プロローグ
~オーラント歴2053年 ロトワール戦闘区域~
「よう、決まったんだろ?」
冷たい雨が降っていた。
その中でも建物は燃え、横たわった死体からは血が流れ出している。
先頭の後で動いているのは『俺ら』だけだった。
「どうせまた無茶な命令だろ?」
イーサンが笑って俺の肩を叩く。
彼の手も血で汚れている。冷たい雨は多くの血を洗い流してくれるが、爪の間や隊服の布地に染み込んで赤黒く変色した血はもう洗い流せない。こびりついた血を落とす気もなくなったのはいつからだろうか。
「作戦コード118だと。上は無味乾燥な番号で示してくる」
「俺、数字は苦手だなあ。ほら隊長、みんな待ってんぜ」
振り返るとみんな揃っていた。傷つきながらも着いてきてくれた仲間たち。
雨雲に覆われて戦場はうす暗い。時々思い出したように、どこかで爆発が起きる。一瞬の光が照らしだすのは破壊しつくされた後の街並みだ。
美しいと言われていた石畳はめちゃくちゃにたたき割られ、その上をかつて家屋の一部だった柱が散乱している。その合間に見える死体。
死んでしまえば、人も家屋も結局のところ物体として等価値なのかもしれない。
「悪いな、みんな」
そういうと隊員のほとんどが笑った。
「そりゃあ今さらっしょ、隊長」
「俺ら結局好きでここにいるんだし」
「最強無敵バカ丸出しってやつ?」
「ゲハハハハハ」
傷を負って満身創痍の男たちが笑う。何人かの仲間は既にもう自分の脚では立てない。
その姿に奇跡はないことを見てとった。
『救国の英雄』などと一時は持ち上げられたけれども、それでも部隊の全員が生きては帰れない。
これは――戦争なのだ。
わかってはいた。そう理解して、多くの仲間を失いながらも戦場を駆け抜けてきたのだった。
「いきましょう、隊長。戦争を終わらせるんでしょう?」
リナリーの言葉が俺の背中を押す。
俺はもう一度、全員を振り返った。俺を信じてついてきてくれた戦友たち。俺の命を救ってくれた戦友たち。
1人の副隊長と4人の班長。
そのうちの1人に目をやる。彼女は血に汚れ、薄暗い光しか届かないこの戦場でもやはり綺麗だと思った。
「…なによ」
勝気な瞳は相変わらずだ。
頬に付いた血を拭う姿からは、迷いも、疲れも見えない。疲れているだろうに、それを見せない。
その姿を美しいと思う。
「別に」
「アタシも行くからね」
「別に何も言ってない」
「ふん、死にやしないわよ」
「約束だぞ」
「わかってるわ。いざとなったら秘密兵器もあるし」
「秘密兵器?」
「秘密よ。レディには秘密があるの」
「…信じてる」
「まったくライくんは心配性なんだから、もう」
「うるさいな」
ししし、と変な笑い方をする女を放っておいて、全員に声をかける。
最後の――任務だ。
「よくここまでついてきてくれた」
全員がニヤニヤしながら頷き、視線を合わせてくる。
部隊の隊長として就任した時はその年齢差もあって色々と揉めたものだが、戦場で共に過ごす時間が信頼を築いてくれた。
視線が、それを物語る。
「リナリー、キャメロン、イーサン、アルさん、レオナ。特にお前たち班長には感謝している」
雨の中、勢いよく剣を抜く。
水しぶきを上げて剣は空中を切り裂いた。
「次の戦いが最後だ。戦争の最後だ。そして最も過酷な戦場となるだろう。だが、やることは変わらない。常に先頭を切って走れ! 一番最初にこの戦争の終わりを見届けろ」
次々と全員がそれぞれの武器を掲げる。
「我ら『黒装束』、これより死地に生きる!」
4年後 オーラント歴2056年
商都コマーサンド 西地区
「逃げたぞ! 追え!」
鋭い声が後ろから飛んできた。ライはその緊迫した空気に軽く舌打ちをした。
「賊は一人だ! 取り囲んで抑えろ!」
目の前に現れた警備兵が剣を振りかぶる前に肩から体当たりをして吹き飛ばす。左から振り下ろされた剣は短刀で弾き、そのまま腰を落として相手を投げ飛ばした。
顔の半分を覆うマスクの中で呼吸が弾む。
闇夜に溶ける黒髪の間から紫の瞳が前方を睨んだ。
(イケる。このまま突破を……ッ!)
駆け抜けようとしたライの聴覚が風切り音を捉えた。咄嗟に身を引く。その頬を掠めるようにして矢が通り抜けていった。
(危なかった。もっと集中しないと)
頬から垂れる血を軽く拭い、矢を射ってきた方向に向けてナイフを放る。手応えはなくとも、相手が怯んだのがわかった。
そうして前方からやってくる警備兵を睨んでライは再び舌打ちをした。
女は屋敷の庭の一角で銀の煌めきが舞うのを屋敷の屋根の上から眺めていた。
不安定な屋根の頂点に立ちながらその姿はぶれたり揺れることはない。
視線の先には黒髪の男。
彼が振るう短刀は艶消しがされており黒い。
その短刀が警備兵の剣を受け流し、弾き、時として警備兵の腕や腹に裂傷をこさえていく。
「あれが『彼』なの?」
女が脇に控える従者に問うた。
「はい。その通りでございます」
黒髪の賊は警備兵に囲まれないよう止まることなく動き続け、そして屋敷の外へ脱出していく。捕縛の魔術が闇夜に光を伴って発動したが、結局捕えられていない。
警備兵の何人かが賊をおって屋敷の外にまで展開していった。
「いくぶん期待はずれね」
女が辛辣にそう言った。従者は何も答えない。
美しい女だった。
背後に輝く月の光を受けて女の髪が銀色に輝く。
その髪をかき上げながら女は赤い瞳を細めた。
「いかがなさいますか?」
月の光に照らされ幻想的な雰囲気を醸し出す女に従者が問う。
「あれが『彼』の全力なのかしら?」
「……」
「まあいいわ。もう少し様子を見ましょう」
はい、と従者は首肯する。
「どちらにせよ、彼は『鍵』になる人物だわ」
そう言って女は微笑んだ。
戦争は終わっていなかった。
2年続いたレグレシア帝国とハルメニア共和国の戦争は泥沼状態となり、3年前に停戦条約が結ばれた。
しかし、それは戦争の終わりを意味するわけではなかった。
それは一時的な停戦措置であり、両国の間には未だ緊張状態が続いている。
だが戦争を再開するほどの国力も蓄えておらず、事態は硬直状態のままであった。
レグレシア帝国において、貴族の特権『霊術』の行使によって民との格差は拡大し、貴族政治を戦前以上に強化するようになった。
ハルメニア共和国は、その内部で急進派が台頭し、『霊化武器』の生産を急がせていた。
戦争状態になくとも不穏な空気を孕む大陸。
今この大陸で、忘れさられた歴史と清算されていない罪が露わにされようとしていた。
初めまして。紅茶大全と申します。
この度、この小説「約束が守られるのを、世界は待っている」を連載開始します。
プロローグで何人か人物名が出てきましたが、まぁさほど覚える必要はありません。
超・長編となる予定ですので、お付き合いよろしくお願いします。




