11 お好み焼き
登場人物紹介
吉田亮…主人公、野球部エース
田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー
蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン
空腹が限界だったので、話はほどほどに、広島駅の中にあるお好み焼き屋に入った。
大学生くらいの店員にテーブル席を案内された。メニューはたくさんあったが、これが最後のランチになる可能性も考えて、慎重に考える。
「そんなに悩むことある?」
七海はそう聞くが、無視して一生懸命考えていると、七海に店員を呼ばれた。七海は海鮮スペシャルを注文し、「同じのでいい?」と聞かれ、とっさに頷いた。
「ここは奢るから任せて」
七海はそう言ってくれた。普段奢ってもらうことなんて一度もなかったからうれしかったが、それならもっと高いやつを頼めばよかったと少し後悔した。
入ったときは、昼前だったということでそこまで混んでいるというほどでもなかったが、どんどんお客さんが増えていき、一瞬トイレに行ったときに外を見ると行列ができていた。
これは時間がかかるかと思っていたが、意外に10分も経たないうちに、お好み焼きが出てきた。
「やっぱり麺が入ってるのが良いね」
七海はそう言いながら、スマホで写真を撮っている。見え方にこだわるらしく、真横や真上や色々試すが、最終的にどうでも良くなったらしく、食べ始めた。
「麺って別に普通じゃないの?うちのお好み焼きは麺入ってるけど」
母が作るお好み焼きはいつも焼きそばが必ず入っていた。そして、エビやイカなどもたくさん入っていて好物だった。
「あの本には、広島と大阪のお好み焼きの違いは麺って書いてあったよ」
「デマじゃない?」
俺は笑いながら、食べる。味も母の作るものに似ていて、具も似通っていた。
「でも私の家のは麺入ってないよ」
七海は新鮮な味だったらしく、箸がものすごく進んでいる。
「どっちにしろおいしい」
そう俺は言いつつ、もう箸が進まなかった。昨日、一昨日と普通に食べれたけど、やはり自分は病気だったんだと思い出させるほど、すぐにお腹いっぱいになる。食欲がなくなる。やはり生きられる時間はそれほどないんだと確信する。
七海は、俺が食べていないのを少し気にしているが、口には出さない。
「おかわりもらっていい?」
そう言って、七海は俺が残していたお好み焼きを皿ごと持っていく。
「良いけど、太るよ」
「女子に太るだけは禁句やから」
そう言いながら、七海は幸せそうに食べていた。この調子だと本当に太ってしまうんじゃないかと思ったけど、さすがに言わなかった。
店内のテレビでは、昼のワイドショーが放送されているようだった。店主が音量を上げて内容が入ってきたが、甲子園の話題だった。俺はふとテレビの方を見ると、俺が引退宣言をした映像が流れていた。テレビを見ていた店主が俺の方を見て、一瞬目が合ってしまう。すぐに目を反らしたが、店主はそのままこっちに来た。
「ちょっと兄ちゃん、もしかして甲子園の子か?」
完全にお忍びで来ているので、少しドキッとする。もっとも、ドキッとする必要もないかもしれない。別にスーパーアイドルとかになったわけでもなければ、世界トップのメジャーリーガーでもないので、本当はそこまで誰も興味ないのかもしれないとも思った。
「実はそうなんです」
「やっぱりかい。元気してるじゃね~か」
「まあそうです」
七海は、少しこっちを見た。本当は元気じゃないのに嘘つきやがってという顔だろうか。
「おう、こんな広島までどうした。ああデートか」
店主は七海の方をチラッと見ていた。
「そんなところです、優勝記念に」
七海が呆れたような顔をしていた。
「姉ちゃんを大事にしてやんなよ」
「はい」
本当に大事にしたい。願わくば今後も大事にし続けていきたいという気持ちがあふれてきたが、毎回毎回泣いていてもしょうがない。
「ちょいと握手してもらえるか」
そう言われて、堂々と握手する。実は普段だと、ピッチャーとしての感覚が狂うという理由で絶対に右手では握手していなかった。ただ、既に野球はやめた。なんなら、間もなく死ぬ。それであれば、むしろ自慢の右手を触ってほしいとすら思った。それもあり、右手を差し出し、握手した。普段絶対に右手で応じないことを七海は知っていたので、目を大きくして静かに驚いていた。
「ちょっと時間くれるか?」
店主が急いで引っ込み何か持ってきた。何だろうと思ったら、色紙を持ってきた。「時間くれるか?」からの色紙で勝手に笑ってしまったが、七海はしらけた目でこっちを見ていた。
店主もなかなか厚かましいなとも思ったが、むしろ今はちやほやされて最期を迎える方がちょうどいいとすら思っていたので、そのまま持ってきてもらった色紙にサインする。よく見ると、店内の壁の至るところに著名人のサインがある。特に広島の球団の選手のサインはほぼ全員あるんじゃないかと言うほど、様々な人、明らかに2軍にしかいなくて相当コアなファンでないと知らない選手のサインまであった。
体調を考慮して、甲子園の間は基本一般の方への対応はもちろん、取材への対応もしていなかった。注目されてから取材に応じたのは、引退宣言をしたあの優勝後インタビューだけだった。それもあって、サインを求められたのは実は初めてだった。何も決めていなかったので、まるで小テストに名前を書くような軽く、丁寧で、全く凝ってない字で「吉田亮」と書いた。よく考えると、これだと誰が書いても一緒だなと思ったが、おそらく人生で書くサインの数自体が把握できるほど少ないだろうから、偽物が登場することはないとも思った。
「店の名前と日付も入れてくれ」
サインは基本、本人のサインと、宛名、そして日付が必要らしい。そんな常識も知らなかったことに恥ずかしく思いながら、60代のじいさんとは思えない店主の目のキラキラを感じたこともあって、ちゃんとこの日の日付と店名も入れた。
「ありがとう」
店主はそう言ってもう1回手を差し出してきたので、もう一度握手した。
「ちょっとやばくない?」
七海がそう言い、周りを見ると、みんなこっちをスマホで撮ったりしていて、入口の方には店内を覗こうとたくさんの人が来ていた。
「これは仕方ないね」
「チヤホヤされて良かったね。ニヤニヤしないでかっこよくサインしてあげなよ」
七海からは嫌味ったらしく言った。さっきはサインの数は把握できるなんて思ったが、この調子だと把握できなくなるかもしれないと思った。ただ最後にこんな経験ができるとは、少しうれしくなった。そこまでチヤホヤされたいと思っていたつもりはなかったが、どうも深層心理の中には、そういう気持ちもあったらしい。
そのあと、1時間近く握手とサインをした。テレビ局のクルーが来た辺りで、さすがに怖くなり、帰ることにした。七海は店主にお金を支払おうとしていたが、色紙があるから十分と言われ、そのまま親切にも裏口から駅に行くまで案内してくれた。
無料だったらもっと豪華なもの食べれば良かったと思った。
「せっかく無料になるんやったら、3000円くらいするやつ頼めば良かったね」
がめつさ加減は七海も俺も変わらなかった。




