番外編 いつか世界を救う子供ら
※村訛りは省略
はじまりの村。何がはじまるのか知らないが、何も無い超ド田舎である。
いや、田舎どころではない。周囲は深い森、深い谷、高い山。なんなら視界の範囲にこの村以外の人の営みを感じないド辺境だ。
そこで生まれ育った人間からすると、世界は村の中で完結しており、村での暮らしが全てだった。
日の出と共に起き出し、せっせと作物を育て、腕に覚えがある者は狩りや採取のために森に入る。稀に町まで下りて行商を行い、生活用品を手に入れる。まあ珍しくもない。よくある山中の小規模集落でもある。
村の位置する場所が人外魔境な危険地帯ということを除けば。
何故こんな、危険生物だらけの山に村があるのか。生半可な覚悟では村に辿り着けない。つまり、村民も相当の腕がないと一生を村で終えるしかない。その割には不思議なことに村人の容姿は髪も目も肌の色も多様で、複数の人種が集まってできた村とは思われたが、ルーツは不明だ。そこで生まれ育てば当たり前のものとして誰も気にしたこともなかった。
悪くはないだろう。大人しく土地と共に生きれば良い。そうしてこの土地は代々続いていた。
しかし中にはその暮らしに満足しない者もいる。
人々が起き出す日の出より前、まだあたりが暗い早朝の村外れ。二人の少年が村の外壁の前で揉めていた。
「ねえスーちゃん、危ないよ。かえろ」
「……」
「おれたちだけで村の外に出るなんて無茶だって。ほんとに死ぬよ?」
「おれたちだァ?オレが行くんだ。お前は勝手についてきただけだろうが、天雷!」
このとき、スクルとテンライは共に12歳。
当然、テンライはまだ英雄などではなく、代償魔法を受け取っていない。ごく普通の子供だ。
二人とも町の子よりはかなり足腰強く頑強かもしれないが、所詮は子供。魔物だらけの村の外に出ればタダでは済むまい。
しかしスクルはテンライの静止など聞く気はない。村の防壁になっているぶっとい木の柱の尖った天辺目掛けて投げ縄を放ると、見事に引っ掛けた。そのまま絞って固定を確認し、縄を支えに登っていく。
「やめなって! ばっちゃに言いつけっぞ!」
「家には書き置き残してある。好きにしろ」
「ええ〜っ」
小さくなっていく背中を見上げて、なんと声を掛ければ思いとどまってくれるのかテンライにはてんで分からなかった。
テンライの幼馴染は、やると決めたらやる男だ。他人の意見を聞く耳があっても、彼の中で価値のあることは妥協してくれない。
今日だってたまたまテンライが早く目が覚めなければ、こそこそ家を出ていくスクルを見かけなければ、こいつは一人で行く気だっただろう。書き置きまで残して、何かあればそれまでと腹を括って。
そう思ったら無性にいらいらして、テンライはぶらぶらしているロープの端を掴んでいた。
「じゃあおれも行く! おれもいくから、今日中に一緒に村に帰るんだよ!」
「あー……旅支度まではしてねーよ」
「なら散策だね。もう!ほっとくと絶対どっかで野垂れ死ぬよスーちゃんは」
「村の中で無意味に死ぬよりいい」
「そんなのおれがつまんない! 長生きして!」
村でたった二人の同い年の子供なのだ。テンライの遊び相手も、相談相手も、すべてスクルだ。スクルだって散々鳴動家に入り込んで寝食を共にしていた。なんなら自分の家にいた時間より鳴動家にいた方が長い。双子の兄弟のように育った。何を考えているか分かるとまでは言えないが、行動パターンは分かっているつもりだった。
それなのに、最近スクルは随分無謀に過ぎる。前から悪ガキではあったが、死んでも外に出たいなどと意味不明だ。
実はこの脱出劇も二度失敗して今回が三度目である。ついに正門からのテールゲートを諦めてこの時間からの防壁クライミングである。脱獄囚か。
テンライがロープを支えたのもあって、スクルはさっきよりも遥かに速度を上げてさっさと上り切り、防壁の上に跨ってテンライを待っている。
ついに成功しかけている喜びなんてまるで見えない仏頂面だ。何故こんなことをしたいのか、自分までやらかしているのか、テンライにはさっぱり分からない。
「まったく、むぼうな若者なんだから…」
