Episode 37 前編
Episode 37 前編
「21世紀のロンドン・アイと、摩天楼の不時着(L-E-A-P)」
150年の時空を跳ぶ(タイムスリップ)
それは、いつもの白猫との知恵比べの最中、ヤードの地下倉庫に眠っていた「謎のヴィクトリア朝遺物」が、ハート刑事のルブタンのヒールによる物理的衝撃で大暴走したことが始まりだった。
激しい光と、時空を歪めるような重力波。
凸凹バディが次に目を覚ましたとき、そこは彼らの知っている19世紀の面影を残しながらも、完全に「未知の未来」へと変貌を遂げたロンドンの街角だった。
「……ワン!(な、なんだこれは!?)」
ホームズは四足で立ち上がり、周囲を見回して文字通り「飛び上がってびっくり」した。
ガス灯の柔らかな光は消え去り、夜だというのに昼間のように輝く巨大なデジタルサイネージ。馬車の代わりに、エンジン音すらさせずに静かに疾走するハイブリッド・ブラックキャブ。
「まぁ、ホームズ! ここ、なんだか未来のロンドンみたいだわ! スマホの電波が『5G』って表示されてるもの!」
ハート刑事の端末が未来の電波を拾ってピコピコと鳴り響く。
名探偵の脳細胞は、目の前に広がるロンドンの驚異的な光景を前に、かつてないスピードでフル回転を始めた。
驚異の三大スポットと、名探偵のパニック
ホームズの網膜に、ヴィクトリア朝の人間(と犬)にはおよそ想像もつかない、驚天動地の建築物たちが飛び込んできた。
① テムズ川の巨大歯車:ロンドン・アイ
「ワン、ワンワンッ!?(あ、あのテムズ川沿いにある、天を突くような巨大な回転式歯車は何だ!? 産業革命の最終兵器か!?)」
ビクトリア朝時代には影も形もなかった、巨大な観覧車『ロンドン・アイ』。ガラスの卵のようなカプセルが空中を優雅に回る姿に、ホームズは「大英帝国が重力を克服したのか」と目を丸くした。
天を裂くガラスの剣:ザ・シャード
「クゥゥーン……(約310メートル……。私がかつて愛したロンドンの煤けた街並みが、まるでミニチュアの玩具のようだ……)」
ヨーロッパ屈指の超高層ビル『ザ・シャード』のガラス張りの外観を見上げ、ホームズは腰を抜かしかけた。彼が知る大聖堂の尖塔を遥かに凌駕する、近代建築の極致。
21世紀の聖地:スピーディーズ・カフェ
そして、混乱するホームズを連れてハート刑事が逃げ込んだユーストン駅近くの路地裏で、名探偵の心臓は完全に停止しかけた。
実在するそのカフェ
『スピーディーズ』
の窓には、コートの襟を立てた
「21世紀のシャーロック・ホームズ」
のポスターが大々的に飾られていたのだ。
(ば、バカな……! 私の、私とワトソンの冒険譚が、21世紀の未来で『ドラマ化』されて世界中の人間に視聴されているというのか!? しかも私は、こんな可愛いポケット・ビーグルではなく、随分と長身でスタイリッシュな男として描かれているじゃないか……!)
ハート刑事の「跳躍(LEAP)超翻訳」
未来のロンドンにタイムスリップしても、ハート刑事の「写真記憶」と「超翻訳」は一切ブレなかった。彼女はスピーディーズ・カフェのメニュー裏に印刷された最新版ロンドン地図を瞬時に記憶すると、ホームズの首輪の画面に緊急の帰還座標を入力した。
ホームズは混乱を落ち着かせ、元の時代に戻るための時空の歪みの座標を、前足で4つのアルファベットにまとめて打ち込んだ。
[ L - E - A - P ](リープ / 時空の跳躍)
対面から画面をスキャンしたハート刑事は、ポニーテールを未来の風に揺らして閃いた!
「『P』『A』『E』『L』……パエル! パエリア!! ……あーーーーっ!」
(なぜだぁぁぁーーー!! 150年の時空を超える『リープ』の話をしているのに、なぜ唐突に地中海風の米料理が出てくるんだ!! 普通に『LEAP(跳躍)』と読みたまえ!!)
「分かったわ、ホームズ! これは、あの巨大な『ロンドン・アイ(歯車)』を**『巨大なパエリア鍋(PAEL)』**に見立てて、あのザ・シャードの頂上から水上に向かって、時空を超える大ジャンプを決めろっていう、超電磁・帰還コマンドね!?」
(違う! パエリアは関係ない! ……いや、待て。ハート君の言っている『ザ・シャードの頂上からロンドン・アイへの動線』……。あの二つの近代建築を結ぶ直線上には、今まさに我々をこの時代に引き留めようとする時空の歪み(エネルギーの渦)が発生している。もしあそこから彼女の規格外の脚力で『リープ(跳躍)』すれば、その衝撃で時空の壁が破れ、19世紀のヤードへ逆行できる……! ハート君、君の鍋妄想は胃袋が宇宙レベルだが、時空をブチ破る『跳躍点』の選定だけは、やはり世界一の名探偵(私)と寸分の狂いもない!)
21世紀の空へ、テイクオフ!
「21世紀のロンドンも素敵だけど、私たちの正義は19世紀で待っているのよ! いくわよホームズ、タイム・リープ・フィナーレ!!」
ハート刑事はホームズをガシッと小脇に抱えると、観光客たちがスマホを構えて大騒ぎする中、ザ・シャードの展望台(地上310メートル)の手すりへと駆け上がった。
ガラス越しに見えるのは、ミニチュアのようなロンドンの夜景と、美しくライトアップされたロンドン・アイ。
その遥か上空、時空の裂け目に、一瞬だけ**21世紀版のオッドアイを持つ美しい白猫**が、ニヤリと笑ってこちらを見下ろしているのが見えた。
(フッ……。未来の姿になろうとも、モリアーティ、貴様の退屈な仕掛けに付き合っている暇はない。私たちは、私たちの戦場へ帰らせてもらう!)
「ワン!」と、21世紀のロンドンの大空に、世界一知的な生の声が一鳴き!
ハート刑事の容赦のない、時空の因果律すら粉砕するほどの強烈なルブタン・キックが、ザ・シャードの最上階の床を蹴り上げた!
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ドゴォォォォン!!!
光り輝くロンドンの夜景をバックに、二人の身体は夜空へと高く、高く舞い上がり、ロンドン・アイの光の輪の中へと吸い込まれていく――。




