第23話 おうちに帰るんだから寂しくなんてない
魔導国首都マジスは、深い困惑と悲嘆に満たされた。
敵国の軍勢に城内を踏み荒らされ、建国の祖である魔女ミルドレイアまで討たれたのだ。長病を患っていた国王もすでに息を引き取っていたのだが、それすらどうでもよくなるほど、大きな衝撃が住民にもたらされた。
魔女ミルドレイアの存在は大きかった。魔導国の国民ならば誰でも名を知っている上に、尊敬どころか崇拝する者も少なくなかった。
過去の逸話など、かなりの虚飾も混じっているが―――、
それが却って良かったのだろう。
本物のミルドレイア様が、こんな簡単に討たれるはずがない。
実は偽物だったのではないか、と。
そんな噂が当日の内に流れ始めた。ゾエンヌやブラローンの兵が住民への説明や戦後処理にあたったのも、安心をもたらす材料になっていた。
住民は困惑こそしていたものの、大きな混乱はなく、城へ入る帝国軍を静かに見送った。その先頭ではためく黒地金狼の旗に、ひどく怯えた目を向ける者も少なくなかったが。
城に入った帝国軍兵士には、ひとまずの休息が与えられた。
無論、他国領内で完全に気を抜くことはしない。交代で警戒する兵士は残しておく。それと、もうひとつ密かに行わなければならない仕事もあった。
「ったく、死んでも迷惑な奴だな」
『同意します。ですが、やはり放置するのは危険でしょう』
数十名ほどの兵士を連れて、ヴィレッサは城の地下を訪れていた。
ミルドレイアが勝手に改装した地下施設は、研究室と、そのさらに下層に迷路のような広大な空間が造られていた。
禁忌術式を発動させるための仕掛けだ。
危険と言っても多少のものだが、放置しておくのは気分が良くない。
「上に街がなけりゃ、一気に崩して終わりなんだけどな」
「なに、埋めるだけならば楽なものです。今夜にも終わるでしょう」
ゼグードの指示に従って、兵士が地下通路へと散っていく。土系統の魔術に長けた者を選んだので、言葉通りの結果が期待できるだろう。
ただ、少しだけ残念にも思う。
城どころか、周囲の街の地下にも及ぶ広大な地下迷路なのだ。造りもしっかりしている。走り回ってもまったく問題ないだろう。
ちょっとだけ、童心に帰って遊びたくなるのだ。
さすがに自重した。でもルヴィスやレイアが一緒だったら危なかった。
「どうせなら、広い野原に作った方が……」
『マスター?』
「ああいや、なんでもねえよ」
咳払いをしつつ、ヴィレッサは腰の魔導銃に小さな拳を当てた。そうして気を引き締めなおす。
「まあ残しておいたって、偏屈な研究者が喜ぶだけだしな」
後の作業は任せて、ヴィレッサは先に戻ることにした。
その途中で、研究室から拾ってきた紙束に目を通す。古代文明や魔導遺物に関する事柄が、百枚以上にも渡って書き連ねられていた。
複雑な術式など、ヴィレッサには理解できない部分も多い。
けれどざっと読んだだけでも、無視し難い単語が目についた。
「魔王リーゼルヒルデ、か」
なかなかに物騒な肩書きを持つ相手だが、警戒は無用だろう。
なにせ、すでにこの世界には存在しないのだから。
無限の魔力を持つ彼女は、その力で異世界へ渡ったという。それだけでも信じ難い話だが、なにより驚くべきは―――。
「本当かよ? 古代遺跡も、魔導遺物も、全部一人で造ったってのは?」
『不明です。残念ながら、知識書庫にも断片的な情報があるのみです』
ミルドレイアの研究によれば、各所の遺跡にある魔術的痕跡が共通しているらしい。同一の指紋や筆跡が残されているようなものだそうだ。
さらには、獣人族やエルフィン族も、彼女によって創造されたという。
あるいは、この世界の環境すべても―――。
『シャロン先生でしたら、何か知っているかも知れません』
「有り得そうだな。エルフィンの長老たちは不老だっていうし……んん?」
『どうかなさいましたか?』
問い返されて、ヴィレッサは悪戯っ子みたいな笑みを浮かべる。
大したことではない。ただ、ちょっとした変化が嬉しかった。
「おまえがシャロン”先生”って言うのも、面白いと思ってな」
『……そうですね。マスターの口調が感染ってしまったようです』
「なんか随分と人間らしくなったよな。ミルドレイアに対しても、やけに感情的になってただろ?」
『否定します。私はいつでも冷静です』
「はっ、そうやって言い返すのもな。悪くねえぞ」
『…………』
沈黙した魔導銃から、むっつりとした気配が漂ってくる。
ヴィレッサは苦笑を零しながら、地上へと続く通路を進んでいった。
二日間の休息と戦後処理を挟んで、ヴィレッサ率いる帝国軍は早々に帰国することとなった。元より、国内に幾つもの問題を抱えている。可能な限り急いで行動するのは、出陣の時点で決めてあった。
もうひとつ、不穏な情報があったのも帰国を急いだ理由だ。
先のヴァーヌ湖城砦戦の前、魔導国内のいくつかの貴族に、レミディア聖教国の使者が接触していたという。
グロウシスが手に入れて、ゾエンヌを介して語られた情報だ。それなりに確度の高いものらしい。
レミディアの意図は不明。すぐに推測されたのは、帝国に対する東西からの挟撃策だ。言葉にするのは簡単だが、そう簡単に国家間の合意がされるものではない。しかし現実として、帝国は多数の敵を相手取る状況に追い込まれていた。
何故この時点になって情報が流れてきたのか、という疑問もある。
