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暗黒騎士さん、開戦に向かう


 兄について、暗黒騎士さんは実はあまり詳しくない。

 兄は優秀で強くて、すぐに魔王軍の中枢へと上り詰めた。

 けれど、暗黒騎士さんには、優しかった。それがどういった理由なのかはわからないのだけれど。

 直接会ったことがないのに、優しかったも何も、ないのだろうけれど。

 それでも、かつて励ましてくれたことは暗黒騎士さんにとって、失くしてはならない思い出だ。思い出がなければ、とうの昔に挫折していた。

 

 暗黒魔法の使えない暗黒騎士。


 その存在は、ただそこにあるだけで、奇異の視線の的になる。

 奇異となるということは、同一ではない、ということだ。

 仲間外れにされ、落ちこぼれの烙印を押された。実際その通りなのだけれど。


「兄さん」


 呟く。

 かつてと同じだとは期待していなかった。

 けれど、直接「死ね」と言われて理解する。自分はそういう立場に、自ら堕ちたのだと。それが正しいのか、益々わからなくなる。

 自分は、正しいことをしているのだろうか。


 わからない。

 わからない、けれど。


「行こう」


 手に持った魔剣は、相変わらず何も答えてはくれない。

 それでも、前に進むしかないのだ。


 暗黒騎士さんは宿舎を後にする。


 これから、ガレス帝国への進軍が開始されるのだから。









 既に宣戦布告は為された。

 上部で行われたことは、暗黒騎士さんは知らないが、結果だけは知っている。

 交渉は決裂して、最早戦う以外に道はないのだと。

 

 戦場に向かう馬車の中は静かだ。

 暗黒騎士さんを含む部隊は、リーゼリットの指揮下だ。馬車に揺られながら、十人前後の人間が静かに、その時を待っている。

 誰も一言も話すことはなく、その手に剣を携え、これからを見つめている。


 ガレス帝国へ向かう森は、足場が悪い。

 時折、がたんと馬車が大きく揺れる。


「……その、兄のことを考えているのか?」


 足元を見下ろしていた暗黒騎士さんを気遣うように、リーゼリットが声を掛ける。

 顔を上げると、じっとリーゼリットが暗黒騎士さんの目を見ていた。

 

 そこに存在するのは、純粋に心配しているのだという感情だと、短い付き合いながら、暗黒騎士さんは思う。

 本当に、魔王軍から追放されたことは、死ななければならない程の罪なのだろうか。

 優しかった兄が、ああなってしまったのは、何故だろう、とか。

 考えることは沢山あるけれど。


 それはきっと、これからの戦いにおいて剣を鈍らせるのだろう。


「……ああ……いや、そう、かも」

「あまり深刻に考え過ぎるなよ? アン殿は自分で抱え込む癖があるようだし……そのことについて、私にはどうすることも出来ないが、話を聞く程度のことは出来る」

「……ありがとう」

「ふむ……初めて会った時よりも、随分と感情がわかりやすくなったな」


 そう、なのだろうか、と暗黒騎士さんは思う。

 だが、魔王軍から追放されて、最も長く一緒にいたのは彼女だ。だからこそ暗黒騎士さんの些細な変化にも気付くのだ。

 微かだが、笑顔を浮かべることも増えた。


 そのことに、暗黒騎士さんは気付いていないのだが。


 その時、馬車の車輪が大きく跳ね、同時に浮遊感が車内の人間を襲う。


 騎士たちは緊張していた。

 騎士たちは戦に意識を向けていた。

 まだだろう、と思っていた。

 そろそろだろう、と思っていた。

 だけど、これは予想していなかった。


 馬車が跳ねた。

 そして、馬車は終ぞ落下することはなかった。


 馬車の影から伸びた、影の槍。

 真っ黒なそれが、馬車を引く馬を刺し貫き、血風が舞う。

 馬車は串刺しになり、まるで茨のようにあちこちから槍の先端を突き出し、中空に縫い留められた。


 ぽたり、ぽたり、と馬車の中から血が垂れる。






拙作「異世界で石に転生した俺は女の子を護りたいので地道に強くなる」をゲーム化するにあたって、そちらの方のシナリオを書いていました。

また夏コミにも当選したので、いろいろ作業が増えていますが、この物語は完結までもっていきます。

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