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リーゼリット、決着


 例えば、目の前の敵が、ただの動物だったとしよう。

 拘束された動物には、手も足も出すことができない。

 しかし動物には牙が存在している。

 手も足も、爪も使えずとも、その鋭い牙は決死の一撃になりうる。ならばこそ、こちらも決死の一撃を以て止めを差さねばならない。


 仮にそれが魔物であったとしよう。

 魔物であるのなら、それは時に魔法を使い、攻撃をしてくる。

 拘束された魔物は、獣より厄介だ。自身の力を上回る膂力もあるかもしれない。拘束を引き千切る魔法をもっているかもしれない。

 そうするのならば、細心の注意を以て、攻撃すべきだ。


 もしも魔族であったのなら、拘束した時点で油断をしないことだ。

 彼らは魔法を用いて戦うし、何より圧倒的な膂力があることが確定している。ならば拘束などしても無駄であろう。

 数十人で囲んで、誰か犠牲を出しながらでも戦うしかない。

 

 けれどそれが人であったのなら。

 人ならば、いいだろう。

 魔力も魔族程はなく、力も獣よりも弱い。

 その存在は脆弱であり、何故か繁殖力だけはある。世界中に存在するどんな獣より弱いくせに、何故かこの世界を支配しているのが彼らだ。


 だから、彼の油断は手に取るようにわかった。

 拘束に成功した時点で、彼は勝っているのだ。


 そもそも魔族という存在は人間を侮る。当然だろう。力も弱く、魔力も弱い。脆弱で儚い命。そんなもの、そこらを歩いている蟻と変わらない。


 踏み潰し、蹂躙し、犯し、殺し、その殺生は自分たちの手に委ねられる。

 そういう存在に、何を警戒しろというのだろうか。





 対し、人間は侮らない。

 大抵の生物は自分たちより強く、力でも魔力でも敵わない。

 だからこそ常に警戒を怠らない。


 相手の気の緩んだ一瞬。

 それが今だ。


「貴様らは何時だって私たちを侮るなぁ」


 ぽつり、とリーゼリットは呟く。

 目の前に迫る影の槍。

 一本一本が、十分な殺傷能力を持つそれが、無数に迫る最中において、リーゼリットは冷静さを崩さない。


「だからこそ、足元を掬われ……るッ!」

 

 それは炎だ。

 リーゼリットの周囲に炎が舞う。

 ごうごうと燃え上がるそれは、リーゼリットの魔法。


 馬車を燃え上がらせ、赤熱した剣を作り出したそれは、未だ勢い衰えず。

 影を焼き尽くし、まるで森ごと燃やし尽くさんばかりに燃え上がる。


 それは本来あり得ないことだ。


 人間ではあり得ない。

 何故なら人間は、魔族よりも弱く、魔力も力も強くはない。

 その、筈、なのに。


「な、んで……そ、んな……!」


 影法師は叫ぶ。

 理解できないと、そう叫ぶ。

 その気持ちを、リーゼリットは理解できる。

 自分だって、絶死の一撃を、こんな風に防がれたら、そう喚きたくもなるだろう。

 

 ちりちりと、髪の毛が焦げるような高温の中、リーゼリットは薄く笑う。


 リーゼリットに特殊なものは何もない。

 剣術は確かに、姫様の護衛役として抜擢されるだけあった一流だ。

 けれど代わりに魔法は凡百である。


 ありきたりな炎の属性。特殊なものはなにもない。


 だからこそ、リーゼリットを誤認する。

 対峙したものは、悉くがリーゼリットを見誤る。

 ただ、単純に、剣術が強いだけの女として、彼女のことを見る。


 怒りに身を任せて、剣を、炎を振りかざすような女に、見る。

 

 だからそれが間違いだ。


 炎が燃える。

 燃え上がる。

 何もかもを飲み込むように。

 蛇のように身を揺らす。


「嘘、嘘だよ……それ、なに……? なんだってんだよ、お前っ!?」


 影法師が五月蠅く叫ぶ。

 インチキだろうと笑えばいいさ。

 けれど、だからこそ、そんなものを持ち出したからこそ、負けることは許されないのだ。

 一刻も早く、弔い、先へ進みたい。

 

 その逸る気持ちを抑え続けてきた。

 自分が今の地位でなかったのなら、迷いなく、駆け抜けた筈だ。

 しかし、それでは駄目なのだと知っていた。

 わかっていた。

 

 だから、開戦まで待った。


 自分は彼女のことを信じた。

 きっと、彼女も自分のことを信じた。


 だからこれが、きっと民を守り、王族の在り方を守る、正しいやり方。

 

 政治は知らない。

 ただ、民の為にあればいい、と鍛えたそれは、必死の一撃となる。


「悪いな」


 ただ、構え、振り抜いた。

 炎の照らす森は、煌々と輝いていて、影法師の潜む場所はどこにもない。


 一刀の元に、喚く暇すらなく、その頸部を断ち、落とす。


 ころりと転がった首は、ちら、とリーゼリットを見詰めると、途端に、まるで溶けるようにして形を失った。


 先程までの、少年のような顔と違う。

 

 黒い粘土に目の後のような窪みをつけた、そんな形になって、転がった。

 誰かもわからない、判別さえもつかないそれは、影法師の本体だった。


 自分が誰かもわからなかった影法師は地に沈む。


 その最後を見やり、リーゼリットはその胸元に下げた魔石に手を伸ばす。

 もう薄っすらとしか感じることの出来ない、シルヴィアの魔力がそこに残っている。


「正々堂々がバイアランの華、の筈なのだけどなぁ……」


 言って、魔石を仕舞う。

 残った魔力は僅かだけど、自分のことを助けてくれたそれを、しっかりと仕舞い、目を向ける。

 暗黒騎士さんの走っていった道と、自分たちの馬車が移動する筈だった道を照らし合わせる。


「さて、もう始まっているだろうなぁ……アン殿は無事だろうか」


 呟きながら、リーゼリットは手を合わせる。

 自分の死んでいった部下に。


 今度こそ、自分の魔力で火を着ける。


 馬車が燃える。

 部下が消える。

 アンデッドが現れても、それはそれで無念だろう、としっかりと焼き尽くす。

 

 煙が空へ昇っていく。


 まるで、魂のようだ、とリーゼリットは思った。


お久しぶりです。

夏コミの原稿と、ゲームシナリオに関する作業がひと段落したので、こちらの方の更新を再開していきたいと思います。

世間では夏休みですが、私に夏休みはないのです。

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