もっと早くにレミディアの策謀を察していれば、ヴィレッサは帝国内へ駆けつけていた可能性もあるのだ。
レイアを見捨てる選択肢はなかっただろうが―――。
「やっぱ魔弾の一発くらいブチ込んでおくか?」
グロウシスに対して殺意を再燃させたヴィレッサだが、残念ながら相手は領地に篭もったままだった。ゾエンヌの仲介もあって戦後処理を優先させた。
グロウシスに悪意は無い、という言葉に対しては半信半疑だ。
金蔓として徹底的に搾り上げる、という条件でひとまず納得した。
ともあれ、魔導国内での戦いは終息した。
準備を整えた帝国軍は、規律正しく、早朝から行軍を始めていた。
「ふぁ……」
大きな欠伸をしたヴィレッサも、すぐに表情を引き締める。
外門を出ると振り返って、一旦黒馬から降りた。
ゾエンヌやブラローン、そしてレイアも、見送りに出てきてくれていた。
「アンタは、まるで嵐のような子供だったねえ」
「なんだよ、最後にきて嫌味か?」
一歩前に出たゾエンヌに、ヴィレッサは肩をすくめてみせる。
互いに悪意はない。遠慮もない。
年齢も生まれた国もまるで違うが、同じ戦場を駆けた者としての信頼があった。
「嵐だって悪いことばかりじゃないさね。恵みの雨にもなる。雷が落ちた土地には豊作が訪れたりもするんだよ」
「年取ってるだけあって物知りだな。でも、その実りの前に寿命が来るんじゃねえのか?」
「はっ、くたばってる暇なんてありゃしないよ」
軽やかに咽喉を鳴らすと、ゾエンヌは隣に立つブラローンの背を叩いた。
「まだまだ目を離せない子供がいるからね」
「子供って、僕はもうそんな年じゃ……」
また背中を叩かれて、ブラローンが前に押し出される。
ヴィレッサと対峙させられる形になって、うっ、と肩を縮めた。
「えっと、あの、その……」
別段、ヴィレッサは何も言っていない。ただ目を合わせただけ。
それでも充分に鋭利な眼光を受け止めて、ブラローンはようやく一言を紡ぎ出した。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
「……ぷっ」
思わず吹き出して、ヴィレッサは目元を緩める。
ブラローンは困ったように頭を掻いて、ゾエンヌも溜め息を落としていた。
今回の戦いは、帝国軍としては魔女ミルドレイアを討つために行ったのだ。ヴィレッサには友人を助けるという目的もあったが、いずれにせよ、他国へ勝手に軍を進めたのは間違いない。
さらに加えて、戦費も協力金という名目でぶんどっている。帝国に有利な不可侵条約も結ばせた。ヴァーヌ湖城砦戦に関する賠償金もかなりの額になった。
まあ、交渉では手加減もした。あまり隣国に混乱されても困るからだ。
その点は、出発前にルヴィスから注意もされていた。
だがけっして、魔導国のために戦ったのではない。結果としてブラローンは国をまとめる立場となれたが、だからこそ感謝を口にしてはいけないはずだろう。
仮にも国王が、勝手に領土内へ入ってきた他国に謝辞を述べる。
皇女としては暴れ過ぎているヴィレッサでも、その言葉がどれだけ非常識なのかは理解できた。
「婆さん、よかったな。老後も退屈しねえで済みそうだぜ?」
「まったくさね。どうしてこう、アタシの前には非常識な連中ばかり現れるんだろうね」
「あの……僕が一番、常識的だと思うんですけど?」
悪態に気弱な声が混じって、笑い声で締めくくられる。
穏やかな雰囲気で話が一区切りすると、今度はレイアが歩み出た。
複雑な表情をして、瞳を微かに滲ませている。
「ヴィレッサちゃん……」
「近い内に、また会いに来るぜ」
にぃっと笑ってみせて、ヴィレッサのレイアの頭を撫でた。
隣で大人しくしている、大小の黄色い粘液体にも声を掛ける。
「おまえたちも、しっかりとレイアを守れよ?」
ぷるぷると震える粘液体は、自信満々に頷いているように見えた。
その様子に、レイアもくすりと笑みを零す。
「そうだよね。ルヴィスちゃんとも、またきっと会えるよね!」
「ああ。ルヴィスにも伝えておく」
元々、レイアは魔導国で生まれ育ったのだ。理不尽に追われる形で故郷を出ていても、思い入れは残っている。帝国で普通に暮らすのも難しかっただろう。
これからはゾエンヌの養女として暮らしていく。
いずれは貴族としての地位を継いで、女王として君臨することもあるかも知れない。レイアが持つ特異な魔術の才能は、魔導国を支える大きな力になるだろう。
「私ね、いっぱい勉強するよ。ヴィレッサちゃんみたいに強くなって、たくさんの人を助けられるようになる!」
「あたしはあんまり参考にならないと思うけどな」
ほどほどに頑張れよ、と応援しておく。
そうして小さな手で握手を交わすと、ヴィレッサは身を翻した。
黒馬に跳び乗り、手綱を引く。
「それじゃあ、またな!」
振り返って、犬歯を剥き出しにした笑みを投げる。
ゾエンヌやブラローンは静かに頷き、レイアはぶんぶんと手を振ってくれた。
ヴィレッサは軽く目蓋を伏せると、正面を見据えなおす。
もう振り返りはしない。付き従う騎士たちへ目線で指示を送ると、東へと向けて馬を走らせた。
その翌日―――、
帰国途上のヴィレッサの元へ、急報がもたらされる。
ヴァーヌ湖城砦との連絡役を務める転移術師は、ルヴィスの言葉として伝えた。
一刻も早く帰還して欲しい、と。
次回より新章です。
シャロン先生も大活躍の予定!




