033 高月レイコ③
一週間後、別荘から屋敷に戻ってきた祖父と私は、一週間前とは違ってとても仲良しになっていた。いや、祖父が私を溺愛していると言ったほうが的確な表現か。
屋敷の使用人たちは性格すら変わってしまったかのような御前様に最初は戸惑っていたみたいだけれど、それが祖父と孫との正常な関係だとでも思ったのだろう。特に何も疑惑は生じなかったようだ。
「おじい様、お願いがあるのですけど」
私がこう言えば、どんなことでも叶えてくれるのだ。もはやこの国は私のものだと言っても過言ではない。
魅了の魔女が別名『傾国の魔女』とも言われる所以だ。
「おじい様、あなたの愛する娘であり私の母でもあるトモコが生涯で愛したただ一人の男性、それが我が父ロクロウです。そして、その父が刑務所の中で殺されました。私はその件に関わる全ての者を許すことができません。どうか父の無念を晴らして頂きたく、お願い致します」
「うむ、分かった。お前の美しい心を曇らせる者など、誰一人として生かしてはおかぬよ。安心して儂に任せておきなさい」
最近は全く魅了魔法を使っていないのにもかかわらず、こういう風に孫に甘過ぎる老人になってしまった御前様なのだった。
そして、屋敷の隠密部隊の筆頭である『一番隊』を動かして、ロクロウ謀殺についての調査が始まった。すると、一週間も経たずに報告書が上がってきたらしい。さすがは優秀な隠密部隊だ。
「レイコや、お前の仇は三人いるそうだぞ。その筆頭はロクロウが誤って殺してしまった男の父親である内務省警察官僚、次にロクロウが収監されていた刑務所の所長、そして実際に手を下した刑務官だそうだ。こいつらを拉致してから嬲り殺しにするのをお前に見せてやろうか?それとも秘密裏に全員処分したほうが良いかな?お前の好きなようにしてやるぞ」
「そうですね。できれば私自身の手で仇を討ちたいと思いますので、拉致して頂けますか?」
「くっくっく、さすがは儂の孫なだけある。よろしい。お前の希望通りにしようではないか」
ああ、お父さん。これであなたの無念を晴らせますよ。私は心の中で天国の父親に報告したのだった。
翌日、私は『一番隊』隊長の百地さんと共に、監禁場所である別荘の地下室、いや地下牢を訪れた。
暗い地下牢の中は、じめじめとした湿気に満たされており、百足やゲジゲジなどの虫が這いまわっていた。そこに手足を縛られて転がされている三人の男たち。
縛られたまま一昼夜くらい時間が経過しているのだろう。男たちの下半身は糞尿にまみれ、異臭を発している。
私は悪臭を気にせず、牢内に入り、彼らに話しかけた。
「さて皆さん、なぜここに連れてこられたのかお分かりですか?」
自分以外に拉致された二人の顔ぶれから、何に関連したメンバーなのかは分かっているのだろう。しかし、男たちは誰も何も話そうとはしない。
私は靴の爪先で警察官僚の腹部を蹴り上げた。
「聞こえなかったのですか?」
口から吐しゃ物を撒き散らしながら警察官僚の男は言った。
「こんなまねをしてただで済むと思っているのか。我が国の警察組織をなめるなよ」
この状態でそういう強気な発言ができるとは、少し見直した。もしかしたら単なる誘拐事件とでも思っているのかな?
まさかこいつ、私の父ロクロウの謀殺の件だと分かっていないのか?とりあえず質問してみた。
「ここが誰の所有する建物で、私が誰なのか分からないのですか?」
「知らん。俺は恨まれる覚えは無いし、身代金を取れるような金持ちでも無い。お前が誰かなんぞ知るものか」
「ふーん、じゃあ教えてあげましょう。私は高月ロクロウの娘ですよ。あなた方が刑務所の中で殺した男ですね。そして、九条ヨシヒサの孫でもあります。ご存知ですか?九条財閥の総帥」
三人とも絶句している。ようやく理解したか…。
刑務所長がしゃべりだした。
「私はこいつに頼まれた、いや脅されただけなんだ。仕方なかったんだ。どうか許してほしい」
これに対して警察官僚の男は不貞腐れたように言った。
「500万円もの金を受け取っておきながらよく言ったものだ。それより奴を殺したのは俺の息子の敵討ちだ。何の罪も無い息子を殺されたんだぞ」
罪が無い?どの口がそういうことを言っているのか…。
「女性の強姦未遂は罪では無いと?なるほど確かに、死ぬほどの罪では無かったのかもしれませんが、父は過剰防衛としての罪を服役することで償うはずでしたけど?」
無言になってしまった警察官僚の男に代わって、殺人の実行犯である刑務官が命乞いを始めた。
「俺は所長に命令されて仕方なく手を下しただけで、別に殺した奴に恨みは無かったんだ。た、助けてくれよ、なぁ」
私は報告書を見ながら言った。
「あなたは父の手足を縛ったあと、殴る蹴るの暴行を繰り返したそうですね?日頃の鬱憤を晴らすかのように、人間サンドバッグにして殺したと、この報告書には記載されていますが?」
空手家であり師範まで昇りつめた父が何の抵抗もできずに暴力にさらされ続けたという無念を考えると、腸が煮えくり返る思いがする。
「そして所長、あなたはその死を単なる病死として片づけましたね?」
「いや、それはその…」
ここで私は最終判断を下した。三人とも自分の罪をしっかりと自覚したことだろうし、もう良いや。
「百地さん、この三人は少なくとも一週間、できれば一か月は生かし続けるようにね。ああ、自害されないように舌を切り取っておいたほうが良いかもしれない。もしも一週間以内に死んでしまったら、死亡一人につきあなたの部下を一人、差し出すように。それだけの覚悟をもってこいつらに生き地獄を体験させなさい。良いわね?」
簡単に殺してあげたりはしない。父と同じ苦しみを味わわせてやらないとね。
冷たい表情を崩さない百地さんと絶望の表情になった三人のくず、そして凄惨な笑みを浮かべる私だった。
次から主人公視点に戻ります。
もうお気付きのことと思いますが、ツバサちゃんの空手の師匠は高月ロクロウ氏です。




