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第四章 告白、告白、告白……⑰

 部室に入ると、赤く透き通る夕暮れの中、静寂が広がっていた。教壇のところに美紀と亮祐は二人で腰を下ろして、でも、何も話してはいなかった。

「あ、おかえり、誠太ちゃん」

手 前に座っていた亮祐が、僕に気づいて手を振ってきた。

「ただいま……」

「どうだった? はるちゃんと話せた?」

「それが、探したんだけど、永井、どこにもいなくて。それで、リュックを忘れちゃったから取りに来たんだ。リュックの中にケータイも入ってるから、それで永井と連絡を取ってみようと思って」

「そっか。リュックなら、あそこにあるよ」

 亮祐は、部室の真ん中に置いてある机の一つを指差した。その机の横に、僕のリュックが掛かっている。

「ありがとう、亮祐」

 僕は小走りでその机まで行って、リュックを取った。そのとき、亮祐のとなりに座って、うつむいていた美紀がいた。美紀の目元はさっきまで泣いていたみたいにうっすらと赤みがかっていた。表情にもどこか元気がない。

「美紀、どうかしたの?」

 美紀が、はっとしたように顔を上げた。

「誠太……。別に、何でもないよ、それよりも、誠太こそ、そんなに汗だくで大丈夫? 寒いから、汗が冷えて風邪引いちゃうよ。タオルとかハンカチとか持ってるの?」

「あ、いや、持ってないけど」

「じゃあ、私の貸してあげる。これでまずは汗を拭きなさい。はるちゃんと連絡取るのは、そのあとでもいいでしょ」

そう言って、美紀は自分のバッグの中からスポーツタオルを取り出して、僕に投げた。

「ありがとう」

 目の前にぱさりと落ちたタオルを拾って、僕は首周りの汗を拭った。背中や脇の下も汗で濡れていたが、さすがにそこまで拭くのは気持ちがはばかられた。

「ねえ、美紀。僕が出て行ったあと、何かあったの? 美紀、何か、泣きはらしたような目をしてるけど……」

 僕が美紀に話しかけると、亮祐が「ちょっと、俺、トイレ行ってくる」と言って、静かに立ち上がった。

「ちょっと、亮ちゃん」

 美紀が慌てた様子で亮祐を振り向く。亮祐はにこりと微笑んだ。そして、「頑張んなよ」と言って、そのまま部室を出て行った。

「美紀、どういうこと?」

 僕は困惑して美紀に尋ねた。窓の外は、夕暮れから夕闇へと移り変わっていた。

「誠太は、はるちゃんと、ちゃんと向き合うって決めたんだね」

 美紀は教壇の上に体育座りで座ったまま、僕を見上げた。

「うん。決めた。永井とちゃんと向き合った上で、僕が永井を守ってみせる。誰にも永井は渡さない。僕は、永井といっしょにいたいんだ」

「だから、本当に、もう、惚気ないでよ……。はるちゃんのことになると、誠太は本当に表情が変わるんだから」

「美紀?」

「ねえ、誠太。今まで辛くなかった? はるちゃんといっしょにいられなくて、辛くなかった?」

 僕は黙って頷いた。美紀は最初から僕の答えは分かっていたように「そうだよね」と頷き返して、続けた。

「誠太は、本当に、はるちゃんのこと好きなんだもんね……。もう、悲しくなるくらい好きなんだもん。はるちゃんのことしか見てないんだもん。私のことなんて、全然、全然見てないんだもん。最初からいっしょにいて当たり前、みたいな感じでさ。本当、あんた、バカなんじゃないの、って言いたくなるくらい、はるちゃんのことしか見えてないんだもん」

 美紀は寂しそうに笑って、体育座りの膝の中へ顔をうずめた。ポニーテールの結び目が見えた。少しだけ、結び目の位置がいつもより高い気がしたけど、それは気のせいかもしれなかった。僕には、分からなかった。

「正直に言っていいかなあ?」

 顔を埋めているからなのか、美紀の声はくぐもっていた。

「……なに?」

「私ね、誠太がはるちゃんと付き合わないって決めたとき、本当は、心の奥では、少しだけ、ほんの少しだけだけど、嬉しかったの。誠太の気持ちにも、はるちゃんにも、申し訳ないとは思ったんだけど、でも、やっぱり嬉しかったの。それは、どうしようもなかったの。だって、もしかしたら、これで私のことも、もっとちゃんと見てくれるかもって。もしかしたら、私にもチャンスがあるのかもって」

 部室は完全に真っ暗になっていた。電気を点けなければ、僕の位置からでも黒板の文字は全く読めない――だから、美紀の顔も、見えない。ただ、今にも泣き出しそうな美紀の声が聞こえるだけだった。

