9話 処女飛行
すでに、マニューバの駆動機関の整備は終わり、機体に搭載されたが――まだプロペラは装着されていない。
現在は機体下面のリボルバーカノンの取りつけを行っている。
ヤーデン砲と呼ばれるこの砲の口径は約30mm。ポッド内のヘリカルチャンバーに30発の弾が装填されている。
先史時代からある兵器だが、かつてなんと呼ばれていたのかは不明だという。
虫撃ちに使われているのは、セラミック製の軽量弾が使われる。
戦闘などに使われる炸裂弾頭は、弾速も遅く山なりに飛んでいく。
巨大な砲弾は当たれば威力は絶大だが、命中して炸裂すると獲物がバラバラになってしまう。
虫は大切なタンパク源で、身体は余すところなく素材となり売り物になる。
そのため、なるべく損傷を少なく仕留めたい。
巨大な甲虫は食料だけではなく、薬の原料としても利用されており、固い甲殻はセラミック等と一緒に様々な外郭や構造体の一部として利用されている。
しなやかで丈夫な材料ではあるが、熱に弱かったり、小さな虫などの食害に遭うのが欠点。
竜などの鱗に比べると使い所が難しいが、安価で加工しやすいため広く利用されており、マニューバの外板としても人気が高い。
戦闘などでも、小口径弾をバラ撒いた方が有利だと考えがちだが、この世界に生息している巨大な甲虫や、その翅を外板に使っているマニューバには効き目が薄い。
ダメージを与えるためには、どうしても大口径弾が必要なのだ。
機体後部を土嚢に載せて水平に保つと機関砲の試射を行う。目標は100mほど先だ。実際の射撃も、このぐらいの距離が多い。
そして目標の後ろには土の山がある。武器を抱えている所が多いので、こういう調整も日常茶飯事。
マニューバの武装、対空機関砲、個人所有の武器。街のあちこちから、射撃音が聞こえてくるのだ。
シュラがコクピットに座り、電影照準器を覗きこむと、オレンジ色の十字の虚像が浮かび上がっている。
コクピットには新しい座席が入り座り心地は良い。シュラはケツの位置を確かめて、気持ちを落ち着かせた。
普通の十字サイトは、覗く位置によって目標がズレてしまうのだが、電影照準器ならその心配はない。
多少覗く位置がズレていても、オレンジ色の虚像が確実に目標を捉えるのだ。
シュラが奥にある目標目掛けて引き金を引いた。
大きな発射音と共に機体を揺さぶる激しい振動が、彼を襲う。
発射速度は、1秒に2発。毎分120発だが、30発しかないので、打ち続けたら15秒で弾倉は空になる。
もっと発射速度を上げることも可能とはいえ、それでは一瞬で撃ち尽くしてしまう。
勝負を分ける貴重な弾は、なるべく目標に接近し、ここぞという時に叩き込む。
「ゼロ、大丈夫かい?」
『ああ、大丈夫だ。このぐらいの振動は設計の許容範囲だ』
「レオナさ~ん! もう少し下です」
「はいよ~!」
そのまま射撃を続けて、ゼロイン調整を行う。
砲弾は放物線を描いで飛ぶので、100mより先を狙う時は少し上を狙い、100mより手前を狙うのであれば、少し下を狙わなくてはならない。
この距離間隔は、経験を積むしかない。
「シュラ君~、ついでにリヒートの試験もしようよ。この子、私じゃ始動もできないし」
レオナの提案を受け入れる。直接、炉に水を送り込むと反応するのだが、システムを介してだと、シュラにしか起動が不可能のようだ。
「解りました」
(射撃の調整をするために、いい具合に水平になっているし)
駆動機関を始動すると、遠心コンプレッサーへ動力を伝達する。
「コンタクト!」
駆動音に混じって、甲高い金属音が高まってくる。
『シュラ、左端のガラス管がブースト計だ。赤い所に到達すれば、リヒートが使用可能になる』
「解った! リヒート使いま~す! 退避してください!」
シュラは座席から立ち上がり、周囲と後ろを確かめると、左手にあるスロットレバーの赤いボタンを押した。
轟音と共にオレンジ色の炎が噴き出て、すぐに青く変化。
真っ直ぐに伸びた火炎の勢いは、機体の後ろにあるゴミや土埃を噴き飛ばす。
「うひょ~こいつはすげぇ!」
