第十六話:DEADLOCK
桐生カイトたちの足音が廃都の奥へ完全に消え去り、静寂が広場に戻った。赤黒い月の光が、崩れかけた回廊の影を不気味に長く伸ばしている。雪音は小さく息を吐き出し、構えていた白銀の円盾をゆっくりと下ろした。カイも手の中で弄んでいたナイフをしまい、ゴーグルを額に押し上げる。
「あー、ビビった。あの『アーク・セイバー』のトップに喧嘩売るなんて、兄貴も相変わらず無茶苦茶するッスね」
「彼らが自滅しかけていたのは事実です。私たちは、それを『最適化』したに過ぎません」
ミカゲは杖を静かに下ろし、タクミはまだ少し震える手で自身の胸を押さえていた。修は彼らの反応を気にする素振りも見せず、手の中の『コア・クリスタル』にプログラマーの権能を接続した。青く発光する彼の瞳の網膜上に、緑色の文字列が滝のように流れ落ちていく。
[Device_Access: Core_Crystal]
[Scanning_Directory...]
[Hidden_Path_Detected: Sector_0 'Quarantine_Area']
「……やはりな」
修の口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。
「修さん? 何か見つかったんですか?」
雪音が小首を傾げる。修はクリスタルを掲げ、空間の座標データを直接書き換えた。
「このC級ダンジョンは、ただの迷宮じゃない。神々のシステムが、この世界で発生した『処理しきれないエラーデータ』を隔離するための、隠されたごみ箱(隔離領域)に繋がっている」
修の言葉と同時に、広場の中央の空間がノイズまじりに歪み、赤黒い瘴気を放つ巨大なゲートがぽっかりと口を開けた。それは、世界のバグが凝縮されたような、おぞましい冷気を吐き出していた。
「この先に、俺たちのシステムをさらに強固にするための重要なリソースが眠っているはずだ。行くぞ」
修の決断に、仲間たちは誰一人として異を唱えなかった。彼らはすでに、この特異点たるリーダーに全幅の信頼を置いている。
ゲートを潜った先は、凍りつくような冷気と強烈な腐臭が支配する、果てしなく広がる地下墓地だった。
青白い燐光が石壁のあちこちに灯り、足元には無数の白骨と錆びた武具が散乱している。
「うわぁ……なんか、すごく嫌な匂いがするッス……」カイが鼻をつまむ。
「……死の匂い。エラーの、吹き溜まり」ミカゲが呟く。
その時、足元の白骨がカタカタと乾いた音を立てて震え始めた。
無数の骨が空中で結合し、朽ちた鎧を纏った『スケルトン・ナイト』や、怨念が実体化した『レイス』、半ば腐敗した『グール』となって、暗闇の奥から数千、数万という単位で湧き出してきた。
「なっ、なんだこの数は!? さっきの肉塊よりヤバいッスよ!」
「全員、戦闘態勢! 雪音、防衛線を構築しろ!」
「はいっ! 『聖域守護』!」
雪音が円盾を掲げると、眩い光の壁が展開され、先陣を切って襲いかかってきたスケルトンの群れを弾き飛ばした。
カイが光の壁を足場にして跳躍し、タクミが錬成した浄化の剣でスケルトンの頭蓋を叩き割る。
ミカゲが後方から『極大消滅』の出力を極限まで絞り、範囲魔法として展開。黒い球体がアンデッドの群れを次々と消し飛ばしていく。
だが。
「……嘘、でしょ」
タクミが絶望的な声を上げた。
砕け散ったはずのスケルトンが、数秒後には再び骨を繋ぎ合わせ、何事もなかったかのように立ち上がったのだ。ミカゲの魔法で半身を消滅させられたグールすら、空間から黒いノイズを引き寄せるようにして、瞬時に肉体を再生させている。
修の網膜に、警告のウィンドウが赤く点滅する。
[Error: Access Denied]
[Target_Status: Immortal_Flag = True]
[System_Message: Read-Only Data cannot be modified.]
(チッ……ただの不死属性じゃない。この領域のアンデッドは、神々のシステムによって『変更不可』のプロテクトがかけられている。物理ダメージも魔法ダメージも、システムが即座にロールバック(巻き戻し)して回復させてしまうバグ状態だ!)