「口では誠太に色々言いながら、私は、自分のこと考えてた。しんどくない? とか心配しているようなことを言いながら、本当は、私を見て、私を頼ってほしいって。私のそばにいてほしいって。だから、私は誠太の考えを尊重したの。誠太が、はるちゃんに嫌われようとするのを、色々言うふりをして、それを黙って見てたの。はるちゃんが悲しんでるの知ってて、でも、誠太に、はっきりとやめなよ、とは言わなかった。強引にでも、怒ってでも、言うべきだったのかもしれない。でも、私は言わなかったの。嫌な女だよ、私は。人間として、最低だとも思うよ。でも、それでも、誠太のとなりにいるのは、私でありたかったの」

 美紀の想い。僕が全く気づくことのできなかった美紀の気持ち。

正 直に言おう。僕は、心の底から驚いていた。そんなこと、夢にも思わなかった。美紀の言うとおり、僕のそばには美紀がいて当たり前だったのだ。家族のような、兄妹のような幼馴染で、だから、そばにいて当たり前の存在だったのだ。

「美紀は、嫌な女でも、最低な人間でもないよ。優しくて、他人思いで……。僕は、そんな美紀の幼馴染であることを、誇りに思うよ」

「でも、好きにはなってくれない、でしょ?」

 膝の中に埋めた美紀の頭から、ずずっという洟をすする音が聞こえてきた。

「常盤が言ってたよね。『タイムループする人は、過去に強い後悔を持った人』だって。たぶん誠太は、私の後悔は、お母さんのことだけだと思ってたでしょ。でもね、それだけじゃないの。誠太のこと、自分の気持ちのことも、あるのかなって、私は常盤の話を聞きながら思ってたんだ。私は誠太に、一度も自分の気持ちを伝えてこなかった。バカなんじゃないのって言うことでしか、自分の気持ちを言えなかったの」

 花火大会の亮祐の言葉を思い出す。本当に、亮祐の言うとおり、僕は何も分かってなかったよ。亮祐が言っていたみたいに、近くにいすぎるから、なのかな。でも、それはやっぱり言い訳になっちゃうのかな。

 亮祐、お前は、ここまで美紀のことをちゃんと見て、考えていたんだな。やっぱり、かっこいいよ、亮祐。美紀は僕みたいな男じゃなくて、亮祐みたいなやつといっしょになってほしい。それが幼馴染にできる唯一の願いだった。

 美紀は顔を上げた。僕を見つめる。瞳は潤んでいたが、泣いていなかった。でも、泣き出す寸前のような顔で微笑んで、言った。

「誠太。私ね、誠太のことが好きだった。ずっと好きだった。ずっとだよ。ずーっと、ずーっと、私もいつ好きになったのか覚えてないくらい、ずーっと前から」

 部室の外、廊下から「ずずっ」という洟をすする音と「んぐっ」という嗚咽をこらえる音が聞こえてきた。声色が、亮祐だった。亮祐も、美紀の告白を聞いていて、今、まさに失恋をした、ことになるのだろうか。

 僕が返事をしようと口を開きかけたとき、美紀は黙って立ち上がって、部室の電気を点けた。蛍光灯の明かりが、ぱっと部屋中を照らして、何だか魔法から解けたみたいな感覚に陥った。

「返事はいらないの。分かってるから。ただ、私の気持ちを言いたかっただけ。自分の気持ちの整理を、つけたかっただけ」

 美紀は「えへへ」と笑って、「うーん」と大きく伸びをした。確かに、すっきりしたように晴れ晴れとした顔だった。

 僕は「本当、美紀は自分勝手なんだから」と笑った。

「うるさい。あんた、バカなんじゃないの」と美紀も笑う。

 本当、美紀は自分勝手すぎるくらい他人思いなんだから、とこっそりと心の中で言い換えていたのは、秘密。

「あ、ねえ、誠太」

「何?」

「話は変わるんだけどさ。明日、本屋行こうと思ってたんだけど、いっしょに行かない? あと、手袋とか洋服とかも買いたいから、そのあと、ショッピングモールも」

 美紀は目元を赤く染めながら、楽しげに笑う。もうさっきのことは吹っ切れたように――少しだけ痕が残りながら、いつも通りの笑顔を向ける。

「うん、いいよ。それよりもいいの? 美幸さんといっしょに過ごさなくて。もしかしたら、美幸さん、明後日に……」

「もう、縁起の悪いこと言わないでよ。分かってるよ。でも、大丈夫。きっと、大丈夫だよ。マラソン大会には出ないんだから、何も起こりようがないもの。だから、きっと、大丈夫」

「うん、そうだね」

「そうだよ。じゃあ、約束だよ、明日ね。何か、久しぶりに誠太といっしょにお出かけする気がするなあ」

 そう言って微笑む美紀の表情は、ものすごく可愛くて、亮祐に、素敵な人を好きになったんだな、と伝えたくなった。

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