分からないが、テンライもロープを登り始めた。
二人して見事に村を脱し、森に入って行く頃にはちょうど良く日が上り始めていた。
村人が作ったのであろう、枝を払っただけの獣道のような細い道行く。
旅支度はしていないという通り、スクルは軽装だ。小さめの風呂敷を斜めがけに背負い、弓を引っ掛け、手には短槍。
テンライは着の身着のままついてきてしまった。対策無しで村を出ているテンライの方が余程無謀な命知らずに見える。不本意だった。
「おれにもなんか武器貸してよ」
「勝手についてきたくせに。その辺の棒でも拾ってろ」
「ひっでえ〜」
言いつつ、いい感じの棒を拾って投げ渡してくる。
テンライが訓練でよく振っている木刀に似た長さだった。もしかしたら短槍を借りるより使いやすいかもしれない。こういうところあるんだよな、とテンライは軽く棒を振った。
「ねえどこ向かってんの?」
スクルは町に向けて下山するのではなく、どうも山を登って行くつもりのようだった。てっきり村の若衆のように町に憧れがあって遊びに行ってみたいのかと思っていたのだが、そういうわけではないらしい。
まあ町まで何日もかかるらしいので無理なことはテンライでも分かる。それならそれで引き止められる真っ当な理由になったというのに、冷静に町以外を目的地にしているなんて。
「ちょっとだまれ」
足を止めたスクルがじろりとテンライを睨む。
「なんだよもー」
「だまれって!」
横暴ぶりに不平を漏らせば、槍のない左手でガッと口を塞がれた。只事ではない雰囲気に、テンライも息を呑んで耳を澄ます。
草を踏み分け、土を蹴る音。人間より脚が多い。気づいた時には遅かった。こちらに向かっている!
向かってくる方向を認識した瞬間、スクルがテンライの手首を掴んで右斜め後ろに追いやった。スクルの背中越しに、草むらの中から漆黒の毛並みの獣が現れたのが見えた。
「ヘルハウンド…」
ぐるぐると唸る、真っ赤な瞳の魔物だ。魔物は自分の領域に入った生き物を絶対に見逃さない。どちらかの息の根が止まるまで執拗に追いかける。足の速さで敵うわけがなく、出会ったら戦うしかない。
分かっていたことだがこうなった。生きた魔物を見たことがない訳ではない。しかし自ら相対するのは初めてだ。勝手に膝が震える。
スクルはといえば、ヘルハウンドと睨み合っている。目を逸らした瞬間、襲いかかってくるだろう。
彼の左手にはいつの間にか石が握られていた。ゆっくりと手首を回す。1回、2回……何故かテンライはその意図を汲めた。
3回目でヘルハウンドの頭目掛けて投石。当然スクル目掛けて飛びかかってくる獣をテンライは横から棒でフルスイングするも、かするだけになってしまった。
(しまった…!)
強襲に失敗するのは大きな隙になる。勢いが逸れて地面を滑る獣の足元が土煙を上げたが、体制を直すと共に今度はテンライに向けて牙を剥く。恐怖と緊張に息が止まる。
しかしヘルハウンドはギャンと悲鳴をあげて突然転げた。テンライに意識が向いた瞬間に、スクルは魔物の足に縄引っ掛けていたらしい。安堵の息をつく暇もなく縄を投げ渡された。
「お前持っとけ!」
「エエッ!!」
魔物はトドメを刺さない限りずっと狙ってくる。殺すしかない。テンライはまだ生き物を殺したことがないため、スクルは最初から自分がやる気だった。
ヘルハウンドが体勢を戻せないよう、テンライは全力でロープを引っ張った。力比べで敵わなくとも、足一本の自由を奪えれば十分だ。
スクルが槍を握り締め、足を取られている魔物の柔らかい毛に覆われた腹を狙った。何度も、動かなくなるまで。
接敵してからあっという間の出来事だったが、二人には長い戦いだった。肩で息をする少年たちと、魔物の死骸。どちらが死んでもおかしくはなかった。
魔物の死骸は梃子を使って転がして崖から落とした。他の獣が集まっては帰りに危ないので。
「弓の出番がなかった……」
かなり邪道な狩りだったが、いきなり遭遇する緊急事態だったのだから仕方ない。
その後も二人は魔物を二度倒した。スクルが矢面に立ち、テンライがサポートをする形でそれなりに戦えてしまうのだから彼らは優秀な狩人になるだろう。