修は自らの権能でソースコードに干渉し、眼前のレイスのプロテクトを強制解除しようと試みた。
だが、一体の不死フラグを書き換える間に、新たに数十体のアンデッドがポップし、呪いの霧となって彼らを包み込んでいく。
「修さん! 盾の表面が……削られていきます! このままじゃ、長くは……!」
雪音の悲痛な叫び。アンデッドたちの放つ『腐呪』のデバフが、システム上の数値として雪音の防御力を強引にすり減らしていた。
カイの動きも鈍り、ミカゲもMPの消耗を隠せない。タクミの浄化剣の光も、圧倒的な死の泥流の前にかき消されようとしていた。
(このままではリソースが枯渇する。敵のポップ速度が俺の処理速度を上回っている。完全にメモリリークだ)
修は現状を冷徹に分析した。
己のプライドや意地で全滅のリスクを負うなど、三流のプログラマーがやることだ。
「戦線縮小! 全員、俺の元に集まれ! 撤退する!」
「でも、逃げ道なんて!」
「俺が作る!」
修は手元のコア・クリスタルを強く握りしめ、プログラマーの権能を全開にして空間の座標を強引に上書きした。
[Execute: Force_Quit]
[Routing: Escape_Port_Open]
空間に青白い亀裂が走り、現実世界への強制排出ゲートが開く。
「飛び込め!!」
雪音が最後尾で押し寄せる死者の波を光の盾で防ぎ、カイがタクミの襟首を掴んでゲートへ飛び込む。ミカゲが滑り込み、修が雪音の手を強く引いて、自らも青白い光の中へ身を投じた。
直後、ゲートは閉鎖され、アンデッドたちの怨嗟の声は完全に遮断された。
――東京郊外。放棄された工業地帯の路地裏。
夜の冷たいアスファルトの上に、五人は乱暴に放り出された。
「はぁっ、はぁっ……!」
カイが地面に大の字になって荒い息を吐き、タクミは膝を抱えてガタガタと震えている。
ミカゲは杖を杖代わりにして立ち尽くし、雪音は申し訳なさそうに修を見つめた。
「ごめんなさい、修さん……私の盾じゃ、あいつらを倒せなくて……」
「気にするな。お前の役割は防いだ時点で完遂されている。問題は、俺のシステム設計の甘さだ」
修は使い古したスマートフォンの画面を見つめながら、氷のように冷たい声で言った。
「あの隔離領域のアンデッドは、通常の物理や魔法では絶対に倒せない。システムの保護を貫通し、対象の存在そのものを『浄化』する特権クラスのロジックが必要だ。タクミの錬金術による局所的な浄化や、ミカゲの火力では、リソースの消耗が激しすぎて連戦が効かない」
「それじゃあ、あの場所の攻略は諦めるッスか……?」
カイの問いに、修は青い瞳を妖しく発光させた。
「諦める? 冗談を言うな。バグがあるなら、修正するためのパッチを用意するだけだ」
修の脳裏に、前世の記憶が蘇る。
四十年の不遇な人生の中で見聞きした、数多の冒険者たちのデータ。
その中に、アンデッドに対してのみ絶大な威力を誇り、しかし生者への回復能力が著しく低いため「呪われた聖女」と呼ばれ、表舞台から姿を消したヒーラーの存在があった。
「……専門家をスカウトに行くぞ。俺たちのパーティに足りない、最後のピースだ」
翌日の午後。
灰色の雲が垂れ込め、細かい雨が降りしきる中、修たちは都市の辺境にある『廃教会』の前に立っていた。
かつては神聖な祈りの場であったろうその建物は、スタンピードの被害によってステンドグラスは砕け散り、外壁には黒々としたツタが這い回っている。
重い木製の扉を押し開けると、カビと古い本の匂い、そして微かな甘い香りが入り混じった空気が漂ってきた。
薄暗い堂内。ひび割れた祭壇の前に、一人の女性が膝をついていた。
死を連想させるような白髪。目が隠れがちな髪型と、色素の薄い肌。黒と紫を基調とした夜色の修道服を纏った彼女は、古い銀のロザリオを両手で握りしめ、透き通るような美しい声で、どこか狂気を孕んだ鎮魂歌を歌っていた。
足音に気づき、歌声がピタリと止む。
「……また、生者が来たのですね。穢らわしい、命の熱。私の静寂を乱さないでください」
彼女は振り返ることなく、ポエティックで意味深な言葉をボソッと呟いた。
修は仲間たちを後ろに控えさせ、一人で祭壇へと歩み寄った。
「セシル。Lv15。アンデッド特効のスキル『浄化の光』を持つ、呪われたヒーラー。……静寂を求めている割には、お前の内側は悲鳴を上げているように見えるがな」
その言葉に、セシルの肩が微かに震えた。彼女がゆっくりと立ち上がり、修の方へ振り向く。隠れた前髪の隙間から覗く、色味の薄い瞳が、修を鋭く射抜いた。
「……無礼な。私を知ったような口で語らないでください。私は生者を拒絶している。過去に囚われた亡霊なのですから。さあ、去りなさい。さもなくば、この不浄を焼く光で、あなたたちのその無駄な熱を奪いますよ」
彼女の周囲に、紫がかった浄化の光がチカチカと明滅し始める。
スタンピードで大切な人々を失い、自分の回復魔法が何の役にも立たなかったという絶望。それが彼女の心を閉ざし、スキルそのものに『生者への拒絶』という強固なデバフ(バグ)をかけている。
