第三章 花火大会⑩
駅に着くと、永井と亮祐はコインロッカーから合宿の荷物を取り出した。そのまま、亮祐と常盤くんは二番線に、僕と美紀と永井は一番線のホームに降りて、電車に乗って帰路に着いた。
夏合宿は、結局、タイムループ前の現実と変わらず、ほとんど遊んでばかりだった。
電車に揺られる。僕も美紀もぼんやりと黙って虚空を見つめていた。永井はそんな僕たちを心配顔で見つめていた。でも、何も聞かない。ただ黙って心配してくれる。そんな優しい永井だからこそ、僕は好きになったのだった。
電車がゆっくりとホームに滑り込む。ドアが開く。僕と美紀は並んで歩き出す。改札を抜けた。ロータリーを過ぎて横断歩道を渡ったあと、不意に美紀が口を開いた。
「ごめんなさい」――唇が、少しだけ震えていた。視点の定まらない目は、黒目が大きく見開かれ、「ごめんなさい……。ごめんなさい……」と繰り返した。
「どうしたの?」
空を見上げながら、僕は尋ねた。
「私が、東京へ行こうなんて言い出したから、誠太は、誠太は……」
「何言ってるんだよ。美紀は、僕を元気付けようとしてくれたんでしょ? 僕のことを思ってくれたのに、どうして謝ってるの」
美紀の顔を見つめる。美紀は手で顔を覆って、ぶんぶんと頭を横に振った。ポニーテールが揺れる。
「また誠太が死んじゃったら、私、どうしたらいいか、分からないよ……」
本当に、美紀は――。僕は、心の中で呟く。どうしようもなく、自分勝手で他人思いで、短気で優しくて、本当に、美紀は――どうしようもなく、いいやつだ。
ぽんっと美紀の頭に手をのせた。美紀の動きが止まって、そっと顔をあげる。
「だったら、過去を変えようよ。そしたら、僕も美紀も東京行きのバスに乗ることもなくて、死ぬこともないんだから。変えよう、僕たちの未来を。美紀は、一人で背負い込みすぎだよ。何でも自分に責任を感じて、それじゃあ、苦しいよ。ほら、いつもの美紀みたいに、『あんた、バカなんじゃないの』って笑ってみなよ」
涙の痕なのか、美紀の頬は赤く染まっていた。僕の顔を見つめる。目を潤ませながら少しだけ微笑んで、怒ったように僕の手を振り払った。
「女の子の頭を気軽に触るな。ったく、もう、何でいつもそんなに優しいのよ……」
「あれ? 何か言葉が違うんだけど」
「何よ、もう! あんた、バカなんじゃないの!」
「うん」
僕は、にこりと笑って、「僕は、バカだよ」と続けた。不覚にも、今度は揺れるような笑顔になってしまった。
「誠太……」
美紀は、眉毛をひくつかせて、顔を歪めた。そして、陸上のスタートのように勢いよく駆け出した。
「美紀? どうしたの!」
とっさのことで、僕は一瞬出遅れたが、すぐに美紀を追って駆け出した。走りながら美紀は僕を振り向いた。
「本当に、バカなんじゃないの! 好きな人に嫌われようとしてさ! バカとしか思えないよ! バカ、バカ、バーカ!」
よかった、元気になったみたいだ、と僕はふっと頬を緩めた。僕と美紀は、二人で住宅街を駆け抜ける。
「だって、じょうがないだろ! 好きなんだから! 永井のことが、好きなんだから!」
「だ、か、ら! いちいち惚気るな! 本当に、バカだよ! どうせ、何も知らないからそんなこと言えるんだ!」
「どういうこと!?」
しばらく、美紀の返事はなかった。
走り続ける。地面を踏みしめる。蹴り出す。風が、頬を撫でていく。
「はるちゃんのこと、本当は辛いくせに!」
「話をすり返るなって!」
「本当は、今すぐにでも、はるちゃんに好きだって伝えたいくせに!」
僕と美紀の距離が少しずつ縮まっていく。美紀のポニーテールは揺れる。ゆらゆらと左右に揺れる。僕の心も、本当は――。
「当たり前だろ! 辛いに、決まってるじゃないか。辛くないわけ、ないじゃないか……。本当は、いっしょにいたいって、思ってるに決まってるじゃないか! できることなら、好きな人といっしょにいたいって、思うに決まってるじゃないか!」
「本当に、バカ!」
美紀は僕を見つめて、悲しそうに微笑んだ。
月明かりを駆け抜ける。夜空の星が、頭上を流れていく。星は光り続けているのに、彗星のようにゆらゆらと揺れていた。




