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12話 移動店舗艦


 空賊のアジトにあった整備機器や、各地から強奪したと思われる物資を運び、ギュオール運送は大賑わいだ。

 活気に湧く、滑走路や倉庫を見ながら、シュラは思う。


(空賊の上前をはねるなんて――他の場所から盗んだ物資は返さなくてもいいのだろうか?)

 そんなことはお構いなしで、運送屋の従業員たちは大忙しだ。どうやら返さなくてもいいらしい。

 鹵獲した沢山のマニューバに囲まれて、さすがにレオナ1人では回せないらしく、飛行機械に詳しい職人に出張してもっている。


 シュラが撃墜した輸送機を修理するためのドック建屋も建設されて、街からも多数の人々が雇われ――女、子供でも働ける者は働く。

 元々、こんな僻地にはロクな仕事がないので、金儲けをできるチャンスなのだ。

 帝国の行政から見放された、この僻地でも、帝国の通貨が使用されている。

 食料や建材などは、森でいくらでも調達できるが、帝都や大きな都市でないと調達できない物も多い。

 森人のように、文明社会から隔絶されている生活を営んでいるのならいいが、普通の人々はそうはいかない。

 酒も飲みたいし、たまには変わったものも食いたいし、娯楽や本も欲しい。

 彼らは、数ヶ月に1回巡回してくる大型輸送艦を改造した移動店舗艦――スーパーマーケットを楽しみにしているのだ。


 諸々の事情から、僻地といえども帝国の通貨を使わざるを得ない。ギュオール運送やシュラは、レッサードラゴンの素材を売却し、帝都の商人から大金をもらったのを、街の人間も知っている。

 それを目当てに、街中から多数の日雇いバイトが集まった。

 それに混じるように、捕虜になった空賊たちも働いている――勿論もちろん、無給だ。


「わっはっは! よくもこんなに虫みたいに集まったもんだな」

「親方、輸送機は直りそうですか? 真ん中から折れてますけど……」

「外周のフレームが曲がっただけだからな、切り離して溶接して真っ直ぐにすりゃ使えるだろ?」


(そういうものなのかなぁ)

 心配だが、プロに任せるしかない。


「操縦室も、なくなってますけど」

「それだがな――廃棄になった輸送機の操縦室があるっちゅー話なので、そいつを丸々移植する手はずになっている」

「すみません、派手に壊してしまったばかりに」

「ははは! な~に、いいってことよ。大事な駆動機関系などは無事なんだ。それに空賊の親玉も仕留めたんだからな。あんな奴ら生かしててもしょうがねぇだろ」

 彼の話では、空賊を退治してくれたことで、他の都市からも感謝されているらしい。

 廃棄になった輸送機のコクピットも、その伝手を使って入手したという。

 輸送機は大型でも結構大雑把な作りだ。要は反重力炉と、動くための駆動機関があればいいので、つぎはぎされて、何百年も使われている機体も多い。

 簡単に言えば、箱に反重力炉と前に進むプロペラさえつければ輸送機になるってわけだ。


 そして建屋の他には、運送屋の周りが整地され、当初の予定通り滑走路が作られた。

 すぐ近くに街の飛行場があるが、こちらはギュオール運送と、シュラの個人滑走路になる。

 

