第11話 準備、進行、そして勃発
新年あけましておめでとうございます。
どうか今年も、幼女の活躍を応援してやってください。
国葬の準備が忙しなく進められていく。
新皇帝の即位式も続けて行われるので、城内の騎士も文官も目が回るような忙しさに追われている。先代皇帝の急逝という事態もそうだが、冬の最中という時期も悪かった。
吹雪が来る前に終わらせるために、準備期間が短くなってしまった。
いざとなれば、魔術で雪雲を吹き飛ばす備えもある。そんな力業に頼るかどうかはともかく、早く済ませたいというのは、大半の貴族が同意するところだった。
心情的には、面倒な儀式などさっさと終わらせて落ち着きたい。
そして、現実問題としても、新皇帝による安定した体制が求められていた。
「バルツァール城砦に、アンブロス伯爵を?」
聞いた名前が出てきたので、ヴィレッサは興味を引かれて訊ね返した。
会議室には大きな机が置かれて、一番奥にディアムントの席があり、ゼグードもその近くに座っている。本来はヴィレッサの身辺警護を務めとするゼグードだが、いまはディアムントの補佐として駆り出されていた。
他には、軍の代表となる騎士や、高位の文官数名も出席している。
国政の在り方を決める大事な会議だ。
ヴィレッサは出席予定もなかったが、ちょっとした事情があり、邪魔にならない隅の席に腰掛けて足をぶらつかせていた。
「そういえば、其方とも面識があったな。魔物討伐に協力したと報告があった」
「ん。ギガ・アントを。モゼルド教会も絡んでた」
騎士や文官たちがざわつく。中には、あからさまな美辞麗句を並べ立ててくる者もいた。
そういうのはいいから、とヴィレッサは無愛想に手を振って話を戻す。
「アンブロス伯爵なら、きっと信用できる。真面目そうな性格してたし」
「某も戦場で肩を並べたことがあります。部隊指揮にも長け、最適な人物かと」
「うむ、本人は多忙になるだろうが、それも短い間だ」
話の本題は、バルツァール城砦と、そして『不滅骸鎧』を誰に任せるのか、だ。
アンブロス伯爵領は帝国最東で、バルツァール城砦が守る地域と隣接している。そのため、領主本人が移動しても負担は少ない。実質的には、一時的に領地が広がることになるだろう。
武人としての能力は文句無しだ。
とはいえ、問題が皆無という訳でもない。
元より、アンブロス伯爵は豊かな領地を抱えている。一領主の力が強まるのを、快く思わない貴族もいる。
「領地が近い北方の貴族などは、何かしらの動きを見せるやも知れませぬな」
「北の公爵家か……」
ディアムントは反逆を恐れてはいない。けれど安定した統治のためには、領主の力は程々に抑えておいた方が良いのも事実だ。
「数年の任期と、事前に伝えておくとしよう。アンブロス伯爵から後任へと譲る形にすれば、軋轢も少なくなるはずだ」
ディアムントの声に、異を唱える者はいない。
正式な戴冠こそまだだが、すでに皇帝として認められている。
ただ、ヴィレッサだけはのんびりとした感想を抱いていた。
「皇帝も、色々と大変そう」
「なにを呑気なことを。当面、私の後継者候補は其方なのだぞ?」
「……前は、”俺”って言ってたのに。口調、変えた?」
「話を逸らすな。だいたい、其方は礼儀作法を学ぶ時間ではなかったか?」
ヴィレッサは目を逸らす。
抜け出してきたとは言えない。でも、周囲から突き刺さる視線が痛い。
なんとか誤魔化そうとして、ふと思い出した。
「これ。渡し忘れてた」
いまのヴィレッサは、『赤狼之加護』を変形させた楽な服装をしている。その懐に手を入れて、ひとつの”丸い物”を取り出した。
机の上に転がすと、その場の全員が息を呑んだ。
「レミディア騎士の落し物、『蛇毒石眼』、だっけ?」
『肯定。十二騎士の六位、ランドル・リオーダンと名乗っていました』
一層、場がざわめく。
ディアムントは難しい顔をしながらも、手を上げて鎮まるよう命じた。
「狙われ、撃退したとの報告は確かにあったな」
「はい。しかし魔導遺物も回収していたとは初耳でした」
シャロンからゼグードへ、事情は伝わっていたはずだ。けれど頭を撃ち抜く形で仕留めたので、詳細がズレてしまったのだろう。
まあ、細かな報告を怠っていたヴィレッサが悪いのだ。
「とりあえず、これは預かっておくぞ?」
「ん。そういえば、『怨霊槍』は?」
「魔導院に運んで調査を進めている。新たな使い手の選出も難題なのだが……」
単純に戦力増強を喜べる、という訳ではないらしい。
元々、魔導遺物は適性がないと扱えない。それに加えて、当然ながら下手な人物には預けられない。
ともあれ、ヴィレッサは内心で小さく拳を握った。