テストの様子を見ていたギュオール運送の従業員たちも、驚きの声を上げる。
「いいねぇ! 問題な~し! 終了していいよ!」
下からレオナの声が聞こえたので、シュラは遠心コンプレッサーへのクラッチを切った。
リヒートが終了した機体後部から、白い煙を噴き出す。
普通の機体に装備されているリヒートは、こんなに煙は出ない。
「ゼロ、煙は大丈夫?」
『大丈夫だ。ブーストが落ちたので、一時的に不完全燃焼を起こしているだけだ。すぐに消える』
武装もOK、リヒートもOK。
そして最後にプロペラがつけられて、機体のレストアと整備が終わり――あとは処女飛行のみとなった。
「シュラ、本当に単独で飛ぶのか? あんな可愛い新妻を未亡人にするのは止めてやれよ」
親方が腕を組んで心配顔だ。
「大丈夫です」
(ゼロがいるしね……)
彼なりにマニューバの構造も勉強したし、謎の記憶のサポートもある。
勿論、机上と実践とじゃ何もかも違うのは理解している。
『シュラ、私に任せ給え。自己診断機能によれば全て問題ない。人間の言葉で【大船に乗ったつもりで】というやつだ』
「君は飛行機械なんだけど――まぁ意味は解るよ」
『1000年ぶりの空か。果たして、なにか変わったのだろうか?』
「多分、空は同じだと思うけど……」
数日後に、処女飛行ということになった。
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――そしてシュラが待ちに待った日。
街の滑走路にシュラのマニューバが運び込まれた。
処女飛行ということで、街の皆も集まり――それを当て込んで出店まで出ている。
当然、シュラの親友であるキラも店を出して、虫の卵とマヨネーズのサンドイッチを売っている。
「は~い! いらっしゃい! いらっしゃい! 美味しいサンドイッチだよ! 酒もあるよ!」
売り子に任せず、キラ自身も店に立って商売をしている。
少々儲けたぐらいで天狗になっていられない。
(あいつは、本当にマニューバを掘り当てたんだ――俺だって!)
キラは、シュラに対抗意識を燃やしているようだが、親友をやめるつもりはない。
キラの商店の主力商品である、マヨネーズだってシュラの発明品なのだ。
「それにしても、処女のマニューバなんて久しぶりだな」「遺跡から発掘したんだって?」「そうらしい」
キラの店からサンドイッチと酒を買った客が、一杯やりながら話している。
シュラがマニューバを見つけた遺跡は、結構大きな施設らしく、未だに全ての構造が把握できていない。
セラミックの構造体も豊富で、セラミック鉱山にも使えるという話だが、今のところスポンサーは集まっていない。
帝都の企業が何社か興味を示しているというのだが……。
シュラはこの滑走路に駐機スペースを借りた。月に銀貨2枚――10万円である。
土地代がタダみたいな僻地で、値段が高いように思われるが、セキュリティ込みの値段なので高めだ。
シュラの機体は彼以外では起動不可能だが、輸送機でやって来て丸ごとかっさらう奴らもいる。
バラして、パーツで売っても、発掘マニューバは金になるのだ。
そのため滑走路脇や滑走路事務所にも、設置された対空機関砲が上空に睨みを利かす。
シュラの仕留めたレッサードラゴンの鱗の売買手数料で儲けたギュオール運送も、自社滑走路を新設する予定。
滑走路が完成すれば――彼はギュオール運送に間借りをさせてもらうつもりでいる。
黒い革の防寒ジャケットとゴーグルを装着してコクピットに乗り込むシュラの所に、レオナがやってきた。
「シュラ君~、先ずは滑走路を何周かしてみてね」
「はい、解りました」
彼がパタパタと舵の様子と確かめてから炉の出力を上げると、プロペラの回転速度が上がり、ゆっくりと機体は前進を始めた。
先ずは、タキシングで滑走路の端から端までを移動する。
「おい、妙な駆動音だな?!」「ありゃ、タービン駆動だって話だぞ」「へぇ」
観客も、普通の機体との駆動音の違いが解るようだ。
「綺麗! 鳥さんみたい!」
逆ガルの翼を見て、子供が叫んだ。
