10 最後の遠出
登場人物紹介
吉田亮…主人公、野球部エース
田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー
蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン
翌日、6時に起きて、出かける準備をする。
「もう起きてるの?」
母は俺の気配に気づいて、部屋に入ってきた。
「朝からどこ行くの?」
「ちょっと」
さすがに、遠出すると言ったら怒られるかもしれないと思い、少し言い淀む。
「せめてどこ行くかは言って。いつ倒れたっておかしくないんだから」
「七海もいるから」
「そんな七海ちゃんにばっかり迷惑掛けられないし」
「七海はいいって言ってるから」
「私が良くないから、せめて場所だけでも言って。その感じ割と遠くまで行くでしょ?」
さすがに割と大きいボストンバッグに荷物を詰めていたら、バレる。
「もしかして、泊まり?いくら何でもそれはダメよ」
「さすがにそれはない」
外に泊まって、そのまま死んでしまったら、さすがにホテルの人に申し訳ないし、七海と二人で泊まるなんてことはいくら何でも間もなく死ぬ人がやっていいこととは思えなかった。
「で、どこ行くの?」
「広島」
「は?」
母は本当に気の抜けた「は?」を繰り出した。
まさかそんな遠出するとも思ってなかっただろう。実際に俺も驚いた。昨日、その海斗君のサイトを見て、会ってみようと思って住所を探してみると、広島に住んでいた。
ちなみに、自分の家の最寄駅からは新大阪駅まで直通の快速が一日数本走っていて、大体45分くらいで着く。そして、新大阪駅からは広島までは新幹線で1時間ちょっとだ。広島から10分くらいさらに電車に乗らないといけないが、乗り継ぎ含めて2時間半くらいで大体到着する。
遠出ではあるが、東京に行くよりはよっぽど近かったので、そこまでの遠出とも思わなかった。
「行ってきます」
これ以上、聞かれまいと外に出ようとした。
「いやいや、ちょっと待って。どれだけ遠いかわかってるの?」
「自由にしていいって言ってたし」
「そうは言ってたけど、さすがに遠出はダメよ」
「なんで?」
わからなくもないが、一応聞く。
「突然倒れたら人様に迷惑でしょ」
「それは」
それはそうだった。ただ、何としても行きたいと思っていた。
運命的なとまでは言わないし、ネットで見ただけでまだ会ったことも話したこともないけど、甲子園を応援してくれて、なおかつ病気で苦しむ少年と聞くと、少しでも力になりたいと思ってしまった。
玄関近くで母と言い争っていたところに、七海が来る。
「おはようございます」
「あら~、おはよう」
母はまるでさっきまでもめていたことを表に出さず、歓迎ムードで七海を迎える。
「ということでいいかな、母さん」
「どうせ止めても行くんでしょ」
母はもうあきらめたらしい。
「うん」
「わかった、勝手にしなさい。でも無理は禁物。それに七海ちゃんに迷惑かけちゃダメよ」
「うん、わかってる」
「七海ちゃん、本当にごめんね」
「私はそんな……」
「もし何かあったらすぐに連絡ちょうだいね」
母は七海にLINEのQRコードを見せて、LINEの友達になった。
「それからもしひどいことしたら、いつでも言ってちょうだいね」
「もちろんです、ぜひ連絡させてください」
「おい、そんなことしないから」
母も七海も笑っていた。
俺が七海にかっこつけて何か言ったりしたら、今後は母にも共有されるのだろうと思うと、うかつに何か言えないなと思った。同時に、もし七海と結婚したとしても、嫁姑は仲良くできそうだなと思った。
残念ながら、そんな未来は来ないけど。ただ、母も七海も結局俺は残していってしまう、そんなときお互いに少しでも思い出を共有できる相手ができたと思うと、それはそれで良かったと思った。
「じゃあ行ってきます」
「気を付けてね。必ず帰ってきてね。その時はお父さんもちゃんと起こしておくから」
父は息子が死にかけであろうと、こんな朝早くには起きてこない。ある意味、まだ死なないと確信しているからこそ、ゆっくり寝られるのだろう。父とももう一度会うためにも帰ってこようと思った。
「うん」
そして、願わくば、これが最後の一言にならないことを祈った。
七海と予定通り、直通快速で新大阪まで行き、新幹線で広島駅に着いた。直通快速は本数が少ないだけあって、ものすごく混んでいて、一気に疲れて、二人とも新幹線では爆睡していた。危うく広島駅を通り過ぎそうにもなったが、ギリギリ七海が気付いたことで、難を逃れた。
「やっと着いた。疲れてない、大丈夫?」
七海は気にかけてくれる。正直、結構疲れてはいたが、「大丈夫」と返した。
「とりあえずおなかペコペコ」
二人とも、母を説得することを頑張りすぎて、朝ごはんを食べていなかった。昨日子どもたちに三食が大事なんて話をした後にこれだと本当にみっともない。本当は最寄り駅や新大阪駅でおにぎりを買おうと思っていたが、乗り換え時間に余裕を持っていなかったために買えなかった。
「どっか入ろっか」
「広島と言えばお好み焼きじゃない?」
七海はそう言うが、それはどうだろうか。
「大阪の人にそれ言ったら怒られるよ。でも、広島焼きってさ……」
七海は遮って、
「ちょっと、広島焼きって禁句。それ大阪の側の人が使う言葉やよ」
知らなかった。広島のお好み焼きだから、広島焼きと言うものだと思っていた。
「広島では普通にお好み焼きやから。逆に大阪焼きって言わないでしょ」
確かにそうだ。意外に名称の時点で、こっちが本家、そっちが分家というようなマウントが取られているんだと気づいた。
「なんでそんな詳しいの?」
「本に書いてた」
七海はかばんから広島街歩きの本を持っていた。文庫版で、中は文字だけで選挙の不正があったとか、ここは幽霊が出るとか、そういう9割ゴシップネタが詰まったような怪しい本だった。
「胡散臭くない?」
「面白いよ」
こういう胡散臭い本をよく読んで、根も葉もない4流ゴシップ誌のネタみたいなことを言って、いつも盛り上がっていたのを思い出した。そういう類の話の良さは3年間ずっと聞いていたけど、全く分からなかった。




