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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第3章 幼女、知らないおじさんに誘われる編
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第11話 準備、進行、そして勃発

新年あけましておめでとうございます。

どうか今年も、幼女の活躍を応援してやってください。



 国葬の準備が忙しなく進められていく。

 新皇帝の即位式も続けて行われるので、城内の騎士も文官も目が回るような忙しさに追われている。先代皇帝の急逝という事態もそうだが、冬の最中という時期も悪かった。


 吹雪が来る前に終わらせるために、準備期間が短くなってしまった。

 いざとなれば、魔術で雪雲を吹き飛ばす備えもある。そんな力業に頼るかどうかはともかく、早く済ませたいというのは、大半の貴族が同意するところだった。


 心情的には、面倒な儀式などさっさと終わらせて落ち着きたい。

 そして、現実問題としても、新皇帝による安定した体制が求められていた。


「バルツァール城砦に、アンブロス伯爵を?」


 聞いた名前が出てきたので、ヴィレッサは興味を引かれて訊ね返した。

 会議室には大きな机が置かれて、一番奥にディアムントの席があり、ゼグードもその近くに座っている。本来はヴィレッサの身辺警護を務めとするゼグードだが、いまはディアムントの補佐として駆り出されていた。


 他には、軍の代表となる騎士や、高位の文官数名も出席している。

 国政の在り方を決める大事な会議だ。


 ヴィレッサは出席予定もなかったが、ちょっとした事情があり、邪魔にならない隅の席に腰掛けて足をぶらつかせていた。


「そういえば、其方とも面識があったな。魔物討伐に協力したと報告があった」

「ん。ギガ・アントを。モゼルド教会も絡んでた」


 騎士や文官たちがざわつく。中には、あからさまな美辞麗句を並べ立ててくる者もいた。

 そういうのはいいから、とヴィレッサは無愛想に手を振って話を戻す。


「アンブロス伯爵なら、きっと信用できる。真面目そうな性格してたし」

「某も戦場で肩を並べたことがあります。部隊指揮にも長け、最適な人物かと」

「うむ、本人は多忙になるだろうが、それも短い間だ」


 話の本題は、バルツァール城砦と、そして『不滅骸鎧』を誰に任せるのか、だ。

 アンブロス伯爵領は帝国最東で、バルツァール城砦が守る地域と隣接している。そのため、領主本人が移動しても負担は少ない。実質的には、一時的に領地が広がることになるだろう。