今日は、新しいマニューバの処女飛行ということなので、他のマニューバは誰も飛ばず、様子を見守っている。
何があるか解らないので危険なのは当然なのだが――彼らにとっても、新しい機体の筆おろしに立ち会うことなど、滅多にないので興味津々なのだ。
コクピット内で初飛行を控えて、さすがにシュラも緊張している。
計器盤の中心には、大きなボールのような水平儀。くるくる自由に回るようになっていて、機体の状態を教えてくれる。その右には高度計。左には対気速度計がある。
左端には、燃料計、ブースト計、水圧計、燃圧計などがあり、その反対側にはエンジン回転計の針が動く。
もちろんタービン機関なので、レシプロとは回転数は二桁程違う。
計器盤は全て謎の数字で書かれていて、この世界で使われている文字とは異なっているのだが、そのまま使われている。
普通なら誰も読めない文字だが、彼は謎の記憶で読めるのだ。
『シュラ、スロットルを全開にして、対気速度計が100になったら、操縦桿を引いてくれ。ゆっくりとな』
「解った」
緊張の一瞬である。皆に手を振って合図を送り、スロットルを握ると――フラップを降ろして、滑走に入る。
ガタガタという激しい振動で、メーターの針がアバウトにしか見えないが――。
「100!」
彼が操縦桿を引くと、機体は浮かび上がった。
(わぁ、内臓が持ち上がるような無重量感が――)
「「「おおおお~っ!!」」」
見物客から歓声が上がるが、その様子を両手に汗握り、見ている女の子がいる――シュラの妻、マキだ。
「飛んだ!」
マキが浮き上がったマニューバを見て叫んだ。
「飛んだぞ?」「そりゃ飛ぶぐらいはできるだろ?」「そうそう難しいのは着陸よ」
マニューバの初飛行を見て盛り上がっている観客だが、操縦しているシュラも盛り上がっている。
「やったぁ! ついに飛んだぞ!」
『高度1000まで上昇して水平に――これが1000年ぶりの空か……いつもと変わらない風景に感じる』
「そりゃそうだよ。ほかに何かないの? 感無量だとかさ?」
『生憎、そういう感情は持ちあわせていない』
シュラが計器を確認――水平儀の下には、定針儀という方位磁針が装備されている。
それによると、マニューバは北へ向かって飛行中だが、真っ直ぐばかりは飛んでいられない。
元に場所に戻らないといけないのだ。
そのために必要なのは――そう、旋回。
船の進路を変える際は舵を切ればいい。それに相当するものが飛行機にも装備されている――それが垂直尾翼についている方向舵だ。
舵は装備されているのだが、飛行機は三次元を飛んでいるため、方向舵を切っただけでは機体が横滑りしてしまう。
それを確認するための計器が、定針儀の左にある旋回傾斜計だ。
二次元の船と違い、飛行機が旋回するためには、機体を傾ける必要がある。
『シュラ、右のフットバーを少し踏んで』
「うん――」
主翼の補助翼が開き機体が傾く。そこで操縦桿を右に倒すと――右旋回が始まる。
「うわわ~旋回してる!」
『うむ、いい感じだ』
上手くいったシュラは、幾度と無く左右に旋回を繰り返す。ひたすら飛んで慣れるしかない。
飛び回る彼だが、ここで意外な才能が明らかになる。
『シュラ、身体に異変はないか?』
「大丈夫だよ! こんなに空を自由に飛ぶのが楽しいなんて!」
『そうか――普通は初飛行の時には、身体に変調をきたすのだが』
つまり乗り物酔いだ。激しいマニューバの機動は、ジェットコースターに延々と乗っているようなもの。
普通の人なら嘔吐してしまうのだが、シュラは全く平気だった。
その様子を、飛行場に集まった観客たちが、下から見上げている。
「普通に飛んでいるじゃねぇか」「後は着陸だな」
出店で商売をしながら、一緒に見上げているキラも心配そうだ。
「いきなり飛んで、飛べるのも凄いけど、着陸は大丈夫なんだろうな」
「ご主人様! あのマニューバのナイツって、ご主人様の知り合いなんですか?」
出店で売り子をしている女の子が、キラに話しかける。
客寄せのために、紺のミニスカと、ふとももニーソックスを履いている。
