Episode 64:前編
Episode 64:前編
「黄色の過ち(T-H-E_Y-E-L-L-O-W_F-A-C-E)――名探偵の悪夢と、真のシンメトリー」
静寂のテラスハウスと、休日だけの装い
ある晴れた休日の朝。テラスハウスは、いつになく穏やかな静寂に包まれていた。
「ポチ君! 今日はヤードの完全な非番だから、お気に入りのルブタンを響かせてロンドンの街へお出かけしてくるわね!」
鏡の前で楽しそうに微笑むハナコは、爽やかな風に映える柔らかなサマーニットに、スタイリッシュなデニムという、休日ならではの完全ニュートラルな私服姿。しかし足元だけは、彼女のブレないプライドを示すように、ルブタンの真っ赤なソールが輝いている。
「どうかしら? 今日はヤードのエースじゃなくて、ただのハナコとしての休日モードよ! ノーリミッツに軽やかでしょう?」
(ふむ。いつもの張り詰めた正義のフレームをデトックスし、完璧な休日のグリッドを体現しているな。とても素晴らしい装いだ、ハート君)
ホームズが小さく「ワン」と満足げに吼えると、ハナコは天真爛漫な笑顔を咲かせ、軽やかなステップで玄関のドアを開けて出かけていった。
ガチャン。
鍵の閉まる音が静かに室内に響き渡り、テラスハウスに残されたのは、ポケット・ビーグルのホームズただ一匹となった。
完全な空白の時間。
しかし、あまりの退屈(暇)さに、ふかふかのクッションの上でいつしか深い眠りの中へと落ちていってしまう。
悪夢の記憶、独断と偏見
眠りについたホームズは、夢の中で「あの忌まわしい過去の過ち」を鮮烈に追体験していた。
かつてシャーロック・ホームズという人間の探偵だった頃、ある奇妙な依頼を引き受けた。
とある邸宅の窓に浮かび上がる、不気味な「黄色い顔」の怪人。
当時の私は、己の冷徹な論理を過信し、人間の国籍や人種、外見に対する差別的な先入観を疑いもなく盲信してしまった。
「あれは恐ろしい脅迫者が仕組んだ犯罪グリッドに違いない」
と、傲慢にも決めつけていたのだ。
しかし、密室の扉を開けた先にあった真相は、私のプロットを完璧に粉砕するものだった。
そこにいたのは、前夫との間に生まれた黒人の我が子を、世間の冷酷な偏見から守るために「黄色の仮面」を被せて隠していた、母親の深い愛の形だった。
犯罪などどこにもなかった。
外見だけで独断し、世界の本質を見誤った私の、偏見に満ちた「人間の判断」こそが最大のバグだったのだ。
あの時、
『ワトソン……もし今後、私が自分の力を過信してパズルを間違えるようなことがあれば、どうか私の耳に「人間の判断」などという言葉を入れないでくれ……』
激しい自己嫌悪と恥辱。偏見という名のノイズが、どれほど冷酷に真実を破壊するか。夢の中のホームズは、底なしの暗黒へと沈んでいくようだった。
目覚めて誓うハートの守護
「ハッ……!」
ホームズは小さな身体を大きく震わせ、クッションの上でガバッと目覚めた。
鼻にはうっすらと汗が滲んでいる。
視界に飛び込んできたのは、いつもと変わらない、静かなテラスハウスの景色だった。
(……夢、か。だが、あれは私の魂に刻まれた本物の『過ち』の記憶だ)
ホームズは目の前のタオルで鼻を拭い、静かにウォーターを一口舐めた。
今思えば、人間の頃の間違いは自らのプライドが傷つくだけで済んだ。
しかし、今この現代のロンドンのコンクリート・ジャングルにおいて、もし私が同じような先入観や偏見で推理を見誤ったらどうなる?
それは、今この瞬間も休日を私服で楽しんでいる、私の唯一無二のバディであるハート刑事の命を、ノーリミッツに致命的な危険へ晒すことに直結するのだ。悪党の属性や外見だけでグリッドを決めつけるような愚行は、二度と、絶対に犯してはならない。
「ワン……」
ホームズは、ハート刑事が去っていったドアをじっと見つめ、その冷徹かつ健全な瞳に、かつてないほど強固な「正義の誓い」を宿らせた。
大切なバディの命を守り抜くために、偏見を完全にデトックスした純粋な論理の調和を――。
静かな部屋で、名探偵のカウントダウンが静かに始まる。




