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暗黒騎士さん、影法師

 ぽたり、ぽたり、と血を流す馬車。

 木陰からずるりと影が立った。まるで、衣を剥がすかのようにずるりと、立ち上がる。


「あっけないなぁ」


 立ち上がった影が、言葉を発する。

 少年のようなそれは、正しく少年の皮を被っていた。

 年端も行かぬ少年は、その表情を残忍に歪めてため息を吐く。自分の姿を見下ろし、身体のあちこちを確かめるように見て、再度、息を吐いた。

 影法師は、笑う。


「あーあ、折角油断させる為って、こんな姿にしたのに……その必要もなかったってことかな?」


 つまらなさそうに、そして、安心したように笑う。

 視線の先の馬車は、身動き一つしない。


 ――いや。


 がた、と馬車が揺れる。

 そして、次の瞬間、炎が舞い上がった。

 うねるようにして産まれた炎の蛇が、馬車を飲み込み、天へと昇る。煌々とした煌めきは、まるで怒りを体現しているかのように周囲を飲み込んでいく。


 しかし、それでも倒れた騎士たちは飲み込まない。


「と、とと……なんだ、生きているのか」


 影法師は二、三歩下がって、冷や汗を浮かべる。 

 炎が渦巻き、そして弾けた。

 影法師の影が扇状に広がり、彼を火の粉から守った。


 炎の中心から、リーゼリットが現れる。その表情は憤怒に彩られている。

 薄っすらと開かれた瞳には、扇状の影を広げた影法師が映っている。

 唇を開き、リーゼリットは紡ぐ。


「モリスン、アルカイド、モリッツ、マイルズ、ナタリー、カイエン、ミスト、ハーヴェイ、カガリ、ライアン……十人だ」

「……何の話かな?」

「貴様は私の部下を十人殺した」

「それがどうしたんだい?」

「貴様を殺した所で失ったものは戻らない……だが貴様はここで殺させてもらおう」






 地面に横たわったまま、難を逃れた暗黒騎士さんは、その業火を見ていた。

 リーゼリットの涙が蒸発していくのを見ていた。

 ただ、魔族であるから暗黒属性の魔法が効きにくい。

 ただそれだけで助かってしまった自分。

 自分には、そんな、涙を流してくれる人はいないから。


 だから、不謹慎ながらも死んでしまった彼女の部下を、ちょっとでも羨ましいとおもってしまったから。


「アン殿……生きているのだろう?」

「…………」

「兄上が、気になるのだろう?」

「…………」

「ならば行くといい。この場は、私が請け負った」


 リーゼリットの声が、頭上から響く。

 それに重ねて、影法師の声が届く。


「別に、行けばいいよ。どうせ君じゃ、戦力にならない。それに、僕は彼女をこの場に留める為に来たんだ。君は、どうでもいい」


 情けない。

 自分が情けない。

 そう言われても、どうにも反論できない自分が嫌いだ。


 それでも――あの日々が心地よかったからこそ。

 

 ふらり、と暗黒騎士さんは立ち上がる。

 ふらり、ふらり、と、先へ進み始める。

 影法師の横を抜けて、森の奥へ。

 

 ガレス帝国の方に向けて、歩みを進め始める。






「……通してよかったのか?」

「別に殺すことも出来たけど……どうせ、君の方が速いだろう?」


 影法師がリーゼリットに語る。

 対し、リーゼリットは笑う。確かに、その通りだろう、と。

 遠ざかっていく背中は、すぐに木々に紛れて見えなくなった。


「ま、僕も殺されたくはないし……全力は出させてもらうけどね」


 扇状の影が、まるで花開くように、その花弁を舞い散らせる。

 一つ一つが杭のような状態に変化し、リーゼリットに狙いを定める。


「……その前に、一つ聞いていいか?」

「うん? いいけど、何?」

「そのガワは……誰のものだ?」

 

 リーゼリットが影法師を指差す。

 彼は自分の姿を見下ろし、その幼い容貌を見詰める。


「ああ、これ? 知らないよ。でも、君たちは、こんな風に子供の姿の方が攻撃しにくいだろう?」

「だから、殺したのか?」

「うん」

「そうか、わかった」


 業火が燃え上がる。

 一点に収束したそれは、リーゼリットの持つ剣を包み込む。

 高温に達した剣が赤く赤熱しだす。


「これで、心置きなく貴様を殺せる」


 魔族でもいい奴がいる。

 それは暗黒騎士さんの例から見てもわかっていた。だからこいつがもしもそうだったのなら、リーゼリットも攻撃を止めていただろう。

 けれどそうではなかった。

 ならばこそ、躊躇いは一片たりともないのだ。


「覚悟しろ。今日の私は怒っているぞ」


 リーゼリットが踏み込んだ。

 地面がまるで爆発したように土埃を巻き上げる。



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