第9話 加賀見助教授の自立思考システム
2020年7月26日 投稿
「アシカビの自立思考システムの概要はどのようなものなのですか?」
「アシカビの自立思考システムか…… 」
「俺も気になります」
天野の質問にクニヨシも乗ってきた。
会話の成立するAIは多く存在する。
しかし、基本的にこちらからの質問に対して、データベースから類似した質問を探し出し、その答えを返すと言ったものであり、予想だにしない言動や行動を起こす事は無い。
「私はアレを、厳密には自立思考AIだと思ってはいない」
「「え?」」
「それを説明する前に、ちょっと話をしようか」
アシカビを自立思考AIでは無いとは、どういう事だろうと思いつつ、耳を加賀見助教授にかたむける。
「たとえば…… ある女性に『あなたの足は大根のようだ』と言ったら、どうなると思う?」
「……それは怒られるか、嫌われる事が確実じゃないかと…… 」
「なぜ?」
「一般的に『太くて大きな足だ』と、言ってるのと同じだからです」
「その通りだな、だが元はこの言葉は『白くて綺麗な足』と言う意味を持っていたのだ」
それを聞いて、天野とクニヨシは、同じタイミングで一瞬チラリと加賀見助教授の美脚に目をやる。
「それが時代の流れと共に『太くて大きな足』へと、変化し全くの真逆の意味を持つことになった。これと別に時間の経過と関係なく、言葉には全く真逆の意味合いを持つことがある。『皮肉』などが分かりやすいと思う」
理解できる。
二人は同じように頷いた。
「AIは言葉の意味を理解する事は、今では完全に出来ている。だが会話の流れから発せられた。言葉の裏の意味『真意』を理解する事は、まだ難しい。そこでアシカビのシステムだが、アレは外部情報を得て成立させているようなものでな、二人は以前ガイアでアシカビから、小惑星の大気圏突入の様子を見ただろう?」
「いきなり見せつけられた、とういう感じなのですが…… 」
思い出したのだろう、不満げなクニヨシが答える。
「あの行動は私がそうしろと命令した訳でなく、アシカビ自信が考えて行動したわけでもない」
「え? それってどういう…… 」
「あれはな、例えば[とある場所に、はじめて見る若い二人の男性]に対して、どの様な行動をとるか? という事を『第三者』に[このように行動しろ]と命令を受けている様なものなのだ」
「『第三者』?」
「ああそうだ[Aの時Bの位置でCの状態であるならば、行動はどうする?]かなり大雑把だが、簡潔にいうとアシカビの行動指針はこれだけで決まっている。その行動こそが外部情報を元にしているのだ」
惚ける二人に、彼女は軽くフッと笑いながら言葉を続けた。
「あの時は、私の[学生のアシストをしろ]という命令を実行した後、第三者から[驚かせろ]という命令を受けたようなものなのだ」
「誰ですか!」
「誰でもない第三者『達』によるものだ、映画・ドラマ・アニメーションなどのメディアを含む、ネットからのあらゆる情報をリアルタイムで収集し、それを元に自己学習し行動指針としていく。それがアシカビの思考システムの全容。私の命令は絶対的な第一命令として、それ以外は『第三者』にアシカビの行動は任せているという事だ。もちろん、犯罪に類する行為や中傷・誹謗といったものにはプロテクトを掛けているがな」
あれは犯罪に含まれないのだろうか? と思いつつ加賀見助教授に言う。
「あんなもの子供が見たら泣き出しますよ」
「はは、悪いな。今年に入ってから[悲しませる・驚かせる]と言った、行動パラメータの調整を行なっていたんだが、その影響が出たのだろう」
「外部情報を取り込んだ後の行動指針は、そのパラメーター調整で方向性を測るわけですね」
なんとなく見えてきた、アシカビはいくつもの命令の中から、与えられたパラメータに最も合致する命令を選んで行動する。
パラメーターを動かせば行動パターンが広がる。
天野は[多様性]について頭を張り巡らせていた。
(このシステムなら差別化を図れると思う。しかし、これは個性と呼べるものなのだろうか?)
「おい…… 」
クニヨシが肘で突つく。
思考に入り込んでいた天野は、我に返り加賀見助教授の方を向いた。
そこにはキョトンとした、加賀見女教授の顔があった。
「あ…… すいません」
頭を下げる天野に、彼女は微笑みを返す。
「かまわんよ。質問は以上か?」
「はい」
「では早速作業に取りかかってくれ、何か問題があればアシカビを使っても良い」
展開しているシステムルーティンから光が放たれ、光の粒子とともにアシカビの姿に戻る。
その顔は非常にイヤそうなウンザリしたものだった。
「え〜〜〜」
「命令だ!」
「あ〜い」
アシカビは気の抜けた返事とともに足元から消えていく。
頭部が消える寸前で、二人に向かい〈あっかんべー〉をして消えていった。
「嫌われたものだな」
クニヨシが呟く。
「お前がな」
天野は即座に返した。
「さあ講義が始まるぞ、立木。次の講義は受けておけ、必要になる」
「はい」
話は終わりと席を立つ。
一度ぺこりと頭を下げて、扉に向かう。
「それでは、失礼します」
クニヨシがドアノブに手を掛け、扉が少し開いた時に加賀見助教授は二人をよびとめた。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
彼女は二人に向かって近づき、その途中でホワイトボードに貼られた一枚の用紙を剥がすと、それを天野に差し出した。
“夏季合宿のお知らせ“
そう書かれた用紙を受け取る天野。
「中間硏究発表会を十月に行うのは知っていると思うが、それに向けて強化合宿を行う」
「強制参加ですか?」
「そうだ、高木研究室のシステム課とAI課の合同合宿になる。そこで各々の研究課題を発表してもらう」
うんざりとした表情を浮かべる二人に、彼女は笑いかける。
「というのは建て前でな、二泊三日の旅行のようなものだ」
安堵の息を吐くクニヨシ。
天野はそれを聞いても浮かない顔だった。
「どうした? 天野、何か問題があるのか?」
「いえ…… 」
小さく返事をする天野に対して、横からクニヨシが口を挟んできた。
「あ〜っと、すいません、こいつ極度の人見知りでして」
「そうなのか?」
「ええ、こいつコンパに誘っても全然来なくって、高木研究室でもほとんど、こいつのこと知らないんですよ」
天野はほとんど他人と喋る事は無い。
声を掛けられたら普通に受け答えはするが、自分から声を掛ける事は、全くと言っていいほどしていなかった。
「ならば、なおさら参加すべきだな。AI課でなくとも、同じ研究室の者を知らずにいることは良くない」
加賀見助教授は〈しょうがない〉とばかりの少し困った表情で諭す。
「…… はい」
それに対して天野は、やはり小さく答えただけであった。
「失礼します」
クニヨシの言葉を合図に、扉が閉められる。
それを見終えると、加賀見助教授は自分の机に向かうのであった。
天之御中主神……アメノミナカヌシノカミ
世界で一番初めに出現した神様。
古事記の中では、特に何をすることもなく、すぐにいなくなっちゃう神様。
造化三神の一柱。
この物語では〈量子コンピュータ『天』〉がその存在として表している。(つもり)