第21話 魔弾vs魔女①
黒馬から降りて、ヴィレッサは魔導銃を近接形態へと変形させる。いますぐにでも魔女の顔に魔弾を撃ち込んでやりたいところだが、残念ながら、レイアを盾にされているので難しい。
ミルドレイアは余裕たっぷりといった様子で微笑を浮かべている。
先の戦いで穿たれた腕も、すでに回復させていた。
だが、どうせやることは変わらない。
友人を助ける。外道な魔女を討ち果たす。
単純な目的を頭の中で確認すると、ヴィレッサは油断なく辺りを窺った。
『物理的な罠などは検知されません。魔術に関しては不確定ですが』
「構わねえ。外道の小細工なんざ、失敗するって決まってんだ」
口元を三日月型に吊り上げながら、一歩を踏み出す。
二歩目で、駆け出した。
「ここから先は、子供の時間だぜ」
だから外道な魔女は要らない。
五体バラバラにして退場させてやる。
そう眼光に殺意を込めて、ヴィレッサは弾丸のように突き進む。
石造りの部屋は、騎馬同士の戦いができそうなほどの広さがある。ヴィレッサとミルドレイアの間に遮蔽物は無いが、まだかなりの距離があった。
魔弾を撃ち込むなら問題ない距離だが、剣の間合いに入るには遠い。
魔術のひとつやふたつは充分に発動できる。
理屈としては、ヴィレッサには一切の魔術は通じないのだが―――。
「あらぁ、せっかちねえ。お話くらいしましょうよぉ」
「地獄で壁とでも喋ってろ!」
嘲弄に罵倒を返して、ヴィレッサは横に跳んだ。
直後、天井が崩れてくる。単純な崩落ではなく、無数の瓦礫が空中で方向を変えて、ヴィレッサを打ち据えるべく襲い掛かった。
「邪魔だ!」
近接形態を振り払いつつ、全身から魔力を溢れさせる。
無意識の状態でさえ、ヴィレッサの魔力はあらゆる魔術を無効化する。意識して放出すれば、広範囲術式のように無効化の波を行き渡らせることが可能だ。
あるいは、凶悪な魔獣が放つブレスのように。
術式による制御を失った瓦礫は、次々と重力に引かれるまま床へ落ちた。
僅かに勢いを残したまま向かってくる石礫もあったが、打撃力は失われている。あっさりと叩き落せるし、『赤狼之加護』のおかげで痛みも覚えない。
だが、その程度はミルドレイアも予測していたらしい。
「貴方の戦いは、充分に見せてもらったわ」
崩れた瓦礫の山が蠢き、人型を取る。大人よりも頭ひとつ分は背が高い、ヴィレッサの幼い体と比べれば三倍はありそうな、逞しいゴーレムが立ち上がった。
それが数体。
さらに天井が崩れ、材料を得て数を増やす。
瞬く間にゴーレムの群れとなり、ヴィレッサへ向けて威圧的な足音を響かせた。
「まともな魔力操作なんて出来ないのよねぇ? 物質に魔力を浸透させるのも難しい。ただ方向性を決めてるだけ。その魔導銃への魔力供給だって、かなりの無駄があるわよ。機能で補助してもらってないと連射すら無理なんじゃない?」
ミルドレイアは得意気に咽喉を鳴らす。
侮りきった口調だったが、指摘そのものは事実だった。
ヴィレッサが行える魔力操作と言えば、放出する、一箇所に固める、抑え込む、といった単純なものでしかない。ゴーレムの内部にまで魔力を浸透させれば、制御術式を無効化できる。それだけで瓦礫へと戻せるだろう。
けれど表皮が石で守られていては、ヴィレッサの魔力を通すのは難しい。
一体ずつ直接触れれば、内部まで魔力を通せるだろうが―――、
「このゴーレムは、そこらの兵士よりもずっと上手く戦えるわよ。もちろん、内部の術式を壊されるまで大人しくなんてしてないの。さあ、叩きのめされて捕まえられるのと、素直に捕まるのと、どっちがいいかしら?」
「……おまえ、バカだろ」
冷淡に言い捨てて、ヴィレッサは魔導銃を速射形態へと変形させた。
すぐさま狙いをつけて引き金を弾く。
いっそ砲撃形態でまとめて吹き飛ばした方が楽ではあった。けれどレイアもいるので、人質である限りは守られるとは思えるが、派手な攻撃をして危険に晒す必要はない。
速射形態の魔弾でも、物質崩壊効果は付与されているのだ。
ゴーレムの表皮くらいは容易く撃ち抜ける。
内部の術式だって、魔弾は区別なく破壊できる。
「え、ちょっ……!」