 武人としての能力は文句無しだ。

 とはいえ、問題が皆無という訳でもない。

 元より、アンブロス伯爵は豊かな領地を抱えている。一領主の力が強まるのを、快く思わない貴族もいる。


「領地が近い北方の貴族などは、何かしらの動きを見せるやも知れませぬな」

「北の公爵家か……」


 ディアムントは反逆を恐れてはいない。けれど安定した統治のためには、領主の力は程々に抑えておいた方が良いのも事実だ。


「数年の任期と、事前に伝えておくとしよう。アンブロス伯爵から後任へと譲る形にすれば、軋轢も少なくなるはずだ」


 ディアムントの声に、異を唱える者はいない。

 正式な戴冠こそまだだが、すでに皇帝として認められている。

 ただ、ヴィレッサだけはのんびりとした感想を抱いていた。


「皇帝も、色々と大変そう」

「なにを呑気なことを。当面、私の後継者候補は其方なのだぞ?」

「……前は、”俺”って言ってたのに。口調、変えた?」

「話を逸らすな。だいたい、其方は礼儀作法を学ぶ時間ではなかったか?」


 ヴィレッサは目を逸らす。

 抜け出してきたとは言えない。でも、周囲から突き刺さる視線が痛い。

 なんとか誤魔化そうとして、ふと思い出した。


「これ。渡し忘れてた」


 いまのヴィレッサは、『赤狼之加護』を変形させた楽な服装をしている。その懐に手を入れて、ひとつの”丸い物”を取り出した。

 机の上に転がすと、その場の全員が息を呑んだ。


「レミディア騎士の落し物、『蛇毒石眼』、だっけ?」

『肯定。十二騎士の六位、ランドル・リオーダンと名乗っていました』


 一層、場がざわめく。

 ディアムントは難しい顔をしながらも、手を上げて鎮まるよう命じた。


「狙われ、撃退したとの報告は確かにあったな」

「はい。しかし魔導遺物も回収していたとは初耳でした」


 シャロンからゼグードへ、事情は伝わっていたはずだ。けれど頭を撃ち抜く形で仕留めたので、詳細がズレてしまったのだろう。

 まあ、細かな報告を怠っていたヴィレッサが悪いのだ。


「とりあえず、これは預かっておくぞ?」

「ん。そういえば、『怨霊槍』は?」

「魔導院に運んで調査を進めている。新たな使い手の選出も難題なのだが……」


 単純に戦力増強を喜べる、という訳ではないらしい。

 元々、魔導遺物は適性がないと扱えない。それに加えて、当然ながら下手な人物には預けられない。


 ともあれ、ヴィレッサは内心で小さく拳を握った。

 上手く話を誤魔化せた、と。

 堅苦しい礼儀作法の授業は、どうにも苦手なのだ。


「陛下、魔導院と言えば……」


 文官の一人が控えめに発言する。

 そこで思い出したように、ディアムントはまたヴィレッサへ目を戻した。


「其方が持つ魔導銃だが、『極式』と付けられているそうだな?」

「そうだけど……それが、どうかしたの?」

「魔導院から報告があったのだ。いや、要請といった方が近いな。保管している魔導遺物の中にも、『極式』と呼ばれる物が……」


 ヴィレッサも耳を傾けようとした。

 けれどその時、会議室に入ってきた人物がいた。


「見つけたわよ!」


 シャロンだ。笑顔だが、目が怖い。

 咄嗟に逃げようとしたヴィレッサだが、その時には襟首を掴み上げられていた。


「まったく。どうして貴方は、変な所で手を焼かせてくれるのかしらね」


 反論のしようもなく、ヴィレッサはがっくりと項垂れる。

 そのまま引き摺られて、会議室から連れ出された。

 扉が閉じる前に、ゼグードとディアムントの声が漏れ聞こえてくる。


「あのような所は、若い頃の陛下にそっくりですな」

「……私はあれほど奔放ではなかったはずだ」


 閉じた扉をじっとりと睨みながら、ヴィレッサは口元を捻じ曲げる。

 こっちだって似たもの親子と思われるのは心外だ、と。







 ふかふかのベッドに身を投げ出して突っ伏す。

 目蓋も伏せて、ヴィレッサはふぅっと息を吐いた。


「疲れたぁ……」


 お風呂にも入った後なので、もう眠気が襲ってきている。