襟はセーラー服風だ。この世界にセーラー服は存在していないが、シュラの謎の記憶から複製したものである。
意外と好評なので、この世界でもセーラー服は男のロマンなのかもしれない。
「ああ、俺の親友さ。このマヨネーズだって、あいつが発明したものだし――この前、街に配られたレッサードラゴンも奴が倒したものさ」
「え~?! すご~い!」
「興味持ってもダメだぞ。あいつは結婚してるからな」
「「「え~?」」」」
周りにいた女たちが、一斉に肩を落とす。まぁ、そのぐらいにナイツというのは、安定して稼げる人気の商売なのだ。
そんなナイツなのだが、いろんな理由から彼らは一人者が多い。
そんな地上の会話も当然聞こえず、上空ではシュラが旋回を繰り返していた。
『シュラ、そろそろ一旦地上へ戻って、機体のチェックを行おう』
「解った」
彼はマニューバを旋回させ、フラップを下ろすと滑走路への進入コースに入った。
『先ずは、私が着陸させて見本を見せる。進入角度、降下速度を身体で覚えて欲しい』
「了解!」
ゼロの制御によって機体はゆっくりと滑走路に進入すると、難なく地面へ着陸した。
「「「おおおお~っ!」」」
マニューバの大きなタイヤが接地すると、観客から歓声が上がる。
「なんでぇ、まるでベテランの着陸じゃねぇか」「ああ、そうだな」「飛ぶの初めてって話だったが、経験者なのか?」
観客が、ぼやくのも無理もない。そのぐらい完璧な着陸だったのだ。
(そりゃ、そうだよ。ゼロが操縦しているんだから)
着陸した機体に、ワンボックスの車に乗ったレオナがやって来た。
マニューバ好きな彼女らしく、機体を牽引できるように改造されているようだ。
「シュラ君! 大丈夫?!」
「大丈夫ですよ! うわぁ! まだ身体が、ふわふわしている感じがする」
『三半規管内の体液が安定していないのだろう。すぐに慣れる』
機体からシュラが降りると、レオナが抱きついて、大きな胸を彼の顔に押しつけた。
「凄いじゃない! 完璧な着陸よ! もう手に汗握ったんだから、ほらほら!」
そう言って彼女は、両手を開いて彼に見せた。
そこへ、マキが走ってきて、2人の間に割って入った。
「人の亭主を誘惑しないでください!」
離れたシュラの腕にマキが抱きつくと、女性2人の間に火花が飛ぶ。
「おお~っ! 早速、ナイツの取り合いか?」「やれやれ~!」
「でも、BBAの方は、ちょっと歳だな。胸はデカいけど」
その野次を聞いたレオナが、観客を睨む。
「うっせーな! この爺共! 殺すぞ!」
怒鳴った彼女が車に乗り込むと、マニューバを牽引し始めた。
そして駐機場まで運ぶと、車のリアハッチを開ける――そこには整備に使う工具や部品がびっしりと詰まっていた。
「凄いですねぇ……」
シュラの目がきらめく。彼は、こういうのが大好きなのだ。
「君の作ってくれた、可変スパナは凄い重宝しているよ。ああいう工具をもっと作って欲しいね」
「あれは便利だけど、本格的に使う時には、ちょっと不便なんですよね」
「まぁ、それはしょうがないね。でも、お尻に1本差しておけば、ちょっとしたことで工具を取りに行かなくても済んだりするから」
「それは、ありますね。道具を取って戻ってきたら、微妙にサイズが合わなかったとか」
「あるある! もう、ほんとにスパナとかレンチ投げちゃうもん!」
マニューバの規格は統一されておらず、色々な規格が混じっているので、なおさらだ。
シュラとレオナが打ち合わせしている間――マキはずっと、シュラに抱きついたままだ。
「マキ、心配いらないから」
「うー」
腕に固く抱きついたままのマキを抱き寄せると、軽く口づけをする。
「あ~っ! それはズルい! 私にもぉ~!」
シュラは迫ってきたレオナの顎を片手で抑えた。
「ちょっと、手が汚れているじゃないですか。油だらけになってしまいますよ」
「もう!」
拗ねた彼女は、手を汚れを自分の胸の谷間に塗りたくると――寄せてあげて柔らかな2つの存在を誇示させて、擦り寄ってきた。
「ねぇ、シュラ君~。汚れちゃったから拭いてぇ」
「はい、どうぞ」