上手く話を誤魔化せた、と。
堅苦しい礼儀作法の授業は、どうにも苦手なのだ。
「陛下、魔導院と言えば……」
文官の一人が控えめに発言する。
そこで思い出したように、ディアムントはまたヴィレッサへ目を戻した。
「其方が持つ魔導銃だが、『極式』と付けられているそうだな?」
「そうだけど……それが、どうかしたの?」
「魔導院から報告があったのだ。いや、要請といった方が近いな。保管している魔導遺物の中にも、『極式』と呼ばれる物が……」
ヴィレッサも耳を傾けようとした。
けれどその時、会議室に入ってきた人物がいた。
「見つけたわよ!」
シャロンだ。笑顔だが、目が怖い。
咄嗟に逃げようとしたヴィレッサだが、その時には襟首を掴み上げられていた。
「まったく。どうして貴方は、変な所で手を焼かせてくれるのかしらね」
反論のしようもなく、ヴィレッサはがっくりと項垂れる。
そのまま引き摺られて、会議室から連れ出された。
扉が閉じる前に、ゼグードとディアムントの声が漏れ聞こえてくる。
「あのような所は、若い頃の陛下にそっくりですな」
「……私はあれほど奔放ではなかったはずだ」
閉じた扉をじっとりと睨みながら、ヴィレッサは口元を捻じ曲げる。
こっちだって似たもの親子と思われるのは心外だ、と。
ふかふかのベッドに身を投げ出して突っ伏す。
目蓋も伏せて、ヴィレッサはふぅっと息を吐いた。
「疲れたぁ……」
お風呂にも入った後なので、もう眠気が襲ってきている。
ルヴィスも濡れた髪を拭いながら、ベッド脇に腰を下ろした。
「お姉ちゃん、そんなに行儀作法の授業が嫌いなの?」
「ん~……なんだか、やる気にならない」
薄目を開けながら、ヴィレッサは緩みきった口調を返す。
お堅い雰囲気が苦手、という性格的な問題はある。だけどそれよりも、行儀作法なんて覚えても意味がないのでは、と思えるのだ。
「どうせ春には、村に戻るんだし」
「それはそうだけど……」
曖昧な返答をしつつ、ルヴィスは手元に魔法陣を浮かべた。
青白い光が弾けると、温かな風が金色の髪を揺らした。
熱風を起こす簡単な魔術だ。風が起こるのは術者の手元なので、ヴィレッサの髪を乾かすのにも使える。
ルヴィスは自分の髪を整えると、ヴィレッサの髪にも櫛を入れてくれた。
「ヴィレッサだって、ディアムント様のことは嫌いじゃないでしょう?」
諭すような口調を投げてきたのはシャロンだ。
身辺警護という名分を使って、夜も同じ部屋で過ごしている。親衛騎士という肩書きのおかげで、宮廷にあってもかなり自由に振る舞えていた。
いまも楽な格好をして、剣はベッド脇に立てかけている。
「あまり変な振る舞いをすれば、恥をかくのは貴方だけじゃないわ。村に戻るにしても、それまでに親孝行をするのは悪くないわよ」
「……なら、シャロン先生の肩揉みでもする」
「あ、それなら私も」
そういうことじゃなくて、とシャロンは苦笑いを零す。でも双子に手を引かれるとベッドへ腰を下ろした。
ヴィレッサとルヴィスが並んで肩を揉みほぐしていく。
シャロンはゆったりと力を抜いて、目を細めた。
「ねえ、ヴィレッサ」
「ん。なに?」
「こういう時間は失くならないわよ。たとえ貴方が、何と呼ばれるようになっても。絶対に」
穏やかに述べられた言葉の中には、真剣な色も混じっていた。
そんなシャロンの肩に寄り添ったまま、ヴィレッサは項垂れる。
皇女殿下とか、お姫様とか、そんなもの自分には似合わない。
もっと気楽な身分でいい。ただの村娘で。
でも、どちらにも拘らなくていいのかも知れない。
一人の人間として。自分で口にした言葉だ。
ならば、その責任は取っておくべきだろう。
一人の娘として、親孝行をするのは悪い気分じゃない。
それと、帝国を騒がせた責任も、少しは感じておくべきか。
「ん……明日からは、ちゃんと授業を受ける」
「そうね。頑張りましょう」
「お姉ちゃんなら、すぐに覚えられるよ」
シャロンとルヴィスが揃って微笑む。
信頼の眼差しを受けて、ヴィレッサは気恥ずかしさも覚えながら頷いた。
ただ―――、
「五月蝿い貴族を、睨んで黙らせられるくらいにはならないと」
その一言は余計だったらしい。
帝国の安定のためには、貴族諸侯もまとまった方がいい。自分が補佐として睨みを利かせれば、ディアムントの支えにもなるはず―――、
そんな純粋な意気込みを言葉にしただけなのだが。
「えっと、ほどほどに、ね?」
「お姉ちゃん、何かするなら前もって相談しないとダメ!」
シャロンに苦笑いされ、ルヴィスには睨まれて、ヴィレッサはがっくりと肩を落とした。
◇ ◇ ◇
