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第五章 真相吐露⑧

学校に着くと、僕はすぐに家庭科室に向かった。そこで、包丁を持ち出して、リュックの中にしまった。

 学校はもう下校時刻になっていて、昇降口には下校しようとする生徒たちで溢れていた。今週からはテスト期間休みになっているので、どの部も活動は一切なし。つまり、校舎の中の人は、ほとんどいなくなる。文芸部だって、休みになるのだ。誰も文芸部の部室に近づくものはいない。

 一年生から三年生の教室がある南棟から、部室のある北棟へと向かった。階段を上って、三階を目指す。その間、すれ違う生徒は一人もいなかった。

 殺す、殺す、殺す。

 時田を、殺す。

 三階まで上がると、廊下の隅にある文芸部の部室の前で、壁に寄りかかりながらケータイをいじっている時田の姿が遠目に見えた。

 僕はリュックの中から包丁を取り出し、右手に握りしめた。

 殺してやる。そして、全てを終わらせてやる。

 走り出した。僕の足音に気づいて時田が顔を上げて、一瞬にこりと笑った。手まで振ってくる。僕はリュックの中から包丁を取り出した。スピードを上げて、まっすぐに時田の元へと走っていく。

時田は、僕の異様な雰囲気と、手に握られた包丁を見て、顔を真っ青にして怯えたように後ずさった。

「と、遠野くん……? なに、どうしちゃったの?」

 右手を振りあげた。包丁の刃が、きらりと光る。体ごと時田の胸に押し込んで、時田の心臓に、思い切り包丁を突き刺した。

 そのはずだった。

 でも、感触が何もない。時田の「どうしたの? 遠野くん。いきなり体当たりしてきて」という声まで聞こえてくる。僕は、ゆっくりと、恐る恐る時田の胸から離れた。

 時田の体は、無傷だった。でも、僕の右手には確かに包丁が握られている。包丁に血がついた様子はない。木でできている柄の部分を掴む感触も、刃がぎらりと光る光も、確かに見えるのに、時田は何事もなかったかのように「って、遠野くん、どうして包丁なんか持ってるの?」と素っ頓狂な声を上げていた。

「うあああああああああ!!」

 僕は錯乱して再び包丁を振り上げた。時田が「ヒッ」と恐怖に怯えた声を出した。僕は包丁を掲げたまま、その殺人道具の刃をじろりと見やった。

 そして――今度は、はっきりと見えた。振り上げられたままだった包丁は、すうっと姿を消していったのだ。刃になっている部分から順に、柄に向かって少しずつ姿を消していく。そして、最後には跡形もなく、僕の手の中から消えてなくなった。

 僕の格好は、ただ拳を振り上げているだけになっていたのだった。

「遠野くん、どうしたの? やめてよ。僕を殴るのは、やめてよ。僕、何もしてないよ。何もしてない、何もしてない……。今日はただ永井さんのことで相談があって……」

時田は、殺せないのか。どんなことをしても、時田は殺せないのか。

 ねえ、常盤くん。これが、この世界なの? 僕がどんな意志を使っても、この世界は変えられないの? 永井の死は、どうしようもないことなの? 神様が、時田はここで死ぬ運命じゃないと言っているの?

 僕は膝から廊下に崩れ落ち、両手をついた。絶望の底へと叩き落された。どうしようもないのか、どうやっても永井を守ることはできないのか。

「ねえ、遠野くん。本当にどうしたの? 僕でよかったら、相談に乗るよ」

「うるさい! お前が、お前がいたから。もう、帰ってよ、時田。僕の前にいないんでくれよ、お願いだから、どっか行ってよ……。本当に、どうかなっちゃいそうだよ」

「遠野くん……」

「帰って!」

「具合でも悪いの? 保健室、いっしょに」

「帰ってくれよ! 頼むから!」

「う、うん。ごめん。じゃあ、またね」

 そう言って時田は慌てて僕の横を通って、廊下を逃げるように走っていった。階段を降りていく音が聞こえて、それきり何の音もしなくなった。

 僕は廊下に崩れ落ちた格好のまま、地面を叩いた。何度も叩いた。叩いた廊下の上には、いつしかぽたぽたと滴が垂れ落ちて、水溜りになっていった。「何で、何で、何で……」と繰り返しながら、嗚咽をもらしながら、僕は廊下を叩き続けた。

 そのとき――。

「誠太くん!」

 力強い風鈴の音がした。優しく心を震わせて抱きしめてくれる、勇気をもらえるその音――永井の声だった。

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