0025 イベントと制裁
「お前ら、こいつ倒せば大量の水晶だ!やるぞ!」
「おう!」
次の番だったプレイヤーを筆頭とした30人近くのプレイヤーが続々と、魔晶ゴーレムのいる部屋に入っていく。
ビジネスをしているプレイヤーは用済みの様に、隅へと追いやられて行った。
「総員、攻撃ー!」
掛け声に合わせて、魔法を使えるプレイヤーたちが一斉に魔法を放った。
放たれた魔法のほとんどは、魔晶ゴーレムへと当たった。
「これ……効いてるのか……?」
本当にこのゴーレムは倒せるのか。もしかしたら倒せないモンスターなんじゃないか。そんなネガティブな思考が頭によぎり始めていた。
「あきらめないでください!所詮、作業に使われていたモンスターの進化です!勝てないわけがありません。皆さんで力を合わせるのです!」
隅で静かにしていたビジネスをしていたプレイヤー、「営業のプロ」はここぞとばかりに声を上げた。
「そうだ……できないはずがない……あのカモを倒すだけだ!押し切るぞ!」
プレイヤーたちはさほど強くはなかったあのゴーレムを思い浮かべて、攻撃を開始した。彼らにとっても水晶ゴーレムは、ただ水晶を集めるための便利な道具でしかなかったのだ。
「いい加減、うちの子を舐めるのやめてもらおうか」
「お前、誰だ?」
プレイヤーたちは突然目の前に現れた人物に意識を移した。
「隙、できちゃったね」
「は?」
紬の言葉に何かを感じ取って、プレイヤーの多くが後ろを振り返る。
彼らの目に映ったのは、目の前へと迫ってくる水晶ゴーレムの大きな拳だった。もう逃げられない。そう悟ったプレイヤーたちは死を受け入れ、その他のプレイヤーは生き残ろうと魔晶ゴーレムに再び背を向けて走り出す。
「嫌だ……嫌だ……こんな雑魚に負けてたまるか!」
「そうです!こんな雑魚、早く倒してください!」
この後に及んでもまだ、生き残ろうとしたプレイヤーの多くはまだ魔晶ゴーレムのことを舐めていた。いや、正確には違う。
自分たちが雑魚に負けたというレッテルを貼られることが許せない。
だから、見栄を張って自分を大きく見せている。それだけのことだった。
「よっしゃ、避けたぞ……」
一部のプレイヤーは魔晶ゴーレムの攻撃から、命からがら生き残っていた。
しかし、30人近くいたはずのプレイヤーは、たったの5人だけになっていた。
生き残った5人のプレイヤー。後ろに隠れていた「営業のプロ」、そして次の番だったプレイヤーたち4人が最後に生き残って、魔晶ゴーレムに牙を向けている。
「それじゃあ、最後は僕が制裁をするよっ!」
紬は一瞬にして、入り口から魔晶ゴーレムの隣へと移動した。
そして魔晶ゴーレムのことを労う様に、背中をポンポンと叩く。魔晶ゴーレムは嬉しそうに「ゴゴ」と声を出した。
「何者かは知らないが、邪魔だ。どかないなら行かせてもらう」
「雷撃」
魔法使いであろうプレイヤーは、紬に向かって雷撃、大量の雷を放った。
放たれた雷撃は、目にも止まらぬ速度で紬のところへと向かっていく。しかし、紬は向かってくる雷撃を見ても眉一つ動かさず、ただ立っている。雷撃が紬に当たる、その時だった。
「反射」
紬が新たに取得したスキル、反射。
効果は、相手の魔法、スキルを1.5倍にして跳ね返すというものである。スキルレベルによって反射できる魔法なども増えていくそのスキルは、このゲームのトップ30には入るであろうスキルだった。
強力になって反射された雷撃は、放ったプレイヤーへと一直線に向かっていく。
避けられるわけもなく、反射された雷撃のスパーク音と共に、光となって消えて行った。
「次は誰?」
紬のその言葉がトリガーになったのかもしれない。
それか、ようやく勝てないことを悟ったことが原因だったのかもしれない。
営業のプロはただ一人、他のプレイヤーを盾にして、紬たちに背を向けて走り去っていく。それも大量のお金を手に抱えて。
「逃すわけないじゃんっ!」
