Episode 50:後編
Episode 50:後編
「オーク材の秘密の頁と、ダウント・ブックスの決戦(B-O-O-K)」
午前二時の静寂と、奇妙な駆動音
夜の帳が下りたダウント・ブックス。
ガラス天井から差し込む月光が、昼間の賑わいが嘘のように静まり返ったオーク材の回廊を白く照らしていた。
ハート刑事とポケット・ビーグルのホームズは、旅行書コーナーの暗がりに身を潜めていた。
「コト、コト、コト……」
午前二時を回った頃、静寂を破って、書棚の奥から真鍮の歯車が噛み合うような、極めて微小な駆動音が聞こえてきた。
見れば、昨日まで旅行書が規則正しく並んでいたはずの書棚の一角が、まるで騙し絵のようにわずかに奥へとスライドしている。
そこから現れたのは、目出し帽を被った小柄な男である「電脳ページ泥棒」だった。
男はレーザーカッターが仕込まれた特殊なスキャナーを手に、棚の裏側の「隠し空間」から引き出した古いロンドンの地下インフラ地政学書の手帳サイズに切り取られた頁を、次々とデータ化していた。
(……やはりな。エドワード朝の建築構造を逆手に取った『二重書棚』。奴らは切り取った頁の機密データをすべて吸い上げ、用済みになった本を元の『空間お盆』に乗せて表舞台へ戻す気だ)
ハート刑事の「ブック(BOOK)超翻訳・実戦編」
「そこまでよ、本泥棒! 大英帝国の美しい文学と歴史を、自分勝手なデータにスクラップする罪で、ヤードがノーリミッツにタイホします!」
ハート刑事が暗闇から飛び出すと、犯人は驚愕し、隠し通路の奥へと逃げ込もうとした。二重書棚の隠し扉が、カチリと音を立てて閉まりかける。
ホームズはすぐさま、昨日並べたアルファベットチャーム『B-O-O-K』を前足で激しく叩いた!
(ハート君、あの男が持っているスキャナーのコードラインを狙うんだ! 隠し扉が閉まる前に、奴の逃走経路を遮断しろ!)
[ B - O - O - K ]
チャームの輝きを網膜(写真記憶)にロックオンしたハート刑が、ポニーテールを夜風に躍らせて最後の逆立ち翻訳を弾き出す!
「『K』『O』『O』『B』……クォーブ! 壁面大爆発!! ……あーーーーっ!」
(大爆発をそんな無理矢理な漢字(KOOB)に当てはめるな!! 書店がバラバラになってしまう!! 普通に『BOOK』の……いや、待て。オープン・バースト……『完全に開き直る』……!)
「分かったわ、ホームズ! これは、あの一見頑丈そうなエドワード朝のオーク材の壁(隠し扉)を、**『180度パカッと見開きに割れる特製BOOK』**だと思って、私のルブタンのヒールで背表紙ごとノーリミッツにブチ砕けっていう、バディ・解体コマンドね!?」
(違う! 砕くな、歴史的建造物だ! ……いや、待て。ハート君の言っている『背表紙の破壊』……。
あの隠し扉の回転軸は、ちょうど中央のオーク材の継ぎ目に集中している。
あそこに彼女の正確無比な衝撃を叩き込めば、扉のロックが逆行して『完全に見開き状態(全開)』のまま固定され、犯人を逃げ場のない回廊へと弾き出すことができる……! ハート君、君の破壊衝動は書店の修繕費を跳ね上げさせるが、物理的な『支点』の特定だけは、やはり世界一の名探偵(私)を驚嘆させる!)
ダウント・ブックスのグランド・フィナーレ
「世界で最も美しい書店の本棚を、私のキックでパーフェクトに見開いてあげるわ! ブック・エンド・フィナーレ!!」
ハート刑事は、ダウント・ブックスの美しい手すりを鮮やかに駆け上がり、天井のガラスに向かって高く跳躍した。
彼女のルブタンのヒールが、月光を反射して美しくきらめく。
犯人が隠し扉のレバーを引ききる残り1秒――。
(ロンドンの歴史の頁を、暗黒のシナリオで書き換えさせはしない!)
「ワン!」
ホームズが書棚の隙間に飛び込み、前足で犯人のスキャナーのコードに噛み付いて固定!
その瞬間、ハート刑事の容赦のない、エドワード朝の建築強度すら計算に組み込んだ強烈な踵落としが、隠し扉のヒンジへと炸裂した!
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ズガァァァァン!!!
凄まじい衝撃と共に、隠し扉はバキリと音を立てて文字通り「180度見開き」の状態でロックされ、逃げようとした犯人はその衝撃でオーク材の回廊の真ん中へと派手に転がり出た。
犯人が持っていたスキャナーは粉砕され、盗まれた地政学書のデータは完全に消滅。男はヤードの応援部隊によって、その場で現行犯逮捕された。
朝の光と、キャンバスバッグの「水揚げ」
翌朝、ダウント・ブックスにはいつものように美しい太陽の光が差し込んでいた。
切り取られていた本の頁はすべて犯人の隠し部屋から回収され、腕の良い修復師の手によって、何事もなかったかのように元の本へと美しく綴じ直された。
「ハート刑事、ホームズ、本当にありがとうございました! これで安心して、世界中のお客様をこの美しい本棚でお迎えできます」
店長は涙ぐみながら、ハート刑事とホームズに、お礼として大人気である**「ダウント・ブックス特製のオリジナルのキャンバスバッグ」**の新色をいくつか手渡した。
「わぁ、嬉しい! このバッグ、本当に丈夫で使いやすいのよね! ね、ホームズ?」
ハート刑事がすっかり元の平和に戻った書店の回廊を見渡して、満足げに親指を立てる。
ホームズは、自分の小さな体がすっぽり入るサイズのキャンバスバッグの中にトコトコと潜り込み、中からフッと犬らしく微笑んだ。
(……ふむ、このバッグのキャンバス生地は、私の爪を研ぐのにも丁度いいな。ガジェットを失ったアナログな時代だが、美しき本屋の歴史と頁が守られたのなら、名探偵の夜間勤務としては、最高の『水揚げ』かね)
「ワン!」と、キャンバスバッグの中から響き渡る、世界一知的な生の声。
美しき書店の秘密を守り抜いた凸凹バディは、新しいバッグを肩にかけ、次なるロンドンの事件簿へと軽やかに歩み出すのだった。




