10.どうして私は戦うのか
飛び散る鮮血。
赤く染まった世界に、蒼色の閃光が煌めいた。
血霞を吹き飛ばし、放たれた一条は寸分違わず異形の頭部を吹き飛ばす。
「はぁ……はぁ……これで二百!」
肩で大きく息をし、瑞希は周囲を見渡す。闇の中に蠢いていた異形達はかなりの数を減らしていたが、全滅には程遠い。次から次へと溢れ出し、数の暴力で瑞希を追い詰めていく。
「キツいなぁ……まさかここまで居るとは」
既に瑞希は満身創痍。異形を屠るペースも目に見えて落ちている。このまま戦いを続ければ、間違いなく物量に圧倒されて死ぬだろう。
「……ま、それもいいけど」
元より死は覚悟の上。今更死にたくない等と泣き言を吐かすつもりは無い。――――けれども。
「……何を必死になってるんだろ私」
どうしようもなく自分の行為が愚かしいと、分かっている。常ならばここまで戦闘は続けない。死の覚悟は出来ているが、死ぬつもりは無いのだ。死にそうなら逃げ出す。これまでもそうしてきた。
なのに、今は戦いを続けている。傷だらけになり、死が眼前にまで迫りながらも、瑞希は矢を射ち続けた。
その差は何だ。一体何が、巫瑞希を闘いに駆り立てている。
「――――ッ!」
「っと、思考に耽るのは後回し! まずはここを突破しないと!」
『蒼き空を穿つ』を構え、矢を放つ。どれだけ傷を負い、追い詰められようと狙いは外さない。蒼色の矢が異形の半身を消し飛ばす。
だが敵は一体ではない。半身を失った異形の死体を踏み台に続く異形が迫る。焦らず瑞希は矢を放とうとするが、それよりも早く別の異形が瑞希の腕を爪で切り裂いた。
「ッ! この――――!」
痛みを堪え、番えていた矢を放つ。爪を鮮血で濡らした異形、そして背後に居た異形もまとめて腹部に風穴を開けられ、大量の血を吹き出しながら崩れ落ちる。
「不味いな……腕が」
矢を番える為に腕を持ち上げようとするが、少しでも動かせば激痛が全身を駆け巡った。最早意思力でどうにかなるレベルではない。肉体が動かすことを本能的に拒否していた。
「……ここまで、か」
『蒼き空を穿つ』を消し、地面に崩れ落ちる。ここで終わりだと思った途端、全身から力が抜けた。思っていたよりも肉体は疲労していたのだろう。到底立ち上がれそうにない。
今は警戒して近寄って来ない異形達も、瑞希が力尽きたことを知れば我先にと襲い掛かってくるだろう。片腕が使えぬ瑞希に応戦など出来る筈も無い。
つまり、巫瑞希はここで終わり。死を迎える。
「…………遂に、死ぬのかぁ。色々と心残りあるんだけどなぁ」
夜空を見上げ、孤独に喋り続ける。
心の何処かで、死ぬ時は間違いなく一人だろうと思っていた。瑞希は孤独な人間だ。頼る者も、頼れる者も、誰も居ない。彼女はたった一人で戦い続けた。
これまでも、これからも、ずっと一人が続くのだろう。
それが巫瑞希の生きる道。誰も隣に居ない寂しい人生。
悲しいと、涙を流したこともある。
虚しいと、手を伸ばしたこともある。
けれども彼女は常に一人。
冷たい手を握ってくれる者は、何処にも居ない。
「寂しいなぁ」
涙は既に枯れ果てた。
瑞希は疲れ果てた笑みを浮かべ、死を受け入れる。
(こんなに孤独なのに……なのに私は)
目を閉じる。一面の暗闇が視界を染めた。
(私は……何の為に戦ったんだろう。戦う必要なんて無いのに)
直ぐ近くに感じる獣の息遣い。
殺意を滾らせた異形の群れが瑞希を取り囲む。
(傷付いて、辛い思いをして、それで報われる訳じゃないのに。幸せなんて、手に入らないのに)
一匹の異形が、遂に動いた。
他の異形もそれに続き、中心の少女へと殺到する。
至る所から振るわれた爪と牙が、瑞希の全身を引き裂く――――その間際。
(死にたくないなぁ)
後悔した。
最早手遅れだとしても。
死にたくないと、願ってしまった。
――――その願望が、運命の車輪を回す。
「『千の魔術を統べる者』――――降り注げ!」
高らかに、夜の闇に声が響く。
同時に百を越える輝きが、闇の帳を掻き消した。
轟音。そして大きく震える大気。
馬鹿げた数の雷が、大地へと突き刺さる。
中心に居る瑞希は一切傷付けず。
周囲の異形だけを正確に消し飛ばした。
「…………え……? 何、が……」
目を開け、瑞希は変わり果てた周囲の光景に驚いた。
数え切れぬほど存在して無数の異形が、見渡す限り何処にも居ない。焼け焦げた地面だけが、彼らの居たという事実を証明している。
「無事か?」
闇の中から響く声。びくっと瑞希は体を震わせ、恐る恐る声が聞こえた方へ視線を向ける。
果たして、そこに居たのは平凡な青年だった。
何処にでも居そうな黒髪黒目の面持ち。見た目から察するに年齢は同じくらいだろうが、落ち着いた雰囲気の為か年上にも思える。
「貴方、は――――」
問い掛ける言葉と共に、瑞希の意識は暗闇へと落ちていく。
度重なる異形との戦闘、無数の負傷に目前まで迫った死。肉体的にも精神的にも、既に瑞希は限界だった。
死を免れた安堵からか。それとも単純に疲労からか。どちらにせよ糸が切れたように瑞希は地面に倒れ込む。半ば深淵へと沈んだ意識が、何事か叫ぶ青年の姿を捉えた。
その姿が、何故か大介に被って見えた。
必死の形相で叫ぶ彼の姿に、どうしようもなく胸が締め付けられる。
(…………どう、して)
そして瑞希は、意識を失った。




