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暗黒騎士さん、影と騎士道


 影が走る。

 まるで生きている人間であるかのように、野盗の姿をした影が剣を振りかざす。

 振り上げて、振り下ろす。単純な動作をただ繰り返すそれは、暗黒騎士さんであったも容易く見切ることは出来る。だがその数が増えればどうなるだろうか。四方八方からの振り下ろしは、対面の味方を考慮しない。影の一刀が影をすり抜け、暗黒騎士さんの剣に当たる。

 硬質な鉄がぶつかり合うような音が響く。

 何度も、何度も。影の刃は互いにぶつかることはなく、暗黒騎士さんの剣にのみ当たる。

 まるで檻に閉じ込められたような光景であった。


「――っ!」


 反撃に転じることが出来ない。

 暗黒騎士さんの剣は、その構えから切り上げて、振り下ろすのが基本である。それに則った戦い方しか知らない暗黒騎士さんには、防御することが精一杯で――そこから転じるには、誰かからの助けが必要なのだ。


「はっ!!」


 気合一閃。リーゼリットの剣が駆け抜ける。鋭い刃に抵抗感はない。まるで紙を裂くかのように、影の檻を切り開く。


「すまん……」

「気にするな」


 構えを整え、影に相対する。

 後ろ手に持った剣と、正面に構えた剣。

 対照的な構え。

 まるでそれは、魔に……闇に属するものと、光に属するものを体現しているかのようだった。


 共に駆け抜け、影を切り開く。

 いくら相手が、相手のことを考えずに戦えるからとはいえ、彼らは所詮、影なのだ。

 野盗の影は騎士二人に敵うことはない。

 切り裂かれ、千切れ飛び、影はその数を減らしていく。


 ――気付いた時には彼女たちの周囲には何もない。


 生まれた時と同じように、影は地面に沈んでいく。

 そこに何も残らない。

 彼らが生きた形跡さえも、残ることはなかった。


「逃げたか……」


 暗黒騎士さんが、影法師の消えた方を見て呟く。

 その瞬間、背後から首筋にかけて、剣の切先が伸びる。

 思わず硬直する。

 体が動かないし、冷や汗が流れる。


「さて」


 何もいなくなった森の中で、リーゼリットはその剣の切先を暗黒騎士さんに向けた。


「私はアン殿を疑う訳ではないが」

 

 暗黒騎士さんの首筋から剣が引き抜かれる。

 リーゼリットは後退し、改めて剣を構え直す。

 正眼に構えたそれは、まさしく王道を往く構え。

 正しさを体現する構え。


「それでもはっきりとさせておかないと気が済まない」


 恐る恐る、暗黒騎士さんは振り向いた。

 リーゼリットは動かない。ぴたりと止まった剣は暗黒騎士さんに向けられている。


「私は生憎と頭がよくないのでな……やはりアン殿のことを知るのなら、これしかないのだろう」


 逃がす気はない。

 背を向けた瞬間に、斬り込んでくるだろう勢いだ。

 どこにも隙はなく、また逃げようとしても瞬時に対応が出来る。

 暗黒騎士さんに出来るのは、前進か、後退のみだ。そして、後退は封じられた。残るのは、前進するのみだ。


「かかってこい、アン殿。その剣を以て、あなたがどういう想いを持っているのか証明してみせてくれ」


 息を吐く。

 一拍。

 暗黒騎士さんは剣を構える。

 反対の剣。

 真後ろに向けた、刀身を隠す構え。

 冷や汗は止まらない。けれど、そうすることでしか、この騎士は止まらないのだろう。ならば、前に進むしかない。


「……わかった」

「では、来い。何、先手は譲ろう」


 緊張感で吐きそうだ。

 リーゼリットは依然として動かない。ぴくりとも、だ。成る程、呪竜がどれだけ与しやすい相手だったのかよくわかる。

 同じ剣を扱うものとして相対するのなら、これ以上なく戦い難い。

 それでも、前に進むと決めたのだから。


 一足。

 二足。


 暗黒騎士さんが踏み出した。


「――っふ!」


 切り上げからの斬撃。瞬時にリーゼリットの懐まで駆け抜け、その勢いのままに剣を振るう。

 金属音。

 がぁん、と火花を散らす音と共に、剣が弾かれる。


「真っ直ぐだ……しかし、それだけでは勝てんぞ」


 一歩足りとも、リーゼリットは動かない。


「アン殿の剣は真っ直ぐだなぁ……きっとよい信念があるのだろう。私は何事があろうとも主人に忠誠を誓うことを信条としているが、アン殿はどうだ?」


 暗黒騎士さんに主人はいない。

 騎士であるのに仕えるべき主がいないのだ。

 ならば誰に従うべきだろうか。

 暗黒騎士さんは弱きを助け、強きを挫くことを信じ、戦ってきた。

 だけどそれを口に出せる程、自分は強くないのだ。


「……ふむ、ならばやはり私を打倒するところからだな。言っておくが、逃げることは許されんぞ?」

「騎士の恥、だから……」

「よくわかっている。ならばアン殿は騎士なのだろう。さぁ、来い。言っておくが、私は強いぞ?」


 言って、リーゼリットが初めて踏み込んだ。


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