 ルヴィスも濡れた髪を拭いながら、ベッド脇に腰を下ろした。


「お姉ちゃん、そんなに行儀作法の授業が嫌いなの?」

「ん~……なんだか、やる気にならない」


 薄目を開けながら、ヴィレッサは緩みきった口調を返す。

 お堅い雰囲気が苦手、という性格的な問題はある。だけどそれよりも、行儀作法なんて覚えても意味がないのでは、と思えるのだ。


「どうせ春には、村に戻るんだし」

「それはそうだけど……」


 曖昧な返答をしつつ、ルヴィスは手元に魔法陣を浮かべた。

 青白い光が弾けると、温かな風が金色の髪を揺らした。

 熱風を起こす簡単な魔術だ。風が起こるのは術者の手元なので、ヴィレッサの髪を乾かすのにも使える。

 ルヴィスは自分の髪を整えると、ヴィレッサの髪にも櫛を入れてくれた。


「ヴィレッサだって、ディアムント様のことは嫌いじゃないでしょう?」


 諭すような口調を投げてきたのはシャロンだ。

 身辺警護という名分を使って、夜も同じ部屋で過ごしている。親衛騎士という肩書きのおかげで、宮廷にあってもかなり自由に振る舞えていた。

 いまも楽な格好をして、剣はベッド脇に立てかけている。


「あまり変な振る舞いをすれば、恥をかくのは貴方だけじゃないわ。村に戻るにしても、それまでに親孝行をするのは悪くないわよ」

「……なら、シャロン先生の肩揉みでもする」

「あ、それなら私も」


 そういうことじゃなくて、とシャロンは苦笑いを零す。でも双子に手を引かれるとベッドへ腰を下ろした。


 ヴィレッサとルヴィスが並んで肩を揉みほぐしていく。

 シャロンはゆったりと力を抜いて、目を細めた。


「ねえ、ヴィレッサ」

「ん。なに?」

「こういう時間は失くならないわよ。たとえ貴方が、何と呼ばれるようになっても。絶対に」


 穏やかに述べられた言葉の中には、真剣な色も混じっていた。

 そんなシャロンの肩に寄り添ったまま、ヴィレッサは項垂れる。


 皇女殿下とか、お姫様とか、そんなもの自分には似合わない。

 もっと気楽な身分でいい。ただの村娘で。

 でも、どちらにも拘らなくていいのかも知れない。


 一人の人間として。自分で口にした言葉だ。

 ならば、その責任は取っておくべきだろう。

 一人の娘として、親孝行をするのは悪い気分じゃない。

 それと、帝国を騒がせた責任も、少しは感じておくべきか。


「ん……明日からは、ちゃんと授業を受ける」

「そうね。頑張りましょう」

「お姉ちゃんなら、すぐに覚えられるよ」


 シャロンとルヴィスが揃って微笑む。

 信頼の眼差しを受けて、ヴィレッサは気恥ずかしさも覚えながら頷いた。

 ただ―――、


「五月蝿い貴族を、睨んで黙らせられるくらいにはならないと」


 その一言は余計だったらしい。

 帝国の安定のためには、貴族諸侯もまとまった方がいい。自分が補佐として睨みを利かせれば、ディアムントの支えにもなるはず―――、

 そんな純粋な意気込みを言葉にしただけなのだが。


「えっと、ほどほどに、ね?」

「お姉ちゃん、何かするなら前もって相談しないとダメ!」


 シャロンに苦笑いされ、ルヴィスには睨まれて、ヴィレッサはがっくりと肩を落とした。





 ◇ ◇ ◇



 大気はすっかり冷え込んでいたが、雲は消え、青空が広がっている。

 冬の合間の、気持ちよく晴れた日だった。


 安堵した住民は多かっただろう。

 それでも帝都全体が粛然とした雰囲気に包まれていた。

 先代皇帝の遺体を収めた柩が、帝都をぐるりと巡っていく。騎士達に守られた柩を、大勢の住民が頭を垂れて見送った。


 柩とともに歩む隊列には、ヴィレッサの姿もあった。

 黒のヴェールで顔を隠して、項垂れたまま粛々と歩みを進めていく。


 騎士達の中で小さな子供の姿は目立つ。道の端に並んだ住民からは、興味深げな眼差しが注がれていた。

 なにやら囁き合う者もいた。けれど内容を聞き取れるほどの大声ではない。

 そうして粛々と、国葬の儀は執り行われた。





 翌日は、灰色の雲が空を覆っていた。

 吹雪くほど厳しい天気ではない。

