125 愛によって救われる。
愛によって救われる。
長い年月をともにすると、あなたと過ごした時間は、あなたと離れ離れになったあとでも、それからの孤独な私の人生と同じくらいに大切な意味を持つようになる。人生は一人じゃないって、誰かとのつながりなんだって、……心から、知ることができる。
……、がたんごとん、と静かな音をたてて、真っ暗な夜の中を幽霊列車が走っている。
「つばさ。どうしてあなたは私と一緒にきてくれたんですか? あなたは私から逃げることも離れることもできたでしょう?」
と豪華な食堂車の真っ白な布のかかっている席にある背もたれのある座っているひまわりは言った。
ひまわりは素顔ではなく、絹のような白い薄いヴェールをつけて、美しい顔を隠している。
ひまわりと同じ食堂室の席の背もたれのある椅子に(ひまわりと顔を向かいあわせるようにして)すわっているつばさちゃんはずっと見ていた、ときおり、ぼんやりとしたオレンジ色の炎のような明かりが通り過ぎるだけで、あとはなにも風景の変わらない幽霊列車の真っ暗な窓の外から幽霊ホロウの星のある大きな瞳を動かして、(まるで、ここは本で読んだことのある、心の中で空想していた深くて真っ暗な海のそこのようだとつばさちゃんは思った)ひまわりをみる。
それからつばさちゃんは「ひまわりお母さんが、ひとりぼっちになってしまうからです」と小さく笑って美しい天使のような声で、ひまわりに言った。
「つばさ。私はあなたのことを忘れていたのですよ。ううん。それだけではありません。私はつばさ。あなたが生まれる前に、この世界に誕生していた幽霊ホロウの子供たちを、つばさ。あなたの幽霊ホロウの友達をたくさん捨てました。私は自分の大切な子供たちをいっぱい捨てたんです。私はひどいお母さんなんです。そんな私のことを、まだあなたは見捨てることなく、愛してくれているのですか?」とひまわりはいう。
丸い食卓の上には、火の灯ったろうそくの明かりがある。綺麗な水のはいっている大きなガラスの瓶と透明なグラスがひとつだけ、おいてあって、その丸いグラスには大きな丸い形をした氷と水がはいっている。
美味しそうな食事もおいてある。白いお皿の上には、分厚いお肉と温めたニンジンやブロッコリーなどの野菜とあったかいパンがある。それから、スープもある。(コーンスープのようだった)それと三角形の形をしたチョコレートケーキとストロベリーのケーキのったお皿もあった。でも、食事は一人分だけで、つばさちゃんの前にはなにもおかれてはいなかった。
その水をひまわりは一口だけ(口元のヴェールあげて)飲んだ。
「ひまわりお母さん。みんなひまわりお母さんのことをずっと最後まで愛していました。みんな、誰もひまわりお母さんのことを嫌いになった子はいませんでした。私にはそれがわかります。『みんなの心が、ちゃんと私に伝わってくるんです』。たくさんの声も聞こえてきます。みんなひまわりお母さんのことを愛しているって言ってます。この世界に産んでくれてありがとう。命をくれて、心を与えてくれて、ありがとう、お母さんって言ってます。私もひまわりお母さんのことは大好きです。……ずっと、ひまわりお母さんのことを愛しています」と子供っぽくにっこりと笑って、つばさちゃんは言った。
ひまわりは少しの間だけ沈黙する。
「つばさ。愛とはいったいなんでしょう?」とひまわりは言った。ひまわりの声は少し震えている。もしかしたら、ひまわりはその白い薄いヴェールのうしろで、泣いているのかもしれない。(ひまわりは子供のころからずっと、寂しがり屋で、泣き虫だった)
「難しいお話は頭の悪い私には、よくわかりません。でも、ひまわりお母さん。私にとっては、『愛は、ずっとひまわりお母さんのこと』です」とにっこりと笑ってつばさちゃんは言った。
そのつばさちゃんの言葉を聞いて、ぴたっとひまわりの動きがとまった。
……、がたんごとん、と幽霊列車の走る音が聞こえる。
「お母さん。ひまわりお母さんにとって愛はなんですか?」とつばさちゃんは言った。(食堂車の背もたれのある椅子が大きいので、床まで足の届かないつばさちゃんは届かない白い足をぶらぶらと動かしている)
ひまわりはゆっくりと自分の顔を隠している絹のような白い薄いヴェールをとった。すると、ひまわりはやっぱり泣いていた。美しい素顔になったひまわりは、じっとその(涙でいっぱいの)潤んだ青色の目でつばさちゃんを見て、にっこりと子供っぽい顔で笑った。
「私には愛がなんなのか、まだ、よくわかりません。だからつばさ。私が愛を見つけることをこれから一緒に手伝ってくれますか?」
と(ぽろぽろと涙をこぼしながら)涙声でひまわりは言った。
そのひまわりの言葉に、「……はい。もちろんです。ひまわりお母さん。私はひまわりお母さんの子供ですから」とその幽霊ホロウの星のある大きな瞳に、大粒の涙を浮かべながら、うれしそうな顔をして、にっこりと笑って、つばさちゃんは言った。
(ぱちぱちぱち、とたくさんの拍手の音がどこからか、聞こえた。それはきっと、幽霊ホロウの子供たちがひまわりとつばさちゃんの二人を見て、思わず祝福をするために、叩いた拍手の音だった。おめでとう。ひまわりお母さん)




