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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第3章 幼女、知らないおじさんに誘われる編
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第10話 皇妃との会談、凍姫の来訪



 王宮の一角、石造りの廊下には冷えた空気が停滞している。

 冬の冷気ばかりではない。ここ数年ほどは訪れる者も少なく、担当の護衛騎士でさえ暇を持て余していた。

 けれどこの日は、明るい声とともに複数の足音が響いていた。


「お姉ちゃん、ほら、背筋伸ばして」

「ん……やっぱり歩き難い」


 ヴィレッサとルヴィスが小さな肩を並べて歩いている。

 先導するのはディアムントで、周囲にはゼグードやシャロン、他に数名の護衛騎士もいる。


 略式とはいえ皇女となった二人は、煌びやかなドレスに身を包んでいる。

 ただしヴィレッサは、『赤狼之加護』も変形させてマントとして羽織っていた。

 内側に魔導銃も収めてあるので、突然の事態にも対応できる。

 まあ、王宮内で妙なことは起こらないとは思うけれど。

 忍び込むような不埒者もそうそういないだろうし。


「そのマントは、どうなのかしら?」

「折角のドレスなのに勿体無いよ」


 シャロンやルヴィスには不評だった。

 けれどディアムントやゼグードの反応は違っている。


「宝石などで飾ってはどうだ? 似合うものを幾つか用意させてもいい」

「そうですな。姫様の凛々しさが、より一層に輝くかと」


 そんな雑談も交わしながら足を進める。

 向かう先は、皇妃の私室。

 つまりは、母子の再会が待っている。


 部屋の前にはすでに侍女が待っていて、こちらの姿を認めると一礼した。そうして案内されるままに扉をくぐる。


 まず、温かな空気が迎えてくれた。仄かな花の香りも鼻腔をくすぐる。

 それだけでも女性らしい気遣いが感じられた。

 ゆったりと寛げるだけの広さを保った部屋の中央に、一人の女性が静かに座っていた。


「待たせたな、シュテラリーデ」


 礼儀もなにもなく、ディアムントが歩み寄る。

 皇妃シュテラリーデは、儚げな花を想わせる雰囲気を纏っていた。長く伸ばした金髪も、碧色の瞳も、双子とよく似ている。肌は透き通るように白く、優しく目を細めた表情などはルヴィスとそっくりだった。