 今後は、シュラもここから飛び立つことになり、駐機の代金もタダになる。

 なにしろ彼は、金主オーナー様なのだ。駐機はタダになったが、メンテの費用などは、もちろん取られる。


 シュラが滑走路に出てくると、日雇いのバイトに来ている女性陣からも熱い視線が注がれる。

 今や彼は、辺境一の金持ち。レッサードラゴンを売った代金に加え、マニューバ3機と輸送機1機を所持。

 マニューバは普及型で1機10億円以上、彼が乗っている発掘マニューバはオークションに掛ければ、100億円以上の値段がつくと言われている。

 輸送機に使われている反重力炉は1基30億円、そして輸送機には3基~6基の無尽炉が搭載されている。

 大型無尽炉の値段は1基5億円程。墜落したマニューバやら輸送機を必死に探す連中がいたり――それを奪う空賊がいるのも頷ける。

 正にお宝なのだ。それに無尽炉や反重力炉は、もう作ることはできないので、数は発掘されるしか増えようがない――今後も価値が下がることがない。

 投資として、反重力炉や無尽炉を集めている商人もいるという。


 それと、空賊のアジトで良いものを見つけた。マニューバで曳航するグライダーである。

 金属製のモノコックと黒い甲虫の甲殻をそのまま使った、簡素な造り。

 グライダーには炉も駆動機関もついていないので、曳航してもらわないと飛べない。荷物が多い時には、こいつをいて飛ぶ。

 グライダーにエンジンがなくてもパイロットは必要だ。車の牽引と同じで、後ろの車にも運転手がいないとカーブが曲がれない。

 それには奴隷契約をしている空賊のナイツを使う。普通のマニューバなら、奪われる心配もあるが――。

 グライダーを奪っても、なにもできない。その前に奴隷契約があるので、命令無視は不可能。

 そんなグライダーでも操縦して空を飛ぶことができるのは、彼らも嬉しいようだ。

 曳航ワイヤーには、一緒に伝導管も束ねられており、マニューバとの会話もできる。

 意思疎通も可能だ。


 これを使って、キラのキラキラ商会の荷物運びも、はかどるようになった。

 保冷庫をグライダーに積めば、商会の主力商品であるマヨネーズも大量に運べる。

 キラキラ商会も大繁盛で、彼の店には沢山のお客が押し寄せている。それに驕ることなく様々な商品の開発をしており各街への輸出も盛んだ。

 勿論もちろん、それにもシュラが関わっており、すでにキラの父親が経営しているリンガーロール商会を数倍上回る規模に成長した。

 順風満帆なキラだが、手を抜かない。今日も、商会に働きに来ているマキと一緒にマヨネーズを作っている。

 マヨネーズのレシピは非公開なので、誰にも教えていない。知っているのは、キラとシュラとマキの3人だけ。

 その秘密を守るために、マヨネーズの製造はキラとマキが密室で行っているのだ。

 原料から製法がばれないように、全く関係ない材料まで工房に持ち込む徹底ぶり。

 いずれはバレるだろうが、それを少しでも遅らせることができれば、儲けを独り占めできるわけだ。


 狭い密室の工房でマヨネーズを作っている二人のことを、店の従業員たちがネタにしている。

 売り子の殆どが女性で、紺のセーラー風ワンピースに太ももニーソを履く。

 最初は若い子専用だったのだが――BBAたちが「差別だ!」と、うるさいので、お年を召したお姉さま方にも着せてみせたのだが――。

 それが街のオッサンたちに好評らしい――但し、美人に限る。


(全く、なにが流行るか解らねぇな)

 マヨネーズをかき混ぜながら愚痴るキラだが、商売で成功するには柔軟な発想が必要だ。

 凝り固まった自分の父親に反発して、自らの商会を立ち上げたのも、シュラが作ったマヨネーズを売ると決めたのも、キラなのである。

 