大気はすっかり冷え込んでいたが、雲は消え、青空が広がっている。
冬の合間の、気持ちよく晴れた日だった。
安堵した住民は多かっただろう。
それでも帝都全体が粛然とした雰囲気に包まれていた。
先代皇帝の遺体を収めた柩が、帝都をぐるりと巡っていく。騎士達に守られた柩を、大勢の住民が頭を垂れて見送った。
柩とともに歩む隊列には、ヴィレッサの姿もあった。
黒のヴェールで顔を隠して、項垂れたまま粛々と歩みを進めていく。
騎士達の中で小さな子供の姿は目立つ。道の端に並んだ住民からは、興味深げな眼差しが注がれていた。
なにやら囁き合う者もいた。けれど内容を聞き取れるほどの大声ではない。
そうして粛々と、国葬の儀は執り行われた。
翌日は、灰色の雲が空を覆っていた。
吹雪くほど厳しい天気ではない。
けれど新皇帝の即位式としては、あまり喜ばしいとは言えない天候だ。
「あの人が関わると、いつもこうなのよ。初めて会った時も、婚礼の時も、狩りに行こうとする時も、天気は崩れてばかりだったわ」
窓から曇り空を眺めて、シュテラリーデは上品な笑みを零した。
城内の一室で、向かいの席にはヴィレッサとルヴィスが座っている。シャロンも護衛役として傍についていた。
今日は即位式が執り行われる予定で、すでに大勢の貴族が城内に入っている。
式典の場には身分の高い者ほど後から入場するので、ヴィレッサやルヴィスは、ここで出番を待っていた。お披露目を兼ねているので、第二の主役という訳だ。
第一の主役は、無論、新皇帝であるディアムントとなる。
そのディアムントも、別室で準備を整えていた。
「雨男、ってこと?」
「お姉ちゃん、変な言葉知ってるね」
「不思議と、雨は降っていなかったわね。それに今日は……ほら、晴れてきたわ」
窓から明るい光が差し込んでくる。
天候操作を行う魔術師隊が臨時に編成されたというし、きっとその働きのおかげだろう。
大規模魔術が使われたからか、微かな魔力の揺らぎをヴィレッサも感じた。
だがどうやら、別の異変も同時進行していたらしい。
『―――マスター、警戒を』
「この反応……結界が解けた? 全員、敵襲に備えて!」
魔導銃と、次いでシャロンが張り詰めた声を上げる。
即座に、室内にいた他の親衛騎士も反応した。状況を掴めている者はいないようだが、表情を引き締め、腰の剣に手を伸ばす。
ヴィレッサも椅子から降りて、魔導銃を握り締めた。
「シャロン先生、何が起こったの?」
「いま、確かめてみるわ」
答えながら、シャロンは手元に魔法陣を浮かべた。複雑な陣模様を、つい今までヴィレッサが座っていた椅子へと飛ばす。
椅子は青白い光に包まれて、一瞬の後、部屋の隅へと転移した。
「やっぱり……対転移術の、阻害結界が破られてるわ」
「それって、帝都全体を守ってる……?」
まさか、と親衛騎士たちが息を呑む。
転移術による強襲を防ぐために、帝都全域には常に結界が張られていた。外壁の四隅に塔が設けられて、そこに特殊な魔法陣が造られている。
四点を結ぶ形で結界を張る、謂わば巨大な魔導具だ。
街を守るには有用だが、複雑な術式を展開するために、壊され易いという弱点もある。四点の内、一点でも破壊されれば、術式は意味を失くしてしまうのだ。
だから拠点となる四ヶ所の塔には、常に警備の騎士が詰めているのだが―――。
「いずれにせよ、ここに侵入者が転移してくる可能性もあるのだな?」
落ち着いた声で問うたのは、シュテラリーデ直属の親衛隊長だ。名をグレーザーという初老の騎士で、皇族である三名を除けば、この場で最も地位が高い。
シャロンはひとつ頷くと、慎重に意見を述べた。
「危急の事態です。まずは、陛下と合流するのが良いかと」
「うむ……そうするべきか。ここからならば、行き違いになることもあるまい」
まだ事態の全容は掴めない。
ただの事故で結界が解けただけ、という可能性だって有り得る。
けれど護衛役としては最悪を想定するべきだろう。さすがに親衛隊長を務めるだけあって、そういった判断は淀みなく、行動も素早かった。
「儂が先頭に立つ。シャロン殿は―――」
グレーザーは扉に手を掛けようとした。
けれど咄嗟に飛び退く。同時に、魔術障壁も展開している。
もしもその動作が一瞬でも遅ければ、グレーザーは扉と一体化していただろう。
「これは……っ!?」
場の全員が息を呑む。
ヴィレッサも魔導銃を構えながら、目を見開かずにはいられなかった。
扉も、壁も、部屋の一面が真っ白に―――完全に凍りついていた。
お正月には、やや相応しくないイベントでした。
そしてお約束のように騒乱も始まります。
血生臭いのは今更なので、どうにもなりませんw




