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第1話「残り火」①

商都コマーサンド 西地区ハバーレス街



 朝霧も晴れ、朝の寒さもようやく穏やかな朝の気温にとって変わろうとしていた。

 そんな早朝。

 通りには露店が所せましと並んでいる。

 その中の一角、薄暗い隅で少女は現在進行形で――困っていた。


「俺らだって金とろうってわけじゃねえんだよ。貸してくれればいいわけ。商売してんなら釣銭とか控えてるんだろ?」


 な? と詰め寄ってきているのは3人ほどの小汚い男たちだ。

 少女が抱えている箱の中には磨かれたリンゴが入っている。


「リンゴなら売りますけど」

「だーかーらー、リンゴはいらねえんだよ。俺らが欲しいのは金なの。分かる?金。カ・ネ」


 3人の男たちはニヤニヤしながら手を差し出してくる。

 下手に逆らうのも得策ではないと考えあぐねていると男たちの向こうに知っている顔を見つけた。


「あ、ライ!」


 少女はひらひらと手を振る。

 目の前の少女が散々自分たちの思い通りにならないだけでなく、完全に自分たちを無視するような態度に3人の男たちのイライラは限界に達した。


「なんだってんだ!? あぁ? このガキが一体どこ見て――」

「邪魔」

「――ぶぎょえっ」


 大声を出した直後、背後から自分たちと同じようにイラついた言葉が聞こえたと同時に、3人の男たちは壁に叩きつけられた。

 まるでサンドイッチのように3人重なるようにして壁にめり込む。

 3人の男を殴りとばした張本人は、何故か朝から少し息を切らしている。


「あんまり隅っこで商売すんな。また面倒に巻き込まれるぞ」

「はーい。気をつけまーす。あ、ライお礼にリンゴあげる」


 片手をピンと上に伸ばして返事をする少女に対して、黒髪の痩身の青年―ライ―は呆れ顔だ。

 もらったリンゴは丁寧に拭いて磨いてあるのでそのまま口にする。

 そんな青年の顔色も知らずに少女は無邪気に話しかける。

 無邪気に。


「ねえねえライ、これってアレでしょ?」

「あ?」

「アタシ知ってるんだ。この前教えてもらったから」

「…なんの話だ?」

「これは―――『朝帰り』だよね?」

「ぶふっ」


 思わず口からリンゴの欠片を噴き出してしまった。

 いたいけな少女から予想外の単語が飛び出てきたことに驚嘆する。

 見ると少女は無垢な瞳をキラキラさせながらライを見つめている。


「大人になると許される夜の遊園地なんでしょ? ベッドの上でも天国が見れるんでしょ?」

「ちょっと待て。お前一体誰から――」


 そこまで言いかけてライは視界の隅で倒れていた男が起き上がるのに気づく。

 懐からナイフを取り出しながら、右手に魔力を集めている。


「てめえら! 俺ら無視してくっちゃべってんじゃ――」

「邪魔。後にして」

「――ぱぎゃっ」


 収束した魔力が魔術として発動する前に、再びライの一撃をくらって壁に激突し昏倒する。

 少女のほうも慣れた事らしく一々驚いたりもしない。


「あ、ライ、頬怪我してるよ?」

「ん? あぁこれはいいんだ。昨晩のだから。今怪我したわけじゃない」

「昨晩? あ、大人の遊園地? ライは何して遊んだの?」

「あー?あー…あー…俺は一晩中鬼ごっこしてたんだよ。そんときに少し怪我しただけだよ」

「ふ~ん、アタシもいつか行きたいなあ」

「足が速くなったらな」


 少女からもらったリンゴを食べながら、ノびている3人の男の方へ寄る。

 二人の人間に挟まれるようにして衝突したおかげか真ん中の男がまだ意識がありうつろな目でライを睨みつけた。


「ツラ覚えたぜ。見てろよ、いつか必ず―」

「ツラだけじゃなく名前も教えておいてやるよ。

 ライだ。ライオネル=スタンドバルド。ここらの便利屋で治安維持もやってる。この地域で暮らしたいんなら気をつけな。

 俺もお前らの顔は覚えた。次なんかしてたら容赦しねえぞ」


 男の目の前で落ちていたナイフを踏み砕く。

 それなりの硬度を持っているはずの鉄片が魔術も使わずに石畳の上で粉々になり、男は呆然とそれを眺めながら意識を失った。


「んじゃ、戻るわ。早く大通りにもどって仕事しろよ」

「うん! またねー!」


 少女の明るい声に送られながら、一晩中走り逃げ続けていたライは目の下の濃い隈を擦りながらその場を後にした。