 マヨネーズが作られている工房の前で、女性従業員たちが、ひそひそ話をしている。


「ねぇねぇ、うちのご主人様とマキちゃんって、できてるの?」

 従業員が言う、ご主人様ってのは、キラのことだ。


「んなわけないでしょ? マキちゃんの旦那って、あの白いマニューバのナイツさんよ」

「そうそう! 凄いよねぇ!」

「でも、ご主人様はマキちゃんのこと……」

「ああ、それねぇ。そうなんだよねぇ――マキちゃんは全く相手にしていないみたいだけどぉ」

「お陰で、ご主人様が全くウチらのこと見てくれないじゃん」

「ご主人様とナイツさんと、マキちゃんって小さい頃からの幼馴染らしいよ」

「それじゃ、全く入り込む隙間がないじゃん」

「マキちゃんが小さい頃に――大きな管虫に襲われて、ナイツさんに助けてもらってから、一途らしいよ」

「私も助けてもらいたい……」

「キャー!」

 あまりのキャッキャウフフの騒ぎに、工房からキラが出てきた。


「お前ら! 油売ってないで、商品を売れ!」

「「「は~い!」」」

 従業員たちは、バラバラと持ち場に戻った。


「お~い! でき上がったマヨネーズをギュオール運送に運ぶから、手の空いている奴は手伝ってくれ」

「は~い!」

 梱包された荷物が、商会のトラックでギュオール運送に運ばれていく。

 小さな軽トラのような3輪トラックだが、人力で運ぶよりは大量の荷物を運べる。

 だが、オートマなどはなく、全部マニュアル操作だ。


 元々、キラとマキの2人で始めた商会だったが、あっという間に沢山の従業員とトラックまで買えるようになった。

 トラックの運転も、キラがやっている。実家の商会にも小さな自動車があったので、運転を父親から叩きこまれて、小間使いをさせられていたのだ。

 この世界には自動車免許制度などなく、子供でも車を運転しても咎められることはない。

 小さなトラックはガタゴトと荷物を積んで、ギュオール運送の飛行場までやって来た。


「お~い! シュラ!」

「キラ! 今日も荷物が沢山あるな」

「はは! お前のお陰ってやつだよ!」

 輸送の注文や、マネジメントはギュオール輸送にやってもらっている。個人で注文を受けて飛ぶのは大変だ。

 荷物が大量にあるので、曳航グライダーを使う。空賊から鹵獲ろかくされた黒かったグライダーは白く塗装された。

 この機体のパイロットは、捕虜にした空賊のナイツだ。

 背は低く、骨太の身体――黒い髭面で大きな水中メガネのようなゴーグルを愛用している。

 その彼が、グライダーへの積み込み作業も手伝う。キラから荷物を渡されて、バケツリレーをしている。


「はは、空賊が真面目に働いているじゃないか。ほら、これは飯だ。飛びながら食える」

 キラから空賊に飯が手渡された。


「いや、俺はこの街が気に入った。それに、こんなしょうもない俺に、大事な仕事を任せてもらえるんだ。一日も早くみぞぎを済ませて、この街に受け入れてもらいてぇ」

「まぁ、頑張れよ」

「おう」

 荷物を積み終わったグライダーのハッチが閉じられると、両機にナイツが乗り込み出発準備が行われる。

 グライダーを曳航するので、普通の離陸よりは距離が長くなる。合わせて過激な機動は厳禁、急旋回などをしたら曳航ワイヤーが切れてしまう。

 あくまで、ソフトに飛ばなければならない。それには後ろのグライダーとの信頼関係と協調が重要だ。


「ギンさん、よろしいですか?」

 備えつけられた伝導管を使って、後ろのグライダーを会話をする。


『いいぜ! それより、さんづけはいらねぇよ』

「了解しましたが――一応、ギンさんは年上ですし、ナイツの先輩でもありますので……」

『俺みたいなクズを……まぁ、好きにしてくれ』

 伝導管から鼻をすする声が聞こえる。


「はい」

 エンジンを全開にして、白いマニューバが滑走を始める。普通より馬力が必要だが、この機体は汎用のマニューバより出力があるので楽勝だ。

 曳航をすれば燃費も悪くなるので、翼下に増槽を取り付けた。

 スピードが乗ったところでシュラが操縦桿引くと、ふわりと機体が浮き上がる。

 ほぼ同時に後ろのグライダーも浮き上がった。


「お~っ! 飛んだ飛んだ!」

 その光景を下で見ていた、キラも満足気な表情。シュラがマニューバで運んでくれるから、あちこちにマヨネーズを配達できるのだ。

 これを輸送機で運んだら、時間も金もかかる。輸送機というのは船に近い――ゆっくりと大量にものを運ぶのに適した乗り物で、足が早い荷物には向かないのだ。


 そのまま樹海の上を白いマニューバとグライダーが列になって飛行する。

 上空は地上よりかなり涼しい。高度1000mを飛べば地上より6~7度は低い。

 マニューバのコクピットは解放型なので、体感温度はもっと寒い。防寒具とゴーグルは必須だ。


「後ろ、問題ないですか?」

『問題なし!』

 なにか食べている音が聞こえるので、キラからもらったサンドイッチを食べているのだろう。


「サンドイッチの味はどうですか?」

『こりゃ、サンドイッチっていうのか? こんな便利で美味いものがあるとは……』

「俺と、キラキラ商会で、一緒に作ったんですよ」

『こんなものまで作れるとは――稀人まれびとってのは伊達じゃねぇな』


(魔砲を使えるのもそうだけど――謎の記憶も魔法だというのなら、稀人ってのも間違いないのかなぁ)


 最初の街へ到着すると、曳航ワイヤーを切り離して、グライダーが先に着陸態勢に入る。

 ここは、シュラがいる街と同じぐらいの規模の街。同じように街の外れに滑走路がある。

 グライダーは自力では動けないので、移動に少々時間がかかるため、周りにマニューバがいた場合は、先に降りてもらう。

 