唖然とした声をミルドレイアが漏らす。
その間にも、次々とゴーレムは撃たれ、崩れていく。
制御術式の核がある胸や腹に一発。それだけで終わりだ。
『何か仕掛けでもあるかと警戒しましたが、バカなだけでしたね』
「はっ、耄碌し過ぎたんだろ。あの婆さんよりもずっとな」
短い遣り取りの間に、三十体近くのゴーレムが撃ち崩されていた。
二丁型の速射形態は実に扱い易い。兵士以上の戦闘能力とはいえ、石造りで素早い動作を苦手とするゴーレムなど格好の的だった。
そうして、ヴィレッサは突撃を再開する。
「ま、まだまだぁっ! 近寄るんじゃないわよ!」
蒼い顔をして、レイアの影に隠れるようになりながらも、ミルドレイアは腕を振り払った。微かな魔力光を辺りに散らす。
再び、ゴーレムの群れがヴィレッサの行く手を塞ごうと立ちはだかる。
一呼吸の間に二十体ほど。さらに数は増える。
広間全体を埋めるように、ヴィレッサの背後でも石造りの人型が起き上がった。
「壊されたってね、こっちは幾らでも作り直せるのよ。千体でも万体でも。貴方はどこまで体力がもつかしら?」
上擦った声を放ちつつ、ミルドレイアは人質であるレイアを引きずって後ずさりする。明らかに追い詰められた表情をしているのに、まだその声には嘲笑も混じっていた。
確かに、時間稼ぎくらいはできるだろう。
けれど、所詮はそれだけで―――ヴィレッサは呆れとともに告げる。
「ディード、乱舞形態」
『よろしいのですか? 多少なりとも隙を作る形になりますが』
「伊達に戦い続けてねえ。何かあれば、あたしも、黒馬だって気づくぜ」
新たなゴーレムを速射形態で撃ち倒しながら、ヴィレッサはちらりと背後へ視線を向けた。
その眼差しに頷くように、黒馬が高く嘶きを返す。
「レイアへの誤射だけ注意しろ。そっちの制御を頼む」
『了解。さっさと終わらせましょう』
ヴィレッサの気持ちを代弁するように告げると、魔導銃が青白く輝く。
両手に収まっていた二丁の銃は、二振りの小型の剣へと変形した。さらにヴィレッサを守るように四つ、銃口を備えた円筒が空中へと浮かび上がる。
乱舞形態―――簡単に言ってしまえば、近接形態と遠隔形態を合わせたものだ。遠隔操作可能な円筒は最大で四つ、剣も小型になり間合いが縮まっている。扱いの難しい双剣は、むしろ攻撃力を落とすことにもなる。
しかし手数は増える。空中に浮かんだ銃口は、ヴィレッサが意思を飛ばすだけで次々と敵を撃ち抜いていく。両手の剣も、一切合切を抵抗すら許さずに断ち切れる破壊力は衰えていない。
謂わば、六本の腕に剣と銃を持ったようなものだ。
足を進めるたびに敵を撃ち抜き、絶断し、破壊の嵐を振り撒いていく。
近寄ろうとすれば、魔弾で貫かれる。
近寄った時点で、魔刃によって斬り裂かれる。
もしも敵が命ある兵士達だったなら、この世の地獄が描き出されていただろう。
「こんな雑魚どもなんざ、壁にもならねえんだよ!」
崩れるゴーレムどもの隙間から、ヴィレッサは鋭利な眼光を飛ばした。
殺意を浴びたミルドレイアは小さく悲鳴を上げると、レイアを抱えながら距離を取ろうとした。しかしヴィレッサが前進する方が早い。
ゴーレムの群れではヴィレッサの敵には成り得ない。
しかし、懸念はある。首筋に僅かな悪寒が走っている。
だからヴィレッサは、早々に決着をつけようとした。
「く、来るなって言ってるでしょ!」
焦りきった声を投げながら、ミルドレイアはまた魔力を散らす。ゴーレムの再生を続けながら、目眩ましのために閃光を放った。
広間全体を覆うほどの閃光に、ヴィレッサも目蓋を歪めてしまう。
一瞬の隙を突いて、ゴーレムどもが殺到し、太い腕を振り下ろした。
「よぉし、計算通りよ! 一気にやっちゃいなさ―――」
逆転の気配に、ミルドレイアはぐっと拳を握った。しかし直後に声を失う。
黄色い触手が、細い首筋に絡みついていた。
その触手は、いまもレイアを捕らえている粘液体から伸びていた。
「な、に……!?」
愕然とする魔女の前で、レイアが粘液体から顔を出す。ぷはぁっと息を吐くと、そのまま全身を脱出させた。
いったい何が起こったのか? 何故、脱出できる?
