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Episode 57:後編

Episode 57:後編


「アルプスのチェックメイト(S-W-I-S-S)――180年目のホイッスル」

滝の裏の防音室と、残された「11秒」

ハナコ・ハート刑事の強烈なキックによって破られた電子ハッチの奥には、外の轟音が嘘のように遮断された、白猫の電脳隠れセーフハウスが広がっていた。


「ハナコ姉様、大先生! モニターのタイマーを見てほしいべ! スイス警察とロンドンヤードを繋ぐ国際広報・防犯データが、白猫の自爆プログラムで完全に消去されるまで、あと**【11秒】**しかないべ!」


バーバラがデータノートを抱え、正確なステップで室内の機材配置を見極めながら叫んだ。


「なんですって!? 11秒で両国の信頼(条約)がノーリミッツに爆破されるっていうの!?」


ハート刑事は特殊電波測定器を構えたが、複雑に入り組んだスイス製の防壁プログラムに行く手を阻まれ、トリガーを引くのを躊躇していた。


(ふむ。白猫め、180年前の決闘と同じく、私をこの滝壺の底へ引きずり落とす算段か。だが、彼が組んだ防壁のアルゴリズムには、『警察協力条約』の改訂ログに対する決定的な不調和エラーがある!)


「ワン! ワンワンッ!」

ホームズは、室内に並ぶ5つのメインサーバーのうち、右から2番目の「S」の刻印がある筐体へ向かって鋭く吠えた。


バーバラの「シンメトリー・ステップ」

「大先生、わかったべ! そのサーバーの配置、条文に書かれた『金融犯罪対策』の優先順位と、左右のデータ比率が『11ミリ』だけ非対称アンバランスだべ!」


バーバラの瞳が素直な知性で輝く。彼女はダンスのステップを床に刻み、その振動の跳ね返り(エコー)で、隠された物理スイッチの座標を完全にプロットした。


「白猫のAIは、大先生がさっきの船酔いで脳細胞の処理速度クロックを落としていると信じ込んで、一番単純な非対称トラップを仕掛けたんだべ! でも、その歪んだ右のレバーを一瞬で左のレバーと『完全な対称シンメトリー』に引き戻せば、11秒の自爆シーケンスは逆流して完全停止するべ!」


(その通りだ、バーバラ君! 私の肉体(三半規管)は一時的に揺さぶられたが、大英帝国の正義のロジックはアルプスの山よりも揺るがん。ハート君、いや……私の相棒としての最高の脚力を見せてくれ!)


「ブロックのパズル(S-W-I-S-S)が教えてくれたのは、二つの国の警察が手を取り合う、完璧な調和シンメトリーの形だったのね!」


ハート刑事はルブタン・スニーカーの真っ赤なソールをカチリと響かせ、トレンチコートの襟を翻した。

「バーバラちゃん、ポチ君、カウントをお願い! 白猫の歪んだタイマーを、ノーリミッツにチェックメイトよ!」


「いくべ! 3、2、1……今だべ!」


美しきアルプスの終局

「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」

ハナコ刑事の閃光のようなヤード流・ピンポイントヒールキックが、非対称な右のレバーへと炸裂! 11ミリの狂いもなく、左右のデータ弁が完全に水平な対称位置でロックされた。


ガチリ!!!

「……9、10、11秒! 自爆プログラム、完全フリーズだべ!」

バーバラの叫びと同時に、真っ赤に点滅していたモニターが鮮やかな純白のセーフティ画面へと切り替わり、イギリス・スイス両国の「国際防犯共有グリッド」は完全に復旧した。


(そこだ、大英帝国の論理と、アルプスの調和の、合同チェックメイトだ!)


「ワンッ!」

ホームズはハート刑事の腕から弾丸のように飛び出すと、スパイたちが握っていたデータ転送用のメインケーブルを鋭い牙で一撃破砕!

ひるんだ電脳工作員たちには、ハート刑事のキレのある高速飛び回し蹴りが炸裂し、全員がスイスの冷たい床へと沈んでいった。


霧の晴れたライヘンバッハ

翌朝、マイリンゲンの美しい丘。

スイス警察との合同広報イベントは無事に大成功を収め、両国の警察協力の絆はより一層強固なものとして世界にアピールされた。


「あー、すっきりしたべ! スイスの空気はお日様の匂いがして、ホネホネビルの藁のベッドを思い出すべ!」


バーバラが伸びをし、ハート刑事も「これでロンドンに胸を張って帰れるわね、ポチ君!」といつもの天真爛漫な笑顔を咲かせた。


ホームズは二人の傍らで、静かに轟音を上げるライヘンバッハの滝を見つめていた。

ふと、虹がかかる滝の最上部、激しい水飛沫の向こうの岩棚の上に、ベルギーの高級チョコレートを前足で転がして遊んでいる「一匹の白猫」の後ろ姿が見えた気がした。

奴は、180年前の決闘の地で仕掛けた完璧なはずの電脳密室パズルが、バーバラの素直なダンサー・リズム、ハナコの豪快な脚力、そして名探偵の冷徹なロジックによって完全に解読されたことを悟り、フッと満足そうに喉を鳴らすと、アルプスの霧の中へと消え去っていった。


(モリアーティ……。どれほど歴史の因縁をネットワークに絡めようとも、私たちが論理の針を揃える時、すべての混沌は白日の下に晒される。今回の旅、船酔いは最悪だったが……チェスの勝負は、私たちの勝ちだ)


「ワン!」

アルプスの青い空に向かって、世界一知的な小さきポケット・ビーグルの勝利の声が、高らかに、そして美しく響き渡るのだった。

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