 グライダーを操縦しているのは元空賊とはいえベテランだ。難なく機体を着陸させた。

 その後、シュラも滑走路へ降りる。

 

「わはは、まるでベテランの操縦だな。安心して見ていられる」

「後ろもベテランなので、任せられるんですよ」

「はは、任せろってんだ」


(ナイツになっても、クソみたいな仕事ばっかりだったが、俺にも最初からこいつみたいな仲間が入れば……)

 ギンは自分のナイツ人生を少々後悔しているようだが、これからは違う。

 彼自身も、新しい人生が待っているのではないか? ――という少年のような期待に、心を踊らせている。

 

 感慨に浸るより、まずは仕事だ――ちょっと大きな街には、ギュオール運送の支店があるので、荷物を分配してもらう。


「エスランからの荷物で~す!」

 コクピットから身体を乗り出したシュラが、支店の従業員に声を掛ける。


「は~い、お疲れ様でした」

 既に従業員がグライダーに群がっていて、トラックに荷物を積んでいく。

 シュラは給水したら、すぐにまた飛ばなければならない。

 滑走路に給水車とトラクターが出てきて、グライダーを滑走路の端まで引っ張っていく。


 水の補給が完了すると、グライダーに曳航ワイヤーを接続。

 すぐにシュラは次の目的地まで飛び立った。


 ------◇◇◇------


 シュラが荷物を運んでいる頃、樹海の上を大型輸送艦が飛んでいた。

 葉巻型をしており、ギュオール運送などで使われてる輸送機と似た形をしているが、大きさが倍以上ある。

 乗組員数も桁が違い、百人以上が乗り込んでおり、このぐらいの大きさから、輸送機ではなくて輸送艦を呼ばれるようになる。

 名称的にはそう言われるが、区分に明確な決まりがあるわけではない。

 このような大型艦になるとスペースに余裕があるので、プロペラを駆動した蒸気を水に戻す復水器が装備されている。

 これによって、マニューバより60%以上の水が節約でき、当然それに伴い航続距離も伸びている。


 輸送艦の艦首下部に、この艦の艦橋がある。さすがに輸送機とは比べものにならないぐらいに広いが、そこが現在パニックになっていた。

 壁に並んだ各種制御盤。そこに繋がる沢山の管。そして下部や上部へ繋がる階段と手すり。

 艦橋内を乗組員たちが右往左往している。軍艦ではないので、皆の服装はバラバラだが、黒い防寒具はお揃いだ。

 そこへ後部に確認をしに向かっていた乗組員が、顔を青くして戻ってきた。


「り、両舷に虫が取りついています!」

「くそっ! なんてことだ! なんでこんなことに」

 報告を受けているのは、この艦の艦長。白い制服に身を包み、その上から黒い防寒具を羽織っている。

 白いツバありの帽子を被り、黒い髪に背の高い、凛々しい立ち姿――この艦長は元軍人である。

 この艦は、沢山の荷物や娯楽品を積み、広大な樹海を飛び回り辺境の街々を渡る――移動スーパーマーケット――移動店舗艦である。

 これほどの規模の艦になると、商人だけでは簡単に動かせない。

 スーパーを営んでいる店主とは別に、この男が雇われ艦長をしているのだ。


 こんな具合に僻地を巡る移動店舗艦に、物好きな客が同行している場合があるのだが――。


「どうやら客の1人が、飛んできた虫に向けて発砲をしたようで」

「そいつはどうなった?!」

「外壁を食い破って、虫がその客がいる船室へ侵入したらしく……」

「なんてこった!」

 勿論もちろん、自業自得であるし――危険を伴うので、なにがあっても責任を持てない旨の誓約書も書かせている。


(畜生! どこかのお偉いさんの息子だったか? こりゃ揉めるな……)


 いくら誓約書を書かせているといっても、ゴネるやつはいくらでもいる。

 まして自分の子供が死んだとなれば、やりどころのない怒りを、この艦にぶつけてくることは、十分に考えられる。

 頭を抱えている艦長の下へ、スーパーの店主がやって来た。

 太って丸く出た腹に、丸いほっぺた。おちょぼ口に小さな髭を生やしている。

 緑色の上着に防寒具を着込み、白いゆったりとして裾がすぼまったズボン。黒くて太いベルトを締めている。


「艦長! どうか、この船を守ってくれ! この艦が私の人生であり、全財産なんだ」

「解っておりますよ。私だって子供の頃に、この艦が街にやってくることを、どれほど楽しみにしていたことか……」

 艦長が子供の頃にやって来たのは、先代の店主の時代である。


「上部と下部の銃座は狙えんのか?」

「側面にめり込んだ虫には、死角になってまして……」


(普通は、上空の敵と下方の敵に対する防御だからな……)