そうして尾根にまで登り、森を抜けて開けた岩場に着いた。日はいつの間にか中天を少し越えていた。
崖に突き出す一際大きな岩をスクルが指差す。目的地らしい。
「思ったよりデケェな」
その岩の形には見覚えがあった。村の西の見張り台から見えるテング岩だ。
「テング岩のテングって何かな」
「さあ」
「この岩みたいな形のテングってのがいるのかな。魔物かな?」
「そうかもな」
スクルが岩をよじ登るのでテンライも追う。
初めての魔物との戦い、山登りに続き、身長の三倍はあろうというフリークライミングだ。登り切ったらへとへとだった。
岩のヘリに立つとぶわりと風が髪を巻き上げた。そして眼下に広がるのはどこまでも続く雄大な山々、深い森、澄んだ大空に翼を広げた鳥がピューと高い鳴き声をあげながら飛んでいった。
防壁に覆われた村から出て、囲いのない世界を初めて彼らは見渡している。言いようのない震えが走った。
「村が見える!」
「そりゃそうだろ。村からテング岩が見えてんだから」
「たしかに!」
スクルのわがままで出てきたはずなのに何故かテンライの方が興奮していた。岩場でぴょんぴょんはしゃぐものだから、スクルはテンライの服の端を掴む。
「あの山の先、光ってないか?」
「ほんとだ! なんだろうね」
「さあ」
なにせ同じように育って来た二人の知識レベルは同等。スクルに分からないことがテンライに分かろうはずもない。
不毛な会話を切り上げて、スクルは背負って来た荷物を漁ると手のひら大の風呂敷包みを取り出した。膝の上で広げると竹皮包み、その中からはバター餅とデカいみかんが現れた。
「ほら」
「わー、ありがとう!」
一人分のつもりで用意してきただろうに、当たり前のように半分を渡され、テンライは嬉しくなった。同時に、この当たり前はずっと続くものと思っていたが、そうでもないらしいことを理解した。
「スーちゃんはそのうち村を出て、ここからも見えないようなところ行っちゃうんだろうね」
「そうだな」
「そんなに村つまんない?」
「別に」
雄大な自然を前にして空腹を満たしているにも関わらず、スクルは頬を緩めもせずにバター餅を飲み込むと、硬いデカミカンの皮を剥きつつ村の方を眺めて呟いた。
「先週、ハルミばあが死んだだろ」
「うん」
「あのばあさん、村から出たことないんだぜ」
「うちの母ちゃんだってないと思う」
「いいんじゃねえか。村の中でジュージツしてるなら、それでも」
村の中で、その周辺で人生が終わることを、みんな当たり前のこととして気にしていない。テンライもさして疑問を持ったことはない。つまりジュージツしているのだろうか。少年にはまだ分からないことだ。
しかしスクルは違うのだろう。
勇魚家にいることを嫌い、家長や兄には従わず反抗期真っ只中。
近頃のスクルはあまり笑わない。不機嫌そうに不貞腐れた顔ばかり見ていて、そんなのはテンライとしても一緒にいて面白くない。
スクルのジュージツした人生とはどんなものなのだろうか。目で続きを促すと、彼は続きを語った。
「オレは村の外がいいもんかどうかも知らんから、そのうち自分で見に行く」
つもりだ、とか仮定の話ではない。もう決めてしまっている断言だった。
けれど、村が嫌だから出ていく、ではなかった。知らないから行くだけなのだ。テンライはパッと顔を上げて問う。
「じゃあ! 外もつまんなかったら戻ってくる?」
「同じつまんねえならババアとオヤジとアニキがいないとこのがいいわ」
「結局家と村が嫌いなだけじゃん! 家出じゃん!」
「オレの人生なんだからオレの好きにすんだ」
「そっかぁ……」
スクルの芯はブレない。いつだって、いつまでも。
テンライが何を言ったところで意思を変えさせることなど出来やしない。
日が暮れる前に帰れるようにさっさと下山を始めた二人だったが、村まで着く前に探しに来た男衆に捕まった。先頭にいたのが勇魚さんちの長兄だったもんだから、出会った瞬間スクルはラリアットでぶっ飛ばされた。横目にそれを見て「ヒェ…」とか息を呑むのがテンライの精々だ。