だが、修の青い瞳は、そのバグの構造をすでに完全に見透かしていた。
「お前の『生者への回復効果が低い』という呪い。それは欠陥じゃない。神々がお前に与えた力を、お前自身が『自己否定』のパラメーターで抑え込んでいるだけだ」
「なっ……!?」
セシルが目を見開く。彼女の放とうとした浄化の光を、修は権能によって一瞬で相殺(無効化)してのけた。
「見え透いたファイアウォールだ。本当に他者を拒絶しているなら、なぜそんな悲しい音程で歌う? 孤独に浸りながら、誰かに見つけてもらうのを待っているだけの、みすぼらしい無限ループだ」
「ち、違う! 私は……私はただ……!」
動揺し、後ずさるセシルに対し、修は一切の容赦なく踏み込み、彼女の震える手を強く掴んだ。
「俺はお前を慰めに来たんじゃない。お前のその特化しすぎたバグじみた力を、俺のシステムに組み込むために来た」
修の言葉は冷徹であったが、その奥には、不遇をかこつ者だけが共有できる、確かな共鳴があった。
「過去の死者に囚われて生きるか。それとも、俺たちと共に、この理不尽な世界を創った連中をぶっ壊すか。選べ」
修の青い瞳が、廃教会の暗闇の中で、セシルの瞳を真っ直ぐに射抜く。
「……お前の心のバグは、俺がデバッグしてやる」
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【現在のステータス】
■柏木 修
Lv: 16
HP: 750/750
MP: 85/195
STR: 68
VIT: 63
INT: 215
DEX: 170
AGI: 82
LUK: 7
ATK: 85
DEF: 69
RES: 200
現在の装備: 浄化の片手剣、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン
主なスキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブスキル『不遇の記憶』、パッシブスキル『並列演算』
■白石 雪音
Lv: 21
HP: 1850/1980
MP: 380/520
STR: 5
VIT: 310
INT: 72
DEX: 53
AGI: 48
LUK: 98
ATK: 0
DEF: 375
RES: 250
現在の装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、白銀の円盾
主なスキル: 【聖域守護】、【反射装甲】、パッシブスキル『不屈の精神』
■カイ
Lv: 18
HP: 620/680
MP: 120/160
STR: 130
VIT: 105
INT: 85
DEX: 325
AGI: 385
LUK: 165
ATK: 215
DEF: 98
RES: 80
現在の装備: タクティカル・サバイバルナイフ、浄化の片手剣、強化軽量レザーベスト、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ
主なスキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』
■ミカゲ
Lv: 20
HP: 540/540
MP: 850/1400
STR: 24
VIT: 40
INT: 335
DEX: 102
AGI: 122
LUK: 65
ATK: 190
DEF: 58
RES: 380
現在の装備: 深淵の魔導杖・改式、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り(動物の形をしたお守り)
主なスキル: 固有スキル『極大消滅』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中
■タクミ
Lv: 7
HP: 140/155
MP: 25/190
STR: 14
VIT: 18
INT: 55
DEX: 78
AGI: 28
LUK: 45
ATK: 21
DEF: 26
RES: 45
現在の装備: 煤けた作業用エプロン、特製指ぬきグローブ、指定学生服、初心者の小型錬金釜
主なスキル: 固有スキル:『錬金術(論理構築/オーバーライド)』、特殊技能:『アイテムの目利き』、パッシブ:『素材・道具知識』、状態:『工房のトラウマ(対人回避・克服傾向)』
■セシル
Lv: 15
HP: 180/180
MP: 1200/1200
STR: 12
VIT: 18
INT: 82
DEX: 35
AGI: 24
LUK: 7
ATK: 15
DEF: 26
RES: 105
現在の装備: 古銀のロザリオ、夜色の修道服(ダンジョン産繊維製)、隠者のヴェール
主なスキル: 『浄化の光』、『鎮魂の調べ』、『甘露の直感』、パッシブ『生者への拒絶』、状態『暗闇の安寧』




