ただ垂れ流して捨てていただけのエネルギーだ」


 修は、雪音のスキルのソースコードにアクセスしていた。 攻撃を受けた瞬間、スキル内部で、どのような処理プロセスが走っているのかを、彼は完全に把握していた。


「――よし。最初のパッチを当てる」


 修は、雪音の肩に手を置いた。


「動くな。お前のスキルコードに、新しいスクリプトを一時的に追加する」


[コマンド実行: Add_Temporary_Script("Impact_Echo", Target="Yukine.Skill.Sanctuary")] Warning: 対象オブジェクトへのスクリプト介入は、術者のMPを継続的に消費します。実行しますか? Y/N


「……実行だ」


 修のMPが、僅かに減少していく。 だが、それと引き換えに、雪音のスキル『聖域守護』のコードの末尾に、新たな数行が書き加えられた。


[スクリプト名: Impact_Echo] [効果: 防御成功時、吸収したダメージの10%を、非殺傷の衝撃波として、術者の前方3メートルに放出する]


「もう一度、同じように防御しろ」


 修が言う。 再び、ゴブリンが棍棒を振り下ろす。 雪音は、言われた通り、スキルでそれを受け止めた。 その、瞬間だった。 ドンッ! 鈍い音と共に、彼女が構える盾の前面から、目には見えない衝撃波が放たれた。 棍棒を振り下ろしたゴブリンは、まるで透明な壁に殴りつけられたかのように、後方へと吹き飛んでいく。


「え……?」


 雪音は、自分の盾を見つめた。 今、何が起きたのか、理解が追いつかない。


「今の、は……?」 「お前が捨てていたエネルギーを、再利用しただけだ」


 修は、淡々と告げる。


「これは、『攻撃』じゃない。あくまで、受けた衝撃に対する『反響エコー』だ。だから、お前のスキルの攻撃制限ロックにはかからない。ダメージはゼロだが、敵を怯ませ、押し返すことはできる」


 攻撃力、ゼロ。 その事実は、変わっていない。 だが、彼女の「絶対防御」は、今、初めて、「反撃」という概念を手に入れたのだ。


「……すごい……」


 雪音の瞳が、輝きを取り戻していく。 Sランクスキルに目覚めてから、ずっと、ただの「的」だった。 初めてだった。自分のスキルが、敵に対して、何らかの影響を与えたのは。


「勘違いするな。これは、応急処置パッチに過ぎん。燃費も悪いし、効果も限定的だ」


 修は、浮かれる雪音に釘を刺す。


「だが、これが第一歩だ。お前のスキルは、まだ、こんなものじゃない」


 修の言葉に、雪音は力強く頷いた。 その瞳には、ここ数ヶ月、失われていた確かな光が宿っている。 役立たず。欠陥品。バグ。 そう言われ続けてきた自分の力が、目の前の、この無愛想な少年によって、全く新しい可能性を示されたのだ。 『ハズレ』だと絶望したスキルは、まだ、輝ける。


「……はい!」


 その返事には、今までの彼女にはなかった、確かな決意が込められていた。 彼女を縛り付けていた絶望という名のバグが、今、一つ、取り除かれた。 『役立たずの聖女』の、リビルドが始まった瞬間だった。

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