「あ、帰ってきた! 朝帰り男!」


 大通りを抜けて自宅のほうへ戻ってくると赤毛の女がライのことを指さして叫んだ。

 手には箒を持ち、その鳶色の目は面白いネタを見つけ楽しんでいる目だ。


「どう? 夜の遊園地は楽しかったの? なによ疲れてフラフラ? 腰砕け?」

「……ここらのガキどもに変なこと吹き込んでのはお前か、ルミナ…」


 大通りを抜けている間に子供たちが意味も知らずに「朝帰り」を連発するので、その親たちにもからかわれ散々だったのだ。

 ルミナと呼ばれた女は箒を脇に置いて腰に手を当てる。

 説教モードである。


「なによ、朝帰りは朝帰りでしょうが。昨日の晩もアタシがお裾分け持って行った時には、いつの間にかいないしそれに…ってライ、怪我してるの?」


 頬の怪我を見つけたのだろう、再びルミナの目が輝く。


「ちょうどいいことに! 昨晩完成したばかりの傷薬がここに! 我らが頼れるケーニッヒ薬局看板娘ルミナが腕によりを掛けてつくった新しい傷薬! ちょっと塗ればたちまち治る! 痛みも軽減してくれるこの――んぐっ!」

「お前の傷薬はだいたい失敗作だからいいよ。リンゴでも食ってろ」


 けたたましく喋り出したルミナの口に食べていたリンゴの残りを突っ込むとライは嘆息した。


「んー!」

「どうせ失敗だって。前も傷は治らないし、痛みは増すし最悪だったろ」

「んー!んー!」

「せめて自分で使ってからにしろって。人を実験台にするなよ」

「んーー!」


 そう言い残して家の中にはいってしまう。

 やっとリンゴの一部を嚥下したルミナは憤慨しながらも、ライがかじってきたリンゴをシャクシャクかじる。


「ふん、なによ。美味しいけどさ」


 そして自分が齧っているところがライが口をつけた場所であることに気づいて顔を急激に赤らめた。










 ライの自宅はケーニッヒ薬局の上にある。

 ルミナはケーニッヒ薬局に住み込みで働いている。ケーニッヒ夫妻はルミナだけでなく、ライのことも気にかけてくれ、よくルミナに差し入れを持ってこさせてくれていた。


「あ、起きたの?」


 結局ライは朝から夕方まで眠りこけていた。

 ドアを開けると階下から階段を上がってくるルミナと目があった。


「ん、昨日渡しそびれた差し入れ。おばさんのシチューだよ」

「いつも悪い。ありがと」

「それから下にあった新聞、届いてた本、それとアタシの新作傷薬」

「ん、色々とありがと。はい、傷薬は返す」

「…ちっ」


 老夫婦の後を継ぐと豪語しているルミナの調合才能は壊滅的である。10種類つくって1種類成功するかしないか。失敗作の破壊力はすさまじく、それはもう薬ではなく武器として売った方がレベルである。


 薬局は庶民の医療機関として重要な役割を持っている。貴族には霊力による回復術があるのに対し、魔術には回復術がない。そのため薬品を扱う薬局は庶民にとって重要なのだが、ケーニッヒ薬局はいかんせん将来が不安だ。


「どこか出かけるの?」

「ヤズリクのところにね。用事を頼まれていたから」

「ふーん。アタシあの人苦手。どうでもいいけど、連絡のつくところにいてよね」

「悪い」

「なんか最近ライのこと知らないよそ者がたまにこの地域で無茶しようとするのよ」

「今朝も会ったよ。治安維持っつったって俺1人だしね。ごめん」


 成り行きから始めた治安維持の用心棒も相変わらずチンピラ相手ばかりだが、1人では手の回らないことも多い。

 ルミナは前掛けの裾をイジイジと握りながら不満そうな顔を伏せながら呟く。


「いいけどさ。最近ライ忙しそうだからさ。アタシと話す時間も―」

「あ、悪い。もう時間だ。行かなきゃ。シチューありがとう。おばさんにも伝えておいて」


 手早く鍋と新聞などを部屋に放り込むと、ルミナの横をさっさと通り抜ける。

 前掛けを握っていた手が小刻みに震える。

 キッと顔を上げたルミナは強烈な前蹴りをライの部屋のドアに食らわせた。


「ふんだ! ウスノロボケが!」


 若干建てつけの悪くなったドアにライが首をかしげるのはもうしばらく後のことである。




あと数話ほど展開が非常にゆっくりです。

途中であきらめず読んで頂けると幸いです。

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