「はぁはぁ……どうでしょう。私と一つ取り引きをしませんか?きっとあなたにとって有益なはずです。どうです?」
「ふーん……話だけ一応聞いてあげるよ」
「私の取引というのは、このダンジョンにもうプレイヤーが入らなくするというものです。その代わり、私が今大量に抱えているお金と私の命を見逃していただきたい。いかがです?あなたにとってもメリットはあるでしょう?」
お金を持ちながらだんだんと後ろに下がっていきながら、彼はそう説明した。
もちろん、紬にとってこの交換条件は全く持ってメリットがない。この取り引きを受けるわけがなかった。
「うん、じゃあバイバイ」
「ちょ、ちょっと待ってください!どうです?私よりあちらに3人のプレイヤーがいます。あっちの方が多く倒せて楽しいでしょう?」
「別に楽しくて倒してるわけじゃないし……それに僕が倒したいの、君だし」
「チッ……話が通じないクソNPCがよ!」
営業のプロはインベントリから、いったいいくつあったのかわからないほど大量の火薬を紬に向かって放り投げた。もしかしたら、紬を倒せていたかもしれない。反射がなければ。
「反射」
反射された大量の爆風と火は、体を包み大きなダメージを与え続ける炎となった。彼のHPはみるみるうちに減っていく。それは決して止まることはなく、早くなっていくばかりだった。
「覚えとけよ!てめえは絶対殺す!」
そう威勢の良い捨て台詞を残して、塵となって消えていった。
「ふぅ……お仕事終了!」
「あのぉ……僕らって見逃してもらえたりしますかね……?」
「僕らデスペナはできるだけ受けたくなくて……」
デスペナ。
多くのプレイヤーに「死にたくない」という感情を植え付けているそれは、死ぬと自分のステータスが1日の間30%減するという中々に鬼畜なものである。
30%減もすれば、簡単に勝てていた様な相手にも勝てなくなる。実際は1日のプレイ禁止の様なものなのである。
彼らは今まさにイベントで結果を残そうと頑張っていたプレイヤーのうちの一人であり、現時点でトップ20に入れてもいる強いプレイヤーたちだった。
そんな彼らのデスペナは何よりも重いものだったのである。
「うーん……いいよ!どうぞ、お帰りくださいませー」
「後ろからグサッとかしないですか……?」
「しないよ、流石にそこまでして倒したくはないから」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
紬によって見逃されたプレイヤー3人は、ゆっくり出口へと歩いていく。
時々、紬の方をを心配そうに見ながら、ダンジョンの出口へと辿り着いた。
「それでは……失礼しました」
「はーい」
礼儀よくお辞儀をした後、紬に背中を向けてダンジョンから出て行った。
紬は出て行った3人を見送った後、その場に座り込んだ。
「すっきりしたぁ!」
紬ははすっきりとした笑顔を見せながら、さっき去っていた3人のプレイヤーのことを思い浮かべていた。
紬はとあることを考えて3人のプレイヤーを生きて帰していた。
「あのダンジョンのマスターは話せば理解してくれる場合もあるぞ」ということを多くのプレイヤーが知れば、この様なことがあってもまたこのダンジョンにプレイヤーが訪れる。要は印象操作のためだった。
「あっ、そろそろ1日目が終わる!」
時計を見ると23:59となっている。
あと1分で長い様で短かったイベントの1日目が終わりを迎える。1日目のことを色々と振り返りながら、1日目が終わるのを座って待っていた。
『イベントの1日目が終了しました。イベント終了まで残り48時間となりました。皆様、良い結果を残せるよう願っております』
運営からのアナウンスが終わると、新しくたくさんのスレが生まれていく。
その中には紬のダンジョンのスレもたくさん含まれている。もちろん、そんなことを紬は全く知らない。
「今日はたくさん寝て、3日目に備えよーっと」
たくさん寝るということを宣言して、紬はゲームからログアウトした。




