第1章19 『殺戮刀』★
零士が帰宅したのは夜も遅くなった時間、アパートの正面から入れば真妃に刀やお面の事がバレてしまう、まるで盗みに入る泥棒のように2階の窓から部屋に戻った。
声の主の正体は『九鬼信長』と名乗り零士の前に姿を表した、もう300年以上前の人物が霊体となって目の前に出てきたのは何故だろう。やり残した事があるからだろうか、だが信長はこう言っていた、『願いが叶う』と、そして零士の事を『器』と呼んでいた。
結局目的を知る事はできなかったが、信長が何かを起こすつもりなのはわかった。刀とお面を押入れに隠してベッドに倒れ込む、どっと疲れが押し寄せてきたのか直ぐに眠気に襲われる。このまま睡魔に飲み込まれようと身を委ねた時だった、部屋のドアをノックする音が耳に入り身体を起こす。
「はい」
『私だ、入るぞ』
扉の向こうから聞こえてきた声にドキッとする、返事をしてから直ぐに扉は開かれて暗い部屋に入ってきたのは真妃。暗くて表情は良く見えないが空気が何かを物語っていた、いつも真面目な話をする時はじっと零士の目を見てから口を開くのが真妃だ。
座布団にも座らず、ベッドにも座らないでただ立ったまま零士を見つめる。つい、目を逸らしてしまう。
「いつ帰ってきたんだ」
「さっきだよ」
「どこに行っていたんだ」
「ちょっと散歩に」
「そうか、散歩か」
喉が渇きそうになる、心臓の脈打つスピードが早く聞かれてしまいそうになる、背中は変な冷や汗を流し手汗も酷い。何かを探られてる事くらいは零士にだってわかる、でも今ここで霊力を手にして行動している事がバレたら不味い。頭をフル回転させて何か言い訳を考えていると、
「お前はいつからそんな嘘を付くようになったんだ」
「う、嘘じゃない。本当に俺は散歩に…………」
「アハハ! お前は嘘を付くのがヘタクソだな」
「………………」
「零士、その黙りは認めてる事になるぞ?」
嘘を貫くつもりが上手く言い返せない状況になってしまった、しかしどうして零士が嘘を付いているとわかったのか、ただカマをかけているだけなのだろうか。何とかして今の空気を変えなければどうなるか…………
「なぁ、零士? 私は霊滅師をやり始めて長いんだ、気配や霊力を持つ者のオーラも見える。何が言いたいか分かるか?」
「わ、わからない」
「そうか、わからないか」
「俺もう寝るからさ、出てくれないか」
「それは悪かったな、おやすみ」
「おやすみ…………」
敢えて下がってくれたのかわからない、背を向けて部屋から去る時にチラッとこちらを見た時の目は零士では無く別の何かに対して『睨』んでいた。変な緊張感から解放されるとそのまま枕に倒れて眠りについた。
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朝になると零士は制服に着替えて学校に向かう準備をする、朝ごはんを食べるために真妃の部屋に行くが姿がなかった。テーブルには書き置きが残してあり、『悪いが今日は先に出る』と記されていた。昨日の事もあり一緒に居ると空気が悪くなると気を使ってくれたのかもしれない、零士は冷蔵庫からクリームパンを取り出してかじりながらアパートを出た。
珍しく千影も部屋にこなかった、いつもなら目覚ましと同じタイミングでやって来るのだが今日はそれも無かった。いつも正輝と合流するポイントまでやって来ると、
「よっ、なんだよ浮かない顔してよ?」
「いや、ちょっと寝付きが悪くてさ」
「そうなのか? それより昨日の…………」
通学路を歩きながら他愛の無い話をしながら学校へ向かう、千影が居ない事に寂しさを覚えた零士は、どこか上の空のまま学校生活を送る。千影は今日学校には来なかった、連絡を入れても返事は無く帰り道も正輝と2人だけとなった。
そして、今日もまた夜になると霊鬼の気配を感じた零士。準備ができると部屋の窓から飛び出して現場へ向かう、場所は駅前広場の噴水のある所。千影とデートで待ち合わせをした場所だ、刀を引き抜くと歩きながら霊鬼を探す。
「どこだ?」
「器」
「その呼び方どうにかしてくれないか?」
「お前は私の器だ、それ以上でもそれ以外でも無い」
「わかったよ、それより何だよ」
「ここに霊鬼なんて居ない」
「は?」
信長は変な事を言い始める、今も感じている霊鬼の気配。それなのにこの場所に居ないと話す、だが言う通りなのか姿形は見つけられない。そして今更ながらに気がつく、霊鬼や邪魂が現れた際に感じる息苦しさが無いと。
でも霊鬼並の霊力を肌には感じている、どういう事なのか。
「器、お前は罠に掛かったのだ」
「罠? なんの?」
「昨日あの女は私を見ていた、それだけでわからないのか?」
「あの女? …………まさか」
昨日の出来事を零士は思い出す、真妃が零士では無く別の場所に睨んでいた目を。あれは壁や外を見ていた訳じゃなく、そこに居た『信長』に睨みつけていた事になる。
「私が姿を表に出したことにより、霊力が高まったからな。これは私の誤差でもある」
「それって、バレたって事か?」
「フフ、それはそこで隠れている者達に聞けばいい」
者達? と指をさした方を零士は見つめると茂みから姿を表す。街灯の光がその暗い影を照らし出しハッキリと顔が見えた、そこに居たのは、
「お久しぶりだな? いつかのお面」
「………………」