「手の開いてる者は、全員銃を持って後ろへ行け! 副長! 戦闘指揮を頼む。」

「解りました! おい、行くぞ!」

「「「はい!」」」

「アロタール殿」

「うむ――解った」

 店主が懐から鍵を取り出す。これは、この艦の武器庫の鍵だ。

 軍艦ではないので携帯武器は通常、武器庫に保管されている。鍵を受け取った副長を先頭に、乗組員が列をなして艦橋の後ろにある武器庫へ向かう。

 そこからライフルなどの武器と弾薬を取り出すと、各人が装填し始めた。

 ライフルは単発式のボルトアクションで、拳銃は中折れ式のリボルバーだ。

 成形炸薬弾頭があれば虫には有効だと思われるが、この世界では発見――実用化されておらず、ロストテクノロジーと化している。


「あ~あ、なんでこんなことに……」

「愚痴を言っても仕方ないぞ」

 副長が、カバンを4つ用意する。中身は手投げ弾である。

 その内の2つを部下に手渡す。


「お前は、右舷へ回ってくれ。俺は左舷へ回る」

「解りました!」

 皆が黙々と準備を進めているのだが、まだ愚痴を漏らしている連中がいる。


「くそ! あのボンボンが!」

 たった1人の愚か者のために、百人の従業員の生命が危険に、さらされているのである。

 従業員が怒るのも無理もない。皆が銃火器の用意をしている所へ、1人の女性が入ってきた。

 褐色の肌と、長く艶やかな髪を白いリボンでポニーテールにしている、美しい長身の少女である。

 白い裾が絞ってある黒いズボンを履いているが、素っ裸に直接防寒ブルゾンを着ているようで、身体の中心線がヘソまで見える。


「あたしも行くわ!」

「お嬢さん! 女性は、ブリッジの近くにいた方がいい」

 その言葉に彼女が反応した。


「女だから――とか最近は、そういうのは流行らないのよね。帝国の皇太女様だって、前線で指揮をするそうよ」

「そういう偉い人と一緒にするのは、どうかと思うが……」

「うるさいわね! さっさと銃をよこして!」

 女性が手慣れた手つきで、銃に弾薬を装填して残りはポケットに入れた。

 それを見た副長が、伝導管を使って艦橋へ連絡を入れる。


「アロタール様! お嬢さんが、現場へ立つと言われているのですが!」

『これ! マリナン! 艦橋へおいで!』

「お父さん! こういう時に、主が先頭に立たなくてどうするのよ!?」

『そんなことを言われても、私に戦闘は無理だし……』

「だから、あたしが行くの!」

 彼女は――この艦の主でもあり、移動店舗の店主でもある、アロタールの娘である。


 虫に襲われているこの移動店舗艦――日本で葉巻型の大型飛行機械というと、飛行船を思い浮かべるが――この艦は気球ではないので、気嚢は存在しない。

 気嚢の代わりに、大型の反重力炉3基で浮かんでいる。

 艦内の中心部は格納庫やアーケードがあり、列をなす商店に様々な商品が並ぶ、まさに移動する店舗スーパーマーケット

 その外側――艦の舷側に沿って白い壁で仕切られた通路が走り、部屋が並ぶ。

 舷側の通路を通り、銃火器で武装した従業員が、一列に並んで艦の中心部へ向かう。

 この艦は軍艦構造ではないので、隔壁などは存在しない。虫に中へ入られたら手の施しようがない。

 なんとか手段を講じて、外へ追い出さないといけないのだ。


 従業員の目の前に、部屋の壁を食い破り頭を突っ込んできている、黒く巨大な虫の頭が見えてくる。

 大きさはマニューバの約2倍。目の前に、ワシャワシャと無数にうごめく死の恐怖。

 先に到着ていた連中が、鉄パイプを振り回して懸命に追い払おうとしているが、そんなものが効くはずがない。

 

 ――彼らに戦慄と緊張が走った。

 

 

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