表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
57/77

28.死人の足掻き









 勝負は決した。


 ネロの聖剣はドストエフスキーを切り裂き、『荊の庭園(ガーデン)』を拒絶する。存在を否定し、ドストエフスキーとの繋がり全てを拒絶という刃で断つ。


「――――――――!」


 声にならぬ叫びを上げて、『荊の庭園(ガーデン)』は消滅した。世界を覆い尽くしていた荊が次々と枯れ落ちていく。一つの生命が、確かにここで命を終えた。


 されども残された命も有る。とはいえ死は間近に迫っていた。



「いや……あるべき姿に……戻るだけ……か。元々、私は死人だったのだから……」


 地に倒れたドストエフスキーは、鮮血を言葉と共に溢れさせる。支払った代償は余りにも重かった。如何なる『奇跡』だろうと、彼の傷を癒やすことは出来ない。


 消滅は確定している。定められた運命を覆すことは出来ない。


 だとしても。この先に待つのが消滅だとしても。


 ここで諦める選択肢だけは、存在しない。


「そうだ。もう後戻りは出来ない。幾多の罪を喰らい、人を殺し続けてきた私には最早、純白の魂を手にする以外に道は無い。奪った物より多くの命を。亡くした者より多くの人をッ!」


 不屈の救済者が起き上がる。まだ彼は生きている。傷など関係ない。ここで敗北する運命だろうと構わない。進み続けることこそ、彼の成すべきこと。


「この道こそ私の夢ッ! 私が求め続けた理想の答えであり、これから進み行く夢の終わりッ! 『奇跡』は失くした。だが私はまだ戦えるッ! 行くぞベアトリーチェ! さあ――――審判の時だ!」


 庭園は枯れ落ちた。

 されども男は、生きている。

 故に彼は進み続ける。


 荊の道を、進み続ける。


「『荊の庭園(ガーデン)』ッ!」


 最早失われた『奇跡』の名をドストエフスキーは呼ぶ。当然、荊が姿を現すことはないが、既に存在している物は別だ。完全に枯れ落ち、消滅するまでの僅かな時間。数秒に満たないその刹那、残された荊はベアトリーチェへと襲い掛かる。


「……貴方が何を抱えて此処に居るのか、私は知らない。知るつもりも無い」


 ベアトリーチェにとってドストエフスキーは単なる敵だ。

 同情も憐憫も、一切無い。


私はただ(・・・・)貴方を(・・・)倒す(・・)


 だがそれこそ、男が望んでいることだとベアトリーチェは思った。

 悔いのない戦いを。限りない全力を。

 もう男に、逃げは許されない。


「『海原』!」


 一切の手加減を廃して、ベアトリーチェは魔術を行使する。膨れ上がる魔力が術式を成し、複雑に交差した。複合術式と呼ばれる彼女のみが行使可能な妙技が、瞬く間に現実を侵食する。


 展開された術式から炎が渦巻いた。荒れ狂う灼熱は巨大な津波へと変化し、迫り来る荊を包み込む。


 万全の状態ならまだしも、今の死に体の荊では『千の魔術を統べる者(へカーティア)』の炎に耐えることは出来ない。波に触れた荊から次々と炎上し、灰と化して散って行く。


「ベアトリーチェ――――――――ッ!」


 舞い散る灰の中をドストエフスキーは駆ける。

 炎の波を荊で防ぎ、激痛に耐え、男はベアトリーチェへと迫る。


「今度こそ……! 今度こそ私は…………ッ!」


 腕が伸ばされ、内側から破裂する。

 血と肉を撒き散らし、最後の荊が姿を現した。これまでの枯れかけとは違い、新たな荊は俊敏な動作でベアトリーチェへ襲い掛かる。


「『隻腕』!」


 対するベアトリーチェは、最も慣れた術式で対抗する。

 地中から片腕が突き出し、荊を殴り飛ばす。棘が突き刺さり、腕が傷付くが構わない。距離を(・・・)取らなければ(・・・・・・)負ける(・・・)


「『荊の庭園(ガーデン)』! 『荊の庭園(ガーデン)』! 『荊の庭園(ガーデン)』! 『荊の庭園(ガーデン)』『荊の庭園(ガーデン)』『荊の庭園(ガーデン)』『荊の庭園(ガーデン)』『荊の庭園(ガーデン)』『荊の庭園(ガーデン)』『荊の庭園(ガーデン)』――――――――ッ!!」


 先のネロの一撃で醜悪な荊は消滅した。それは紛れもない真実。故にここに残っているのは『奇跡』の残滓に過ぎない。所詮芽吹くことのない命。ドストエフスキーの敗北と共に消え行く筈――――だった。


 残されたドストエフスキーの命と魂と血肉を、消え行く荊へと注ぎ込む。文字通り我が身を削り、失われた『奇跡』を此処に再現する。


「『荊の庭園(ガーデン)』――――【■の荊(イミテート)】ォォォォォォォォ!」


 荊が肉体を突き破る。

 一つ、二つ、三つ四つ五つ六つ――――数えることすら馬鹿らしい無数の荊が血と臓物に塗れた。人という形を男は失くし、代わりに怪物の姿を手に入れる。


 膨れ上がる荊の群れが互いに結び付いた。

 鋭い棘が自分を突き刺し、赤色の鮮血が吹き出す。


「――――罪を知らぬ不死よ! この荊に(・・・・)覆われた(・・・・)姿こそ(・・・)咎人の(・・・)末路(・・)! 哀れな再誕者の成れの果てよ! 私は何としてでも純白の魂を手に入れる! そして人類を救済するッ!」


 その姿は、荊そのもの。

 『荊の庭園(ガーデン)』が作り出した人型の荊にも似ていた。違うのは『荊の庭園(ガーデン)』の人型ほど形が整っておらず、歪んでいること。そして何より、痛ましい(・・・・)


 アレは『奇跡』ではない。『奇跡』の残滓に形を持たせ、自分の体とすることで無理矢理に動かしているだけだ。『奇跡』ではなく『怪物』。それも人と『奇跡』、両方の理から外れた真の化け物。


「行くぞ! 戦いは――――まだまだこれからだッ!」


 戦いは、まだ続く。

 既に結末が決まっていたとしても、歯車は回り続ける。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