 けれど新皇帝の即位式としては、あまり喜ばしいとは言えない天候だ。


「あの人が関わると、いつもこうなのよ。初めて会った時も、婚礼の時も、狩りに行こうとする時も、天気は崩れてばかりだったわ」


 窓から曇り空を眺めて、シュテラリーデは上品な笑みを零した。

 城内の一室で、向かいの席にはヴィレッサとルヴィスが座っている。シャロンも護衛役として傍についていた。


 今日は即位式が執り行われる予定で、すでに大勢の貴族が城内に入っている。

 式典の場には身分の高い者ほど後から入場するので、ヴィレッサやルヴィスは、ここで出番を待っていた。お披露目を兼ねているので、第二の主役という訳だ。


 第一の主役は、無論、新皇帝であるディアムントとなる。

 そのディアムントも、別室で準備を整えていた。


「雨男、ってこと?」

「お姉ちゃん、変な言葉知ってるね」

「不思議と、雨は降っていなかったわね。それに今日は……ほら、晴れてきたわ」


 窓から明るい光が差し込んでくる。

 天候操作を行う魔術師隊が臨時に編成されたというし、きっとその働きのおかげだろう。


 大規模魔術が使われたからか、微かな魔力の揺らぎをヴィレッサも感じた。

 だがどうやら、別の異変も同時進行していたらしい。


『―――マスター、警戒を』

「この反応……結界が解けた? 全員、敵襲に備えて!」


 魔導銃(ディード)と、次いでシャロンが張り詰めた声を上げる。

 即座に、室内にいた他の親衛騎士も反応した。状況を掴めている者はいないようだが、表情を引き締め、腰の剣に手を伸ばす。

 ヴィレッサも椅子から降りて、魔導銃を握り締めた。


「シャロン先生、何が起こったの?」

「いま、確かめてみるわ」


 答えながら、シャロンは手元に魔法陣を浮かべた。複雑な陣模様を、つい今までヴィレッサが座っていた椅子へと飛ばす。

 椅子は青白い光に包まれて、一瞬の後、部屋の隅へと転移した。


「やっぱり……対転移術の、阻害結界が破られてるわ」

「それって、帝都全体を守ってる……?」


 まさか、と親衛騎士たちが息を呑む。


 転移術による強襲を防ぐために、帝都全域には常に結界が張られていた。外壁の四隅に塔が設けられて、そこに特殊な魔法陣が造られている。

 四点を結ぶ形で結界を張る、謂わば巨大な魔導具だ。


 街を守るには有用だが、複雑な術式を展開するために、壊され易いという弱点もある。四点の内、一点でも破壊されれば、術式は意味を失くしてしまうのだ。

 だから拠点となる四ヶ所の塔には、常に警備の騎士が詰めているのだが―――。


「いずれにせよ、ここに侵入者が転移してくる可能性もあるのだな?」


 落ち着いた声で問うたのは、シュテラリーデ直属の親衛隊長だ。名をグレーザーという初老の騎士で、皇族である三名を除けば、この場で最も地位が高い。

 シャロンはひとつ頷くと、慎重に意見を述べた。


「危急の事態です。まずは、陛下と合流するのが良いかと」

「うむ……そうするべきか。ここからならば、行き違いになることもあるまい」


 まだ事態の全容は掴めない。

 ただの事故で結界が解けただけ、という可能性だって有り得る。

 けれど護衛役としては最悪を想定するべきだろう。さすがに親衛隊長を務めるだけあって、そういった判断は淀みなく、行動も素早かった。


「儂が先頭に立つ。シャロン殿は―――」


 グレーザーは扉に手を掛けようとした。

 けれど咄嗟に飛び退く。同時に、魔術障壁も展開している。

 もしもその動作が一瞬でも遅ければ、グレーザーは扉と一体化していただろう。


「これは……っ!?」


 場の全員が息を呑む。

 ヴィレッサも魔導銃を構えながら、目を見開かずにはいられなかった。

 扉も、壁も、部屋の一面が真っ白に―――完全に凍りついていた。



お正月には、やや相応しくないイベントでした。

そしてお約束のように騒乱も始まります。

血生臭いのは今更なので、どうにもなりませんw

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