第22話 魔弾vs魔女②
あるところに、一人の魔女がいた。
彼女はとても優れた魔女で、多くの人々に頼りにされた。
日照りが続けば、雨を降らしてみせた。
病人がいれば、手をかざすだけで治してみせた。
魔女を慕う者は増えて、やがて国となった。誰からも頼られる魔女は、とても忙しくなったけれど、いつも笑って人々のために努力していた。
でも、すべての人を救えた訳ではなかった。
魔女はけっして万能の神様ではなかったから。
もっと自分に力があれば―――そう望んだ彼女は、とある存在を知る。
それは古代に君臨した偉大なる王。
魔王とも呼ばれた、無限の創造主。
その無限の力を宿した核は、いまもこの世界の何処かに残されている。
もしも、その力を手に入れられれば―――、
どんな魔法でも使える。どんな願いだって叶えられる。
すべての人々が幸せになって、きっといつまでも笑って暮らせる。
大きな夢と希望を抱いて、魔女は一人で旅をした。
他の何もかもから目を背けて。すべてを置き去りにして。
魔女は笑う。
溢れる光に包まれて、数百年に及ぶ人生で最高の瞬間を迎えたかのように。
いや、事実、最高の瞬間に違いない。
少なくとも彼女にとっては。
けれどヴィレッサは違った。青白い光に縛られた状態で、不機嫌に眉を寄せている。暴れ出さないのは、相棒が冷静な声を投げてきたからだ。
『マスター、これは禁忌術式七号を改変したものだと推測できます』
「禁忌……? なんだそりゃ?」
何かしらの魔術だというのは分かる。でも聞き覚えのない名称だ。
そして次の名前も、初めて耳にするものだった。
『私の創造主でもある、魔王リーゼルヒルデ様が生み出した術式です。とても冒涜的な術式なので使用を禁じられました』
「……あ~、ちょっと待て」
動けないヴィレッサだが、頭を抱えたくなった。
なんだか急に深刻な話を聞かされた気がする。
禁忌とか、魔王とか、物騒な単語を聞き流すのはよろしくない。
目の前の魔女も、さっさと始末してやりたいのだが―――。
「とりあえず、その魔王ってヤツの名前が出たのは初めてだよな?」
『肯定。秘匿事項でしたが、禁忌術式の発動によって開示条件が満たされました』
「秘匿……? おまえは知ってたのか?」
『否定です。知識書庫には、極一部ながら私が進入できない部分がありますので。マスターが強く望み、私も必要と認めるならば、無条件で開示されますが』
ざっと説明を受けながらも、ヴィレッサは口元を捻じ曲げた。
そういうことはもっと早く言え、とも思う。
けれど納得できるだけの事情もあるのだろう。
様々な魔導遺物をはじめとして、古代の文明と自分が持つ無限魔力は、何かしらの関係があるのは分かっている。
多少の興味はある。暇があれば調べてもいい。
だけど危機感はまったく覚えない。
いまも手にある魔導銃には、幾度も助けてもらったのだ。
それで充分。
ごちゃごちゃ考えるよりも―――自分はただ、敵を殺せばいい。
「とはいえ、あたしを縛るってのはどういう理屈だ?」
『それは―――』
「貴方の無限魔力を奪うためよ」
魔導銃の声を遮って、ミルドレイアが嘲笑混じりに告げた。
片足を失い、脇腹に穴が開いたままだというのに、勝ち誇った表情を見せつけてくる。
「これは、そういう特殊な術式なのよ。まずは貴方の魂に宿っている、無限魔力の核を奪う。それを適性のあるレイアへ移した後、私の魂から人格のすべてを書き写すのよ。素晴らしいでしょう?」
ヴィレッサは無言で睨み返す。
ろくでもない。それだけは理解した。
『なるほど。禁忌術式七号と、十三号を合わせたものですか』
「へえ、さすがに詳しいわね。やっぱり貴方は『極式』魔導遺物なのかしら?」
『肯定しますが、もはや貴方には意味のない情報だと断言します』
どうせこれで終わりですから―――、
ヴィレッサの代弁をするように、魔導銃の口調に剣呑なものが混じった。
あるいは、呆れか哀れみだったのかも知れない。
「意味がない? どうして? 私はこれから無限魔力を手に入れるのよ。そうなったら、貴方の新しい主人にもなるんでしょう?」
『否定します。私のマスターは―――』
「テメエなんざ、願い下げだって言ってんだよ」
今度はヴィレッサが代弁して、腕に力を込める。いまにも出血多量で死にそうなミルドレイアを、殴りつけてトドメを刺してやりたかった。
けれどやはり、ぎっちりと拘束されている。
魔力も吸われ続けているのが感じ取れた。
「ふふん、無駄よ。なにせ貴方の魔力を使った術式だもの。でも随分と焦ったわ。発動にも大量の魔力が必要で、それを集めるまでに殺されるかと思ったわよ」
「……テメエ、まさか最初の戦いから!?」
「そうよ。魔導国軍はいい餌になってくれたわ」
最初から、自国の兵士を使い捨てにするつもりだったのだ。ヴィレッサに魔力を使わせるため、己の野望の糧とするために。
戦場に溢れた魔力を、この城へと流れ込ませた。
そうしてヴィレッサも誘い込み、予め仕込んでおいた術式を発動させた。
「魔法陣の本体は、ここの地下にあるわ。貴方なら壊せるかもね? 試してみる?