シュラは、ポケットからハンカチを取り出すと、彼女の胸の上に載せる。
「もう!」
レオナがジタバタしていると、様子を見に親方がやって来た。
「やったな! シュラよ! まぁ見事なもんだったぜ?」
「親方、ありがとうございます。これも皆さんのお陰です」
「まぁ、まだまだやることは沢山あるからな」
「はい」
今日は、ゼロにサポートをしてもらったので、なんとか飛べたが、彼なしでも同じことができるようにならなけらばならない。
処女飛行後の機体のチェックでも、問題なし。
その日から、シュラの時間が許す限りの習熟飛行訓練が始まった。
それと同時に、ここら辺の地理も覚えていかなければならないし、森の途中にある道の駅の場所も覚えなくては、長距離まで飛べない。
樹海の上で水欠を起こせば、即墜落――そうならないために、航法計算盤の使い方も覚えなくてはならない。
その先生には、赤いマニューバの持ち主――リオの力を借りる。勿論、有料だ。
街へやって来たリオに計算盤の使い方を教わる。飛行場の木陰で、飲み物を飲みつつ世間話と経験談を聞きながら。
2人で木の下、目盛りが沢山ついた金属板をくるくると指で回す。リオは座って大木に寄りかると、手慣れた手つきで計算盤を操る。
「――という感じなんだが、殆どできてて教えることねぇし! 後は経験だな」
「マニューバに乗れなくても、いつか乗れる日のために、関連する勉強だけはしていたんです。家に本も沢山ありましたし」
「親の本か?」
「はい、父のです」
「あ~、親父さんもナイツに憧れてた口か?」
「はい――あのマニューバも元々は、父が発見したものだったんです」
「レッサードラゴンの巣だったんだろ? 普通は諦めるよなぁ……」
そのあと彼には、近隣の街へのエスコート役も頼む。初めて訪れる街へと案内してもらうのだ。
一般のナイツも初めて向かう所には、経験者に随行する場合が多い。
何しろナイツ初心者のシュラには、右も左も分からないのだ。他の街へも行ったことがない、彼の楽しみと言えば――。
半年に一度、帝都へ向かった父親が買ってくるお土産や、マニューバの本と関係グッズ。
彼が使っている航空計算盤は、父から買ってもらったものである。
そして数ヶ月に一度、不定期で巡回してくる、大型輸送艦による移動スーパーマーケット。
シュラのみならず、街の子供たちが心待ちにしていた。
出発の準備をしていると、キラが荷物を持ってやってきた。
勿論、仕事である。キラの商会『キラキラ商会』の荷物を隣街まで運ぶのである。
(正直、このネーミングはどうかと思うんだけど……)
微妙だとは思うのだが、覚えやすいし、一度聞いたら覚えてくれる客も多いだろう。
キラキラ商会は、シュラのお得意様――ということになる。
「お~い! シュラ、頼むぜ」
「任してくれ」
「ナイツの方に、これ! 差し入れです!」
キラが、リオにサンドイッチと飲み物を差し入れた。
「お! ありがてぇ! こいつは飛びながら食べるのにピッタリなんだよなぁ」
「俺たちも、それを想定してこれを作ったんですよ」
シュラの言葉に、リオも納得している。
彼が運ぶ荷物は――隣町の商店に卸している、できたてのマヨネーズとたまごサンドだ。
こうして近隣の街へ荷物を運びつつ、地理と航法を把握して徐々に脚を伸ばしていく。
その合間に時間があれば、習熟訓練を行う。
努力の甲斐あって、ゼロのサポートがなくても、着陸をこなせるようになってきた。
「ゼロがいなかったら習熟飛行も、もっと苦労しただろうな」
『任せ給え、私はそのために作られた思考ユニットなのだから』
「やっぱり、また空を飛べるようになって嬉しいって感じはする?」
『何回か言っているが、私には感情は存在しない。だが飛べないマニューバはただのガラクタ。飛ぶことで私のレゾンデートルを確保できていると言っても過言ではないだろう』
「それって嬉しいってことじゃないの?」
『違うな』
(彼は否定するけど――嬉しそうに感じるのは、気のせいなのかな?)
シュラは防寒ジャケットを着て、ゴーグルをかけると、ラダーに脚をかけた。