 ただじっと、口も開かずにヴィレッサたちを見つめてくる。


「ようやく其方との約束を果たせた。二人とも、このように美しく育ってくれたぞ」

「……」


 形式的でもよいから、何か言葉を発すれば空気も和らいでいたのだろう。

 けれどヴィレッサもルヴィスも黙り込んでしまった。


 実の母親と会う。その心構えはしたつもりだった。

 シュテラリーデがどれだけ娘を大切に想っていたのかも聞かされていた。

 九年前、赤ん坊だった双子を奪われたシュテラリーデは、病に伏せるほどに嘆き悲しんだそうだ。心を失ったかのように、一時はベッドから出ない日々も続いたという。


 当然、それまで関わっていた人も離れていった。

 この王宮の一角が寂しげなのもそのためだ。

 そんな母の悲哀を慮ったからこそ、ヴィレッサも面会を受け入れた。


 とはいえ、何処か冷めた気持ちも抱いていた。

 今更、母親と言われても困る。自分達にはシャロン先生という立派な母親がいるのだから。感動の再会となるにしても一方的なものだろう。

 そう思っていたのだが―――。


「ぁ……」


 小さく呟いたのはルヴィスだ。

 けれどシュテラリーデもそっと吐息を漏らして立ち上がっていた。


 静かに歩み寄ってくる。

 その碧色の瞳には、いつの間にか涙が浮かんでいた。

 膝から崩れ落ちるように、シュテラリーデは二人を胸に抱きかかえた。


「ヴィレッサ、ルヴィス……」


 優しい声で名前を呼ぶ。

 そんな一言だけで、どれだけ再会を待ち侘びていたのか伝わってきた。

 だから応える言葉は、自然と胸をついて出たものだった。


「おかあ、さん……」


 ルヴィスが震えた声を漏らした。

 薄っすらと瞳を濡らして。でも、口元は嬉しそうに緩んでいた。

 ヴィレッサも静かに抱擁を受け入れる。

 ぼんやりと、母親が二人いても構わないのだろうな、なんて考えていた。






 ひとしきり再会を喜び合い、落ち着いて話をするまでしばしの時間を要した。

 シュテラリーデが離してくれなかったのだ。


「其方の気持ちも分かるが、そろそろ……」

「いやです」

「しかしな、そのままでは話も出来ぬではないか」

「構いません」


 ディアムントの説得にはまったく耳を貸さなかった。

 仕方ないので、抱きつかれたままのヴィレッサがなんとかすることにした。

 ルヴィスに目配せする。なんとかして、と。


「えっと、お母様……」

「ルヴィス。もう一度言ってちょうだい」

「……お母様?」

「そうよ。ああ、本当に立派になったわね」

「それよりも、私もお話を聞きたいのです。離してくださいませんか?」

「ええ、そうね。さあ二人ともこちらへいらっしゃい。ゆっくりと話をしましょう。お茶もお菓子も用意してあるわ。二人の好みはどんなものかしら?」


 ひとまず抱きつきからは解放してくれたシュテラリーデだが、今度は双子の手を握ったまま離してくれない。


 席に着いて、ひとしきり話をして、

 二人で作ったコロムケーキや、新作のスイートポテトも一緒に味わって―――、

 話が一段落する頃には、ディアムントやゼグードなどは疲れ切っていた。


「そう。ヴァイマー伯爵にもお世話になっていたのね。あそこは海風が厳しい時期もあると聞いているわ。二人は大丈夫だったのかしら?」

「はい。それよりも、珍しい物がたくさんあって面白いんです」

「それはよかったわ。伯爵には、あらためてお礼をしないといけないわね」


 それと、とシュテラリーデは静かに立ち上がった。

 部屋の端に控えていたシャロンへと顔を向け、歩み寄る。


「貴方が……?」

「はい。シャロンと申します」


 短く答えたシャロンは、しっかりと帝国式の礼をする。

 育ての母などと主張はしない。けれどシュテラリーデを真っ直ぐに見つめ返していた。


「これまで我が子を育て、守ってくださったこと、深く感謝致します」

「いえ。当然のことをしたまでです」


 自分も母親なのだから当然、とシャロンは眼差しで語る。

 けれど敵意を向けるようなものではなく、優しく一言も付け加えた。


「二人からは、私もとても大切なものを教えてもらいました。感謝しています」

「……そうですか。どうか、これからも二人を支えてくださいませ。わたくしも母として努力しますが、きっと足りないところもあるでしょう」

「はい。我が身に代えましても」


 柔らかな言葉を交わす合間に、時折、鋭い刃を突き出すような気配が混じった。

 一拍の静寂が室内に満ちる。

 けれどすぐに、二人は手を取り合い、笑顔を向け合っていた。

 なにやら余人には理解し難い遣り取りがあったらしい。


「……大丈夫、かな?」

「お姉ちゃんでも分からないの?」


 ルヴィスと呟き合いながら、ヴィレッサは首を捻る。

 でも、なんとなく問題ない気がする。

 妙な宮廷闘争みたいなことが起こっても、やめて!、と二人でお願いすればすぐに止まるだろう。

 それよりも―――、


「二人とも、これからはもっと時間が作れるのでしょう? 明日から、いえ、今夜からでも、わたくしの部屋に移ってはどうかしら? そうすればもっと一緒に過ごせるわ」

「いや、まだ国葬やお披露目の支度があるのだが……」

「そんなもの、貴方が一人でなさってくださいな」

「無茶を言うな。二人には作法なども覚えてもらわねばならぬ。諸侯の前で恥をかかせたいのか?」

「二人の可愛らしさならば、立っているだけで充分ですわ」


 この夫婦の仲裁も、自分達の役目なのだろうか?

 もう帰ってしまいたい。このドレスもさっさと脱ぎたいし。


「お姉ちゃん?」

「ん……大丈夫。もうちょっと付き合ってあげよう」


 まあ、悪い両親ではないと思える。

 そうルヴィスとも目線で確認して、ヴィレッサは子供らしくない苦笑いを零した。




 ◇ ◇ ◇




 ヴィレッサたちが皇女としての一歩を踏み出している頃―――、

 帝都全体が、奇妙な喧騒に包まれていた。


 皇帝の崩御を悼んで粛々と過ごす者が多い。その一方で、様々な事態が動いて、商売などは盛況を迎えている。

 国葬の儀に出席するため、大勢の貴族が帝都を訪れているのが主な要因だ。


 数名の従者を伴うだけの者もいれば、百名以上の隊列を率いてくる者もいる。

 いずれにせよ、人が増えれば物も行き交う。贅沢に金を使う貴族が集まるとなれば尚更だ。


 商人や職人などは、腹の内ではこの事態を喜んでいる。

 もちろん顔には出さない。

 それとは別の意味で、表情を取り繕わなければならない立場の者達もいた。

 帝都の門を守る、警備兵達だ。


「はぁ~……すげえ迫力だったなあ」


 街へと入っていく馬車を見送って、警備兵の一人が息を吐いた。先程まで張り詰めていた表情は緩み、疲労もあって肩を落とす。

 隣にいた仲間の警備兵も、苦笑混じりに頷いた。


「さすがは凍姫と呼ばれるだけはあるな。ああでなきゃ、二国を相手に国境なんて守れねえだろ」

「でも、すげえ美人でもあったな。眼福ってやつだ」


 帝国西方を守護する、ミヒャエル・メンフィス侯爵。『凍珠ゴールヴェニア』を持つ魔導士として、周辺諸国にまで名が知れ渡っている。

 武勇だけでなく、類稀なる美貌もあって、吟遊詩人がその名を口にしない日はないとまで言われている。


「しっかし信じられねえよな。あれでいて年齢は……」

「おい!」


 警備兵の背後から、野太い声が投げられた。

 振り返ると、警備隊長である騎士が厳しい顔をして睨んできている。


「女の年齢には触れるものではない。とりわけ、あの方についてはな」

「は、はぁ……」

「命が惜しければ、ということだ」


 台詞だけならば冗談にも聞こえた。

 しかし警備隊長の目は極めて真剣で、反論を許さないものだった。

 なにやら怪談でも聞いたような寒さを覚えて、警備兵は二の腕を擦りながら話を切り替えた。


「それにしても、お早い来訪でしたね。ヴァーヌ湖からは距離もあるのに」

「転移術を使われたのだろうな。領地から出るのも珍しいそうだが……」


 いや、と警備隊長は首を振った。

 下手な詮索はしない。中流貴族として生まれ育った警備隊長は、それが長生きできる術だと学んでいた。

 余計なことに首を突っ込まず、己の仕事をしっかりと果たせば良いのだ。


「無駄話はここまでだ。今日はもう予定はなかったが、いきなり来られる方もいるかも知れんからな」

「はっ! 警備に戻ります」

「通達にあったように、空への警戒も怠るなよ」


 去っていく警備兵達の背中を眺めてから、隊長も執務室へと戻る。

 貴族以外にも、帝都の門をくぐる者は多い。しかし本格的な冬が訪れてきた時期なので、日に日に静けさが増してきている。


 凍りつくような寒さを予感させて、一陣の風が帝都の門をくぐっていった。




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