Episode 25:後編
Episode 25:後編
「紙吹雪のロンドンと、目に見えぬ詐欺師(B-I-L-L)」
霧のシミュレーションと、4つの文字
ヤードに積み上がる数千枚の請求書。ロンドン中の老人を絶望に突き落とした「空から降る請求書」の謎を解くため、ホームズは証拠品の紙を1枚くわえ、ヤードの実験室へと走った。
(ハート君、この請求書をよく見るんだ。上質な紙だが、不自然なほど湿気を吸っている。これは空から降ったからではない。最初から「霧の水分」を利用して、特定の場所に付着するように計算されて印刷されたものだ)
ホームズは短い前足で、実験室の黒板の下にチョークの破片を器用に転がし、4つのアルファベットを並べた。
[ B - I - L - L ](ビル / 請求書・ビルディング)
(犯人の目的は、この『BILL(請求書)』でヤードの機能を麻痺させ、老人たちの判断力を奪うこと。そして、このインクの匂い……微かにロンドン東部の「老舗印刷工場」の機械油の臭いがする!)
ハート刑事の「超翻訳」
「『B』『I』『L』『L』……ビル。請求書、あるいは……大規格・域内・気流・積載!! ……あーーーーっ!」
黒板の文字を見つめていたハート刑事は、ポンと拳を叩くと、自らの網膜(写真記憶)の回路を爆発させた。
「分かったわ、ホームズ! これは、犯人がロンドンの**『高層ビル群(BILL)の気流ルート』**を計算して、特定エリアに請求書を積載してばら撒いているっていう、物理的なサインね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! 霧の水分を利用した高度な化学トリックだと言っているのに、なぜ『高層ビルから気流でばら撒く』という、ダイナミックすぎる物理作戦になってしまうんだ!!)
「確かにさっき、街の都市計画図(写真記憶)で『東部地区にある廃業した旧時計塔ビル』の周辺だけ、不自然に霧の密度と気流が停滞しているってデータを見たわ! あなた、犯人がそのビルの最上階に潜んで、ロンドン全域に人工霧と紙吹雪(請求書)を降らせてるって言いたいのね!?」
ハート刑事は感動のあまりホームズを抱き上げると、夏用パーカーの大きなポケットに「スポッ」と安全に収納し、ヤードのパトカーへと飛び乗った。
(違う! 気流の計算ではない! ……いや、待て。旧時計塔ビルだと!? そこは東部の印刷工場のすぐ近くだ。さらに、あのビルの屋上には、かつて気象観測用に使われていた『人工霧発生装置』のプロトタイプが残されているはず……! ハート君、君の推理プロセスは相変わらず警察の地理データと気流データを無理やり合体させたような暴走ぶりだが、なぜ目的地の座標だけは完璧にスマホのGPSより正確なんだ!!)
時計塔の決戦と、見えない罠
人工の霧が五里霧中を呈する、旧時計塔ビルの最上階。
そこには、ハイテク印刷機と大型の気象噴霧器を操り、ロンドン全域に「請求書交じりの催眠霧」を拡散させていた、国際詐欺グループの首魁たちが不敵に笑っていた。
「ひひひ、この霧を吸った老人は判断力が鈍り、空から降ってきた請求書を『お上の命令』だと思い込んで金を振り込む……。ヤードの役立たずどもが紙の山に溺れている間に、全財産を巻き上げて高飛びだ!」
「そこまでよ! あなたたちの悪質なペーパーテロ、このハナコがヤードの防犯評価(内申点)の特等席に変えてあげるわ!」
ハート刑事がドアを蹴破って突入する。驚いた犯人たちは、部屋中に設置された人工霧のノズルを一斉に解放した!
視界は一瞬でゼロになり、真っ白な闇がバディを包み込む。
(ハート君、慌てるな! 人間の目は誤魔化せても、ポケット・ビーグルの鼻と耳は騙せん! 右から2人、左の操作盤の前にボスだ!)
「ワンッ!」
ホームズはハート刑事のポケットから飛び出すと、霧の中を低空飛行の如きスピードで駆け抜けた。犬の低い視点なら、床を這う薄い霧の隙間から犯人たちの足元が丸見えだ。
ホームズはボスのズボンの裾をガブッと噛むと、そのまま印刷機の高圧電源コードの方向へ思い切り引っ張った!
バチバチバチッ!
「うわあああ!? なんだこの犬は! 漏電した!」
ボスが感電の衝撃で霧のコントローラーを手放し、換気ファンが逆回転を始める。一気に霧が晴れていく。
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
視界が戻った瞬間、ハート刑事の容赦のない、ヤードの秘密練習所で鍛え上げた「キレ」のある5回連続の超高速飛び回し蹴りが、詐欺グループの面々に炸裂した。
ドガッ、バキッ、ドカシャーン!
老人たちを泣かせた凶悪詐欺師たちは、印刷されたばかりの偽請求書の山に埋もれて、揃って御用となった。
霧の晴れた空に
ロンドン全土の霧は完全に消え去り、老人たちの不当な請求データもヤードのサイバー班によって一括消去された。ヤードのロビーには、騙されずに済んだお年寄りたちの安朵の笑顔と感謝の歓声が溢れている。
事件解決後、時計塔ビルの屋上で、ホームズは晴れ渡ったロンドンの青空を見上げた。
そこには、貯水タンクの縁に腰掛け、前足で器用に「1枚の白い紙(偽請求書)」をビリビリと引き裂いて遊んでいる一匹の白猫の姿があった。
奴は、今回の詐欺グループの計画を最初から知っており、あえてヤードをパニックに陥れる「霧のパズル」として成立するよう、裏で装置の改良図面を犯人に流していたのだ。
オッドアイが昼の光に鋭く光り、白猫はフッと満足そうに喉を鳴らすと、ビルの壁を流れるように駆け下り、ロンドンの雑踏へと消え去っていった。
(モリアーティ……。どれほど巧妙に霧に隠れようとも、私の論理の牙は必ず貴様の仕掛けを白日の下に晒してみせる。今回は私の勝ちだ)
「やったわねホームズ! ヤードのロビーでおばあちゃんたちが、あなたに最高級の犬用ビスケットを山ほど用意して待ってるわよ!」
ハート刑事がホームズを抱き上げ、誇らしげに胸を張る。
(ふむ、ビスケットか。大英帝国の名探偵への報酬としては、悪くない。……さあ、帰ろう、ハート君。私たちのオフィスへ)
「ワン!」と元気よく鳴く、小さきポケット・ビーグル。
霧の晴れた首都ロンドンに、凸凹バディの勝利の足音が、今日も確かに響き渡るのだった。