不可能だ。理屈に合わない。
この粘液体は、自分には絶対服従のはずなのに―――。
そんな疑問を顔に浮かべた魔女に、レイアは屹然とした眼光とともに答えを投げた。
「友達になったんだよ!」
「え……?」
「話す時間はいっぱいあったもん! もうプルドンは私の味方なんだから!」
理解できない、とミルドレイアは呆然として口を開く。
そんな反応に構わず、レイアは堂々と胸を張って、新たな友人へ告げた。
「やっちゃえ、プルドン!」
幼い声に応えて、黄色い触手が振るわれる。
絡め捕らえたミルドレイアの体を、渾身の力で放り投げた。
されるがままに空中へ投げ出されたミルドレイアだが、はっと我に返って身体を捻った。冷静になれば、粘液体ごときは容易にあしらえるのだ。
「ナメるんじゃないわよ、この―――」
感情的に荒げた声は、その途中で寸断される。
「テメエがな」
轟音とともに、一体のゴーレムが空中へ突き上げられた。
堅く巨大な石の塊が、豪速でミルドレイアへと叩きつけられる。
「ぶべっ……!?」
さながら金槌で全身を殴られたように、ミルドレイアは無様な声を上げた。それでも咄嗟に反応したのは誉めるべきか。
折れた鼻から血を溢れさせながらも、空中に留まっていた。
けれど助かったとは言い難い。
困惑に染まった視線の先では、ゴーレムの群れが蹴散らされ、ヴィレッサが空中へと駆け上がってきていた。
ほんの一瞬視界を塞がれた程度で、ヴィレッサは窮地に陥りはしない。先に自分で言った通り、伊達に戦い続けてはいないのだ。親衛騎士から剣も学んでいたし、たとえ目を瞑っても魔導銃が声で動きを指示してくれる。
ちょっぴり攻撃の手が緩んで接近を許してしまっただけだ。
単純な統制しかされていないゴーレムなど、始めから脅威にならない。
雑魚だと、壁にもならないと、それもヴィレッサが告げた通りだった。
そして―――、
散々に腹立たしい思いをさせられたが、ようやく届いた。
「逃がすな、ディード!」
『了解。囲みます』
レイアが放り投げてくれたおかげで、もはや遠慮なく魔弾を撃ち込める。互いの距離も、残り数歩というところまで肉迫できた。
乱舞形態のまま、まずは宙に浮かぶ四つの銃口が狙いを定める。
ほぼ同時に放たれた魔弾は、すべてがミルドレイアを穿つ射線を描く。
しかしミルドレイアはこの期に及んでも諦めていなかった。
「あああああぁぁぁぁぁ―――!」
叫びに呼ばれたように、天井が崩れて瓦礫が飛来する。ミルドレイア自身も巻き込んだ石礫の雨は、魔弾を防ぐ盾となった。
それでも二発の魔弾は命中した。
ミルドレイアの左足を吹き飛ばし、脇腹を抉って鮮血を撒き散らす。
さらに赤い帯が追撃を加える。
赤狼之加護から伸びた帯が、ミルドレイアの手足へ巻きついた。膂力としては並の人間程度のものだが、器用に動く帯は刀剣の類ではけっして切断されない。つまりは一度捕らえてしまえば、戦闘中に外されることはまず有り得ないのだ。
この時点で、逃亡という選択肢はミルドレイアから失われた。
そして生き残るという選択肢も、ヴィレッサが許さない。
「テメエは、死ななきゃいけねえんだよ!」
「ま、待ってよ、あと少し―――」
一方的に告げて、ヴィレッサは刃を振り下ろす。それは二枚重ねの刃の間から、無数の魔弾を撃ち放つのだ。防げるものなど存在しない。
