Episode 51:後編
Episode 51:後編
「漆黒のグラフィティと、地下迷宮のチェックメイト(A-N-I-M)」
タイムリミットのカウントダウン
「ピピピピ……」
歩行者専用トンネル「リーク・ストリート」の奥深く。漆黒の壁面に描かれた5匹の『踊る動物』のグラフィティから、ついに不気味な電子カウントダウンの音が響き始めた。スプレー缶の揮発性オイルと水銀を混ぜ合わせた特殊信管が、ウォータールー駅の基盤を巻き込む爆破シーケンスへと突入したのだ。
(残された時間はあと30秒。あの逆立ちした犬、尻尾を跳ね上げた馬……それぞれのポーズが示す構造的圧力のパズルを解き明かし、同時に1点へと衝撃を叩き込まなければ、この地下迷宮ごと吹き飛ぶぞ!)
ホームズは素早く動き、床のスプレー缶キャップ『A-N-I-M』を前足でカチャカチャと動かした。ハート刑事のルブタン・キックのベクトルを完全に導き出すのが名探偵の最後のチェスだ。
[ A - N - I - M ]
(ハート君、壁のグラフィティの色彩(ベクトルの残像)を見たまえ! 奴の暗号の終着点はそこだ!)
ハート刑事の「アニマル(ANIM)超翻訳・決戦編」
「大丈夫よホームズ! 壁の動物たちの『地下世界の守護明王(MINA)』のフォーメーション、私の網膜(写真記憶)に完全同期したわ!」
ハート刑事は、床の文字を対面(逆さま)から脳内のデータベースへと超高速でスキャンした。
「『M』『I』『N』『A』……ミナ! 水面一閃!! ……あーーーーっ!」
(水面……!? 地下トンネルなのに今度は水流の技に変わったか!! 普通に『ANIMAL』の……いや、待て。水面一閃……均一な圧力、そして一点への波紋……!)
「分かったわ、ホームズ! これは、壁に描かれた5匹の動物たちのポーズが、実は**『地下水道の圧力を一瞬で均一化(MINA)する衝撃の角度』**を示していて、私のルブタンのヒールで、壁の『サルの鼻の頭』をマッハ5で一点突破しろっていう、グラフィティ・爆破解除コマンドね!?」
(違う! 技の名前はめちゃくちゃだが……いや、待て。ハート君の言っている『サルの鼻の頭(一点突破)』……! あの5匹のポーズの重心を結ぶ幾何学的な交点は、まさに中央に描かれた猿の鼻の座標だ! あそこに彼女の規格外の脚力を叩き込めば、壁の裏の油圧信管を物理的に圧殺して緊急停止させられる……! ハート君、君の極楽浄土ウォーター格闘妄想は全米のアクション映画界がひっくり返るレベルだが、打撃すべき『臨界点』の特定だけは、やはり世界一の名探偵(私)と完全に一致している!)
リーク・ストリート・グランド・スラム
「ロンドンのアートの聖地を、爆弾魔の落書きで汚させはしないわ! アニマル・ストライク・フィナーレ!!」
ハート刑事は、カラフルなグラフィティが描かれたトンネルの壁面を三角飛びの要領で鮮やかに蹴り上げ、天井の轟音(電車の通過振動)と同調するように高く跳躍した。
彼女のルブタンのヒールが、スプレーの霧の中でネオンのようにきらめく。
爆発まで残り5秒――。
(君が描いた暗黒のシナリオ(暗号)を、私たちのカオスな正義で塗り替えてみせよう!)
「ワン!」
ホームズが床のスプレー缶を前足で激しく蹴り飛ばし、サルの鼻の頭へ直撃させてマーキング(座標固定)!
その刹那、ハート刑事の容赦のない、ウォータールー駅の全重量すら一点に集約したかのような強烈な空中踵落としが、漆黒の壁へと炸裂した!
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ズガァァァァン!!!
凄まじい衝撃波がトンネル内に吹き荒れ、サルの鼻の頭を中心に壁面がバリバリと蜘蛛の巣状にひび割れた。壁の裏の電脳信管は、ハート刑事の物理的な超圧力によって回路を完全に圧殺され、「システム、強制停止」と静かな電子音を漏らして沈黙した。
壁の隙間からは、モリアーティの手先たちが仕掛けた爆破デバイスが火花を散らしてショートし、完全に機能停止した。
色彩の街の静寂
まもなく、ヤードのヤング刑事たちがサイレンを鳴らしてトンネルへ突入し、地上で待機していた爆弾魔の残党たちを全員現行犯でタイホした。
事件解決後のリーク・ストリート・トンネル。
壁の漆黒の落書きは、ハート刑事のキックの衝撃で綺麗に剥がれ落ち、そこへ地元のアーティストたちがさっそく、新しい平和なロンドンの街並みのグラフィティを描き始め、シャカシャカとスプレーの小気味よい音が再び響き渡っている。
(フッ……。19世紀の『踊る人形』は紙の上の孤独な戦いだったが、現代の『踊る動物』は、壁一面の色彩と、この最高に騒がしい相棒(ハート君)がいる。モリアーティ、どんなに時代が変わろうとも、君の完全犯罪のパレットに、我々が負ける色は存在しないのだよ)
ホームズは、アーティストの一人が描いてくれた「トレンチコートを着た美しい刑事と、賢そうなポケット・ビーグル」のグラフィティを見上げ、フッと満足そうに目を細めた。
「見てホームズ! 私たちの新しいグラフィティ、ノーリミッツに格好いいわね! 広報課の次のポスターは、この壁の前で『落書きと爆破は厳禁よ!』ってキャッチコピーに決まりだわ!」
ハート刑事が、新しく描き直された壁の前で元気に親指を立てる。
(……だから、ポスターの宣伝ではなく捜査の報告をたまえ、ハート君。
だが……この新しく塗られたロンドンの平和の香りは、名探偵のアンダーグラウンド捜査としては、最高の『水揚げ』かね)
「ワン!」と、カラフルなトンネルに響き渡る、世界一知的な生の声。
霧の都の地下迷宮で、またひとつ白猫の陰謀を粉砕した凸凹バディは、スプレーの香りを微風に揺らしながら、次の難事件へと力強く歩みを進めるのだった。