動けない状態で、地下まで行けるのなら、だけど」
呵呵大笑。
嘲りの声を広間全体へと響かせてから、ミルドレイアは両腕を広げた。
血塗れの体へと大量の魔力が流れ込んでいく。
青白い光の奔流は、もはや魔力感覚に頼らずとも目で見えるほどだった。
「あはははっ、本当に凄い魔力ね。だけどこれでさえ無限魔力の一端に過ぎない。使いこなせれば、神にも悪魔にもなれる力だわ」
「おいディード、本当に大丈夫なんだろうな?」
『はい。もう放っておいて問題ありません』
僅かな不安を覚えたヴィレッサだが、魔導銃は冷淡に否定する。
自信たっぷりの口調で宣告した。
『あのバカは、自滅しますから』
「はぁ? 自滅? 何言っちゃってるの? もう術式は最後の段階―――」
嘲笑を浮かべたまま、ミルドレイアは盛大に血を吐いた。
床を汚し、蹲り、自らの身体も支えられずに倒れ込む。
あまりにも突然の異変、壮絶な事態に、ミルドレイア本人も愕然として唇を震えさせた。
「な、なん……で……?」
『それだけ高濃度の魔力にあてられれば、異常を覚えるのは当然です』
例えば魔物などは、高濃度の魔力によって野生動物が変質したものだ。あるいは天変地異を起こすほどの事象も、魔力災害と呼ばれて存在する。
この世界では当り前の事実を、ディードは淡々と告げた。
けれどミルドレイアは目を見開き、懸命に首を振って否定する。
「あ、有り得ないわ……だって、それを保護するための術式も……」
『罠です』
「え……?」
『この術式を悪用する者に対して、リーゼルヒルデ様が罠を張っていたのですよ。もっとも、遺跡の古文書などにも注意書きはしてあったはずですが』
そう。そもそも”禁忌”術式なのだ。
禁じられた理由は、魂に触れるとか、大きすぎる力を得られるとか、そういった倫理的なものではない。
もっと単純な理由だ。
子供だって、炎に手を触れてはいけないと教わる。
森や川に不用意に近づくと注意される。
何故ならそれは、危険だから―――。
『貴方はもっと、人の言葉に耳を傾けるべきでしたね』
「ぁ……」
『無限魔力を手に入れるなど、最初から不可能だったのですよ』
言葉が魔弾となり、ミルドレイアの胸に撃ち込まれる。
機械的に、でもだからこそ効果的に、それは致命の一撃となった。
一拍の静寂を置いて、愕然としていたミルドレイアが掠れた呻きを漏らす。
「あ、あぁ……」
そして、絶叫。
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁ――――――」
金切り声が響き渡る。
正気を失った叫びと同調するように、辺りを満たす光が膨れ上がった。
ミルドレイアの体内で圧縮されていた魔力が解き放たれたのだ。
制御を失った魔力は、暴走するかの如く暴れ出した。竜巻でも起こりそうな風が広間に吹き荒れる。石畳がめくれ上がり、壁が軋むほどだった。
ヴィレッサの拘束も解ける。
事態を見つめていたレイアが小さな悲鳴を上げた。
しかし荒れ狂う魔力は一点へと集束されていく。自らの頭を掻き毟っているミルドレイアへと注ぎ込まれ、その身体を醜く変質させていった。
幾本もの爪で裂かれたように皮膚が破れる。
皮膚の下から肉が膨れ上がり、吹き出した鮮血すら取り込みながら肥大化する。
自らの内から溢れる赤黒い肉に取り込まれて、全身が醜い塊へと成り果てていった。
「……正しく自滅、か」
『もはやあれは、人間でも魔物でもなく、禍々しい何かに過ぎません』
岩ほどに膨れ上がった肉塊を見据えて、ヴィレッサは舌打ちを漏らす。
哀れだとは思わない。
ただ、忌々しく、苛立たしい。
「まだ意識はあるのか?」
『不明です。生体反応も明滅を繰り返しています』
それが何であれ、ミルドレイアの成れの果てであるのは確かなのだ。
だからヴィレッサは魔導銃を構えた。速射形態へと戻して銃口を向ける。
『放置するのもひとつの選択肢でしょうが……決着は、マスターへお任せします』
「はっ、こんなオブジェは誰も欲しがらねえよ」
至極真っ当な感想を述べると、ヴィレッサは引き金を弾いた。
二発、三発と、続け様に魔弾を撃ち込む。
不思議なことに、肉塊からは血が零れなかった。ただ千切れた破片が飛んでいって、床を転がった後に霧散して消えていく。
数発の魔弾を撃ち終えた後には、何も残らなかった。
『敵、完全に消滅』
「……伝説の魔女も、最期は呆気ないもんだな」
若干の警戒を残しつつ、ヴィレッサは魔導銃を腰へ収める。
辺りを窺いつつ首を回して―――、
抱き締める。飛びついてきた友人を。
「レイア……無事でよかった」
「うん……うん! ありがとう!」
素直な感謝の言葉に、ヴィレッサは頭を撫でてやって応える。
自然と、子供らしい微笑みを浮かべていた。




