悠真side
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それは本当に偶然のことだった。
限定50食のオム焼きそばパンが売り切れており、トボトボと教室に戻ろうとした時。
女の子の声がして、上を見上げたら、うちのクラスの委員長が階段から落ちてきたんだ。
そして、痛みと共に唇に伝わる柔らかい感触に、俺はすぐさま彼女から離れた…はずだった。
しかし、目を開け、目の前にいたのは俺だった。
え、俺?というか、なんで俺は俺の上に乗っているんだ?
俺の姿をした人も僅かに動揺しているようだった。
その人に連れられ、俺達は屋上に向かった。
そして、俺と委員長が入れ替わってしまったという、ありえない状況が起こっていることが分かった。
普段から脳筋とルームメイトの蓮に呼ばれている俺の頭はパンク寸前だ。
でも、ここは男の俺がしっかりしなければ。
委員長もきっと困惑しているはずだ。
そう思い、委員長の方を見ると、委員長はあっけらかんとしていた。
流石、委員長。なんて冷静なんだ。
俺が先程、キスをしてしまったことをどう切り出すか考えあぐねていると、委員長は先程の出来事を再現しようと言ってきた。
委員長はキスしたことに気がついていないようで、キスなしで先程の出来事を再現したところ、やはり元に戻ることはなかった。
俺はキスが入れ替わりのスイッチなのではないか、と言おうとし、留まった。
こんなことを言っても信じてもらえないかもしれない。それに、女の子にとってキスって大切ってよく言うし…
委員長はキスしたことあるのかな、なんて変なことを考え始めた時、俺が言うのを迷っていることに気がついた委員長に話を促され、俺は正直に先程の出来事を言うことにした。
あ、フリーズした。
俺はどうやって委員長の意識を戻そうかと考えていると、予鈴のチャイムが鳴った。
チャイムの音で、ハッと我に返った委員長は俺を引っ張り、ひとまずクラスに戻った。
どうやら、この続きは放課後考えることにしたみたいだ。平常点とか気にしているのかな、やっぱり。
休み時間、俺は委員長に話しかけようとしたが、あやかと話し始めてしまい、話しかけるタイミングを失ってしまった。
でも、却って良かったかもしれない。
賢い委員長と違い、ノートに授業内容を取るだけでも必死な俺だ。委員長の交友関係や性格も知らないから、ボロを出しそうだ。
俺は、自販機に向かい、飲み物を買って心を落ち着かせることにした。
すると、蓮が俺に気がつき、こちらにやってきた。
蓮は放課後の打ち合わせについて話し始めた。どうやら、委員長は放課後に今度の行事のしおりを作成するらしい。
本当に、委員長は頑張るな…俺なんか今日、追試なのにな。
そう思って、今日が追試の日だということを思い出した。
慌てて、教室に戻ったが、予鈴が鳴り、それを伝えることは出来ずにホームルームを迎えてしまった。
ごめん、委員長。
俺の代わりに頼みます…!決して、ラッキーだなんて思っていません。
俺はというと、放課後すぐに蓮に呼び出され、空き教室でしおりの作成に取り掛かることになった。
作業が始まる前、こっそり蓮に気がつかれないように、委員長に詫びも兼ねて連絡をした。
「中川さん、いつもと様子が違うけれど、もしかして具合悪かったりする?」
あまりの段取りの悪さに、蓮に体調が悪いと疑われてしまった。
こういう細かい作業が苦手だって、蓮も知ってるじゃないか…って、今の俺は委員長なんだった。
蓮の疑惑をなんとか躱す。
委員長は普段放課後までクラスの為に色々頑張っているのか。
それに比べて、俺は全然ダメだな。
部活は好きだけど、勉強は全然だし、ムラのある自分の頑張りに俺は落ち込んだ。
もっと頑張らなければ…
今まで、あんまり話したことなかったから委員長の凄さは分からなかった。
この出来事をきっかけに、委員長と仲良くなりたいな。
蓮を遇いながら、そんなことを思っていると、追試が終わった委員長が教室に入ってきた。
蓮は疑いの眼差しで、俺(委員長)に問いかける。
蓮の様子を見て、俺は直感的に蓮は委員長のことが好きなのだと分かった。
それに気づいた俺は、何故か少しの不快感を覚えた。
その後、あれよあれよと蓮のペースに乗せられた俺は、蓮に気がつけば委員長が住む学生アパートまで送られてしまった。
委員長の自宅まで知っているなんて、2人は相当仲が良いのかもしれない。
俺は先程の不快感が増長するのを感じながら、委員長の家に上がった。
実家が遠方で、一人暮らしの委員長の家は整理整頓がきちんとされていて、俺のイメージ通りだった。強いて言うなら、ベッドにウサギの可愛らしいぬいぐるみがあるのが、意外だったけれど、普段とのギャップに何だか胸が温かくなるのを感じた。
入れ替わってから一番苦労したのは、トイレと風呂だ。身体を見るのは悪いと思い、スポーツタオルで目隠しをしながら、行った。
風呂から上がり、椅子に座ろうとして、椅子を引くと、机にあった一冊のノートをはずみで落としてしまった。
落ちた拍子に、ちらっと中身が見えてしまった。見えたところに自分の名前があった気がして、俺は思わずそのノートを開いてしまった。
そのノートのタイトルには『乙女ゲーム、ラブ・シャッフル』と書かれていた。
中身には、あやかや蓮、そしてやはり俺の名前が書かれていた。他にも何人かの生徒や学校関係者の名前が記されていた。
恋愛小説を書くのが趣味なのかな?