「お前ら何考えてんだ!」
「死ぬ気か馬鹿野郎! 天雷まで巻き込んで!」
バチくそに怒られているのは主にスクルだった。こんなことをやらかすのはスクルが主犯だとみんな分かっているのだ。
「天雷も止められないからってついてくな! お前ら生きてたの運がいいだけだぞ!」
いやテンライも十分叱られた。村までの道すがら、拳骨受けたり小突かれたりしながら懇々と、いかに馬鹿な真似をしたのか諭され、村に着いたら村長宅(要するにスクルの家だ)に連行されてまた説教。
テンライにとっては、迎えに来た親が泣いて無事を喜んだのが一番効いた。心配かけてごめんなさい、と心から謝ったらテンライはさっさと帰宅を許された。
土間正座の説教から解放されたテンライは、去り際にちらりとスクルを見やる。
男衆に捕まってからここまで、完全に無言。口答えも逆ギレも一切ないのがどうしようもなさを示していた。こいつ、反省などない。
帰宅して家の手伝いをこなし、家族と夕飯を囲む。昼間のことが現実だったのか分からなくなるくらい、いつも通りの夕刻。
ただ、足りないのは頻繁にここに混ざっている幼馴染の存在である。スクルはしょっちゅう鳴動家で飯を食って泊まっていった。今頃無事でいるのだろうか。謎である。
「スーちゃん、反省するまで蔵に放り込んでご飯抜きだって。かわいそう」
隣に座る姉がこそこそとテンライに耳打ちする。村の噂は風よりも早い。今日何が起こったのか知らない人はいないだろう。
もちろん、今のはテンライが知っていい情報ではなかったのだが、家人は誰も何も言わなかった。鳴動家は基本的に楽観的で甘々なのだ。
当然の如く、テンライは家を抜け出して勇魚家の蔵に向かった。
満月なので明かりもいらない。足音にだけ気を付けて、母屋から離れた外蔵の方から確認するとビンゴだ。
高い位置にある重い観音開きの窓が開いて鉄の縦格子が見えていた。小石を拾ってそこに投げ込み、抑えめに声をかけた。
「お仕置きされてやーんの」
すると、格子の隙間から子供の手がにょきっと生えて、次いでスクルが顔を出した。
暗闇に目を凝らし、テンライを認めてフンと鼻を鳴らす。せっかく来てやったのにかわいくない。
「差し入れ持って来てあげたよ〜」
背伸びして魔鉱石のカンテラをスクルに渡し、テンライは背負って来た手拭いを広げて見せる。干し芋や干し柿が両手いっぱいにあり、しばらく小腹が満たせるだろう。
さぞ喜んで感謝するだろうとテンライは胸を張ったが、それを見たスクルは鼻で笑った。
「ふざけんな、被ってんだよ」
格子窓から引っ込んですぐ戻ってきたスクルは似たような包みを掲げて得意げに見せびらかした。お仕置きを見越して保存食を蔵に隠していたのだ。中身は似たり寄ったりだ。
テンライは拍子抜けしてしまった。差し入れが不要だったことに、ではない。全然、生きて村に帰ってくる気だったじゃん、と。
「なんだよ、さすが過ぎる!」
「ははっ、これもやる」
機嫌を良くしたスクルがテンライ目掛けて黒糖の塊を放る。難なくキャッチしてテンライも口に運んだ。
黒糖なんて貴重品だ。差し入れに来たのに逆に貰ってしまった。二人はいつもこんな感じだ。
壁挟んで同じもの食いながらだらだらと雑談など交わし、丸い月を見上げてテンライはこぼした。
「すーちゃんの【そのうち】が来たら、おれも一緒にいこうかな。今日もおもしろかったし」
「そうかよ」
明らかに深い考えなど無さそうな、その場のノリで言っているテンライに、しかしてスクルは止めようとしない。
軽いが本当についてくるであろうことは最初からわかっているのだ。それこそ、今日見切り発車で着いて来たときにはもうこの展開は読めていただろう。
「へへ」
「足手まといにならない程度に鍛えろよ」
「きびし〜」
しかしまあ、笑っているスクルを見て、これでいいや、とテンライは頷いた。
始まりの村のスクルとテンライ。彼らはかつて魔族から人類を救った英雄の子孫だ。
そのうちはじまりの村を出立し、いつか神の試練から世界を救う少年たち。先祖と似た軌跡を辿ることになる、いまは何者でもない、ただの子供たちだ。