刀を持った女が2人、間違いなく真妃と千影だった。
お面に隠れているとは言え動揺と焦りまでは隠せなかった、逃げ出したい、この場から逃げ出したいと思考がマイナスな考えを持ち始める。
千影は黙ったまま零士を睨みつける、いや、零士の横に浮遊している信長に睨みつけていた。
「霊鬼クラスの霊力を一時的に流せば必ず来ると思った、そのお面だと喋りにくいだろ? 今楽にしてやる」
それを言ってから早かった、刀を引き抜いたのかすら見えない速度で抜刀し鞘に収めた。狙いは完璧でお面は綺麗に真っ二つに割れて、地面にカランと何回か跳ねる。俯いていた顔をゆっくりと上げると、
「零士………………さん」
「今日一日お前を千影に見張らせた、そしてお前が部屋を飛び出す所まで正輝に見張らせた」
「そう、だったのか」
「零士さん、どうしていつの間に力が!?」
千影は今にでも飛び出してこちらに言い寄りそうだが、真妃に腕を掴まれる。零士は何も答えずに居ると真妃はある事を話し始める、それは千影の母親である美鈴から『わずかだが霊力を感じた』と連絡があった事、たまたま庭掃除をしていて倉庫の鍵が壊れていて刀が無くなっていた事。
千影とデートに行った日は残念な事に歯車が噛み合わず、全てが狂った日でもあったようだ。そして千影と登った展望台での時、微かに感じた零士から放たれた霊力。
そして昨日の帰宅した時間の遅さが全て繋げてしまった。
「………………」
「零士、お前が持っている刀は良くない物だ。その刀を返すんだ」
「……………それはできない」
「それはどうしてだ?」
「それは、それは…………」
大切な人を守る為に力を手にした筈なのに今思えば別行動をしている、そして信長の目的を実行する為に協力している。力を得た引き換えに皆とは違う事をしている、こんなつもりじゃなかった零士。ただただ自分だけ何の力も無い事に嘆いていた、自分だけ何も出来ないのが悔しいから、自分だけ守られてばかりなのが嫌だったから。
「皆を守りたかったんだよ…………いつもいつも守られてばかりで……………」
「零士さん……」
「大好きな奴を守れないとか有り得ないだろ…………何で守られてなきゃいけないんだよ? 皆が危険な戦いをしてる中でどうして1人だけ安全な場所なんだよ」
「………………」
情けないと思っていても悔しさで涙が止まらなくなる、えぐえぐと声も上手く出ない中で、今まで思っていた事を打ち明け始める。いつも男の自分だけ安全な場所で過ごし、親友である正輝は戦いに参加できる力を持ち、彼女の千影も何度も危険な目にあっているのに、
「どうしてさ? 答えてくれよ………………」
「零士、お前は力を手に入れてどんな気分だ。楽しいか? 満足か? カッコイイとか思っているのか?」
「わからない」
「ならお前に刀を握る資格は無い、力欲しさに溺れるような人間に刀を使う資格は無い」
「し、真妃さん?!」
強い言葉をぶつけられた零士は手から刀を落とした、ゆっくりと地面に膝から崩れ落ちる。もう何も思いつかなかった、元々刀を握る力なんて無かった。それでも刀を握れるようになったのは別の力による影響、その与えられ方は褒められたものでは無い。
何故ならば『鬼狩り』は大量の殺戮刀で、300年前に起きた霊鬼大戦の時に鬼が使用し霊滅師を狩り尽くしたと言われ、当時神社だったアパートの倉庫に封印されていたのだ。
それを握った者は正気では居られないと危険視されていたのも一つ、零士が『別の何かに操られている感覚』を得ていたのもそれが原因。
「私は零士さんが無能だとか、頼りないとか思っていません! 力なんてあっても意味無いです、零士さんは毎日私を守ってくれていますから!」
「千影…………」
「ですから、いつもの零士さんに戻りましょう? ね?」
ゆっくりと膝をついた零士に近づく千影、彼女の顔を見るにも涙で曇っていてよく見えない。それでも明るく眩しい笑顔は太陽より月より明るくて、柔らかな光が零士の心を照らしてくれる。
零士は、『あぁ、そうか。力なんて無くても守る事はできるんだよな』と口にはしていないが心でそっと呟く、
――――しかし
「全然、霊魂は足りないがまぁいいだろう」
「ぐっ!?」
「器よ、お前の役目は一先ず終わりだ。その肉体さえあれば私一人でもなんとかなる」
「ぐぁぁぁぁぁあッッッ!?」
「零士ぃ!!!」
ずっと黙っていた信長は零士の身体の中へ侵入していく、千影は勢いを付けて真妃の居る場所まで下がり刀を引き抜く。零士の身体から大量の黒いオーラを放出し、嫌がり暴れる零士を押さえ込み動きが止まる。
グラッと立ち上がると零士の瞳は灰色に怪しく光る、零士の意識を奪い取り今は信長の自由になっている。地面に落ちた刀を拾い上げ引き抜くと、刃先は二人へと向けられる。
「零士さん! しっかりしてください!」
「無駄だ、零士は完全に意識を持ってかれている」
「どうすれば良いのですか!」
「落ち着け、正輝を呼んでこい」
「真妃さんはどうされるつもりですか?」
「何とかする、だから早く!」
「わ、わかりました」
信長は『全然力が足りていない』とさっき話していた、真妃は『今なら倒す事ができる』と考えているが身体は零士だ、問題は中に入った信長をどうやって引きずり出すかだ。
傷付けずに中から信長を引きずり出すにはどうすれば? 普段使わない頭を回転させて考えるが思いつかない。
「長