委員長、意外とロマンチスト説。
俺は委員長の秘密を知った嬉しさと同時に、勝手に人の物を見てしまった罪悪感を感じた。
今度、ちゃんと謝らなきゃな。
それとも、こういうのって、そっとしておいて欲しいものなのかな。
そんなことを考えていたせいか、その日はあまり眠れず、俺は寝不足のまま翌日を迎えた。
昼休み、昨日同様、俺達は屋上に移動した。
屋上に着くと、委員長は俺に一冊のノートを渡してきた。俺は一瞬、昨日の恋愛小説ノートを思い出し、反応が遅れてしまった。
俺の想像とは違い、そこに書かれていたのは、昨日、俺が受けるはずの追試の問題や解答解説が丁寧に分かりやすく書かれていたノートだった。
俺のために、空き時間を使って、こんなことをしてくれていたことに、俺は再び胸が温かくなるのを感じた。
嬉しさのあまり、俺が褒めると委員長は恥ずかしそうな顔をした。
…これ、外見が俺じゃなければ、ドキッとしたんだろうな。
そして、もっと委員長のことが知りたくなった俺は呼び名を変えることを提案した。
ふと、蓮の存在を思い出した俺は、柚麻に蓮との関係を尋ねた。
柚麻は接点があるだけって答えたけれど、蓮のあの感じは絶対本気だよな。
俺は柚麻が蓮に対して今のところ脈が全然無いことに何故か安堵してしまった。
不意に、柚麻が屋上にある時計に目を向ける。あまり悠長にしていても仕方がないな。
いよいよ、入れ替わりをしようとして、辺りに妙な雰囲気が漂うのを感じた。
雰囲気に飲まれた俺は思わず緊張し、上ずった声で、キスをしていいか、尋ねた。
柚麻が頷いたのを確認し、俺はゆっくりと目を閉じ、柚麻と二度目のキスをした。
僅かな眩暈を覚えながらも、次に目を開けた時、目の前にいたのは柚麻だった。
ふと、柚麻の顔を見ると、頬を紅潮させ、潤んだ瞳で俺を見つめる柚麻に、思わずドキッとしてしまった。
意識してくれているのかな、なんて少し期待していると、柚麻はあろうことか、他の人とキスをしたらどうなるのだろう、なんて言ってきた。
俺は思わず蓮と柚麻がキスをしている姿を想像してしまい、高まる不快感を抑えられなくなった。
目の前にいる俺を意識してもらいたくて、俺は忠告をし、甘噛みをした。
やり過ぎかなとも思ったけれど、鈍感な柚麻にはこれくらいが丁度良いだろう。
本当はキスでもしてやろうかな、なんて思ったけど、もう入れ替わるのはごめんだ。
あんな心臓に悪いトイレタイムと入浴シーンはもう懲り懲りだ。
顔を真っ赤にして頷く柚麻が可愛くて、俺の胸が高鳴るのを感じた。
2人の秘密をきっかけに、これから柚麻との仲を深めよう。
こんな雰囲気だ。
ロマンス小説を見てしまったことを言いそびれてしまったが、それはまた今度タイミングを見てから言うことにしよう。
俺は柚麻の照れた表情を見ながら、そんなことを考えていたのだった。
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