Episode 54:後編
Episode 54:後編
「千秋楽の生きた言葉と、大団円のルブタン・キック(P-L-A-Y)」
開演五分前、暗転する舞台
「開演まであと五分! ですが、メインコンソールの制御が完全に効きません! 舞台照明の電圧が異常上昇しています!」
劇場の舞台裏。テクニカルスタッフたちの悲鳴が響く中、ハート刑事とポケット・ビーグルのホームズは、無数のケーブルがのたうつ中央制御室にいた。
劇場のモニターに映し出された客席は、すでに超満員。幕が上がるのを今か今かと待つ観客たちの熱気が、舞台袖まで伝わってくる。しかし、舞台上の超高出力のスポットライト群(YALPライン)は、白猫の電脳ウイルスによって、照射と同時に演者の音声データと脳波を焼き切る「電子の断頭台」へと変貌していた。
(モリアーティ……言葉を扱う表現者の魂を人質に取り、劇場そのものを貴様の冷徹な実験場にする気か。だが、幕を降ろさせるわけにはいかない。観客が待っている。そして何より、言葉を愛するすべての表現者たちの灯りを、ここで消すわけにはいかないんだ!)
ホームズは素早く動き、床に散らばっていた予備の照明用ヒューズプレート『P-L-A-Y』を、前足でガシャリと踏み抜いた。
[ P - L - A - Y ]
(ハート君、劇場の最上部だ! あの全ての光が集束する『主幹レンズ(マスター・コア)』の基盤を叩け!)
ハート刑事の「プレイ(PLAY)超翻訳」
「大丈夫よホームズ! シェイクスピアが遺した『生きた言葉』の灯り、私の網膜(写真記憶)と、このクリエイターとしての魂が絶対に消させはしないわ!」
ハート刑事はトレンチコートの袖をまくり、床の文字を対面(逆さま)から超高速で脳内スキャンした。彼女のポニーテールが、劇場の緊張感に呼応してピンと逆立つ!
「『Y』『A』『L』『P』……ヤルプ! 野性・圧倒・乱打・パンチ(やせい・A・L・P)!! ……あーーーーっ!」
(パンチ!? 脚が武器の君が、ここにきてまさかの拳技にシフトするのか!? 普通に『PLAY』の……いや、待て。乱打……。衝撃の連続叩き込み、そしてエネルギーの強制分散……!)
「分かったわ、ホームズ! これは、あの高電圧で暴走している照明基盤を、**『千秋楽の鳴り止まない大拍手(YALP)』**のエネルギーに見立てて、私のルブタンのヒールで、マスターレンズの固定ボルトをミリ単位で連続乱打し、光の波長を完全に正常化しろっていう、劇的・グランドフィナーレコマンドね!?」
(違う! 拍手で物理破壊はできない! ……いや、待て。ハート君の言っている『大拍手の連続乱打』……! あの高電圧のオーバーロードを止めるには、制御盤の安全弁に超高速の物理的振動を連続で与え、ウイルスの同期を強制解除するしかない。彼女の正確無比なルブタンのピンヒールによる連続キック(タップ)なら、それが可能だ……! ハート君、君の野性パンチ妄想は演出家も頭を抱える破天荒さだが、ピンポイントで『システムを正常化する振動』の特定だけは、やはり世界一の名探偵(私)と1ミリの狂いもない!)
ウェスト・エンドのカーテンコール
「言葉を愛する人々の劇場を、あなたたちの暗黒のシナリオで終わらせはしない! 芝居よければすべてよし、フィナーレ!!」
ハート刑事は、キャットウォーク(舞台上空のキャットウォーク)を風のように駆け抜けると、劇場の天井から吊り下がった巨大なメインライト群に向かって、ノーリミッツに跳躍した!
スポットライトの残光の中で、彼女のルブタンの赤底が、まるで劇場の最高の一幕のように鮮やかにきらめく。
カウントダウンは残り3秒――。
(今だ、ハート君! 君の言葉への愛と、私たちの『カオスな正義』を、この舞台の上で証明してみせろ!)
「ワン!」
ホームズが舞台袖の予備スイッチを頭突きで入れ、ターゲットの制御基盤に一瞬の過電流を走らせて座標をロックオン!
その刹那、ハート刑事の、軸足が1ミリもブレない完璧な空中連続回し蹴り(高速ヒール・タップ)が、暴走する照明基盤の固定ボルトへと炸裂した!
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ドガガガガガガガアン!!!
凄まじい衝撃波が舞台上空を駆け抜け、ミリ単位で正確に乱打されたボルトが火花を散らした。音響的なジャミングによって白猫の電脳ウイルスは一瞬で破砕され、メインコンソールには「システム、正常復旧。生きた言葉を保護しました」の文字が浮かび上がった。
次の瞬間、劇場の幕が静かに、そして美しく上がった。舞台上に降り注いだのは、演者を優しく包み込む、いつも通りの暖かく美しい「劇場の灯り」だった。客席からは、何も知らない観客たちの割れんばかりの大拍手と歓声が巻き起こる。
終幕、そして物語は続いていく
事件が解決し、劇場の楽屋口。
遠くから舞台の美しいセリフのやり取りを聞きながら、ハート刑事は満足そうに夜空を見上げた。
「ふぅ……。やっぱり、言葉が生きている舞台って本当に素晴らしいわね。上質な物語に触れると、明日もまた正義のために戦おうって元気が湧いてくるわ」
ホームズはトコトコと彼女の足元に寄り添い、劇場の記念チャームをそっとトレンチコートのポケットに忍び込ませた。
(フッ……。『芝居よければすべてよし』、か。モリアーティ、君がどれほど完璧な『破滅の台本』を用意しようとも、言葉を愛する表現者がいる限り、この世界の幕を勝手に下ろさせはしないさ。名探偵の事件簿としても……最高の『水揚げ(ハッピーエンド)』かね)
「ワン!」と、ウェスト・エンドの夜空に響き渡る、世界一知的な生の声が一鳴き。
劇場の灯りと言葉の尊さを守り抜いた凸凹バディは、満員の客席から漏れ出る温かい拍手の余韻を背に受けながら、次なる物語の幕を開けるために、ロンドンの街へと軽やかに歩み出すのだった。