だが、刃以外―――、
剣の腹部分を、ミルドレイアは咄嗟に両の掌で押さえ込んでいた。
赤い帯に絡みつかれながらも、懸命に、必死に、正しく渾身の力を込めて。
「っ、白刃取りだと!?」
これにはさすがのヴィレッサも目を見開いてしまう。
その一瞬の間をついて、ミルドレイアは早口にまくしたてた。
「ま、待って! 本当にお願いだから! そうだ、色々と秘密を教えてあげるわ。魔導遺物のこととか、貴方の無限魔力のことも! 知りたいでしょ!」
「信用できるか!」
耳を貸さない。
吐き捨てると、ヴィレッサはもう一方の刃を振り下ろそうとした。
もう白刃取りは不可能。ミルドレイアに防ぐ術はない。
だが、刃へ魔力を巡らせようとした直後、ヴィレッサの耳に嘶き声が届いた。
黒馬からの警戒を促す声だ。
同時に、ヴィレッサも首筋に悪寒を覚えていた。
構わずにトドメの一撃を放とうとしたが、ほんの一瞬だけ遅かった。
腕に違和感が走る。力を込めても動かない。
片腕だけではない。両腕、両脚、全身に青白い光が触手のように絡みついていた。その触手に引かれて、身体ごと床へ叩き落されてしまう。
『これは……!』
「どうなってやがる!?」
ヴィレッサは顔を歪めながらも、周囲へ目を向けた。
青白い光は広間全体に溢れかえっていた。いつの間にか、足下には巨大で複雑な魔法陣が浮かび上がっている。
何かしらの術式だというのは推察できる。
恐らくは事前に仕掛けてあって、何かしらの条件で発動したのだろうが―――。
一段と光が強まり、大量の魔力が沸き上がると、嘶き声とともに黒馬が弾き飛ばされた。同時に、レイアの側にいた粘液体も壁際まで弾かれる。僅かに残っていたゴーレムも、がらがらと音を立てて崩れ去った。
どうやら定められた者以外は、この魔法陣の中に踏み入ることも拒絶されるらしい。
「どういうこと……? いったい、何が起こってるの!?」
レイアが不安げな声を上げる。
そのレイアにも、無数の青白い触手が絡んで床へ縛りつけていた。
大丈夫だと言ってやりたいヴィレッサだが、残念ながら事態が掴めない。何かの術式だというなら、自分の魔力を流して無効化してやろうとも試みた。
しかし魔力が上手く流れていかない。足下へと吸い取られてしまう。
魔導銃も、遠隔形態は床に転がり、刃も機能停止しているようだった。
「ふふっ……あはははははははははっ!」
哄笑が響く。
鮮血に塗れ、片足を失いながらも、ミルドレイアは満面の笑みを浮かべていた。床に膝立ちになった姿勢で、両腕を広げて天を仰ぐ。
まるで、その先にいる偉大な王へ感謝を奉げるように。
「やったわ! 届いたのよ! これで私は、すべてを手に入れられる!」
恍惚とした表情で、喜びに満ちた笑声を溢れさせる。
幻想的な光に包まれたミルドレイアは、明らかに己の勝利を確信していた。
いったい、何を企んでいたのか?
これから、何を起こそうというのか?
いずれにせよ、誰もが望まない結果となるはずだが―――、
しかしヴィレッサは恐怖も焦燥も感じていなかった。
まだ縛られて動けはしない。敵が目の前にいる状態では安心もできない。
それでも深刻な事態でないのは信じられた。
だって、相棒からの冷淡な声が聞こえたから。
『―――やはり彼女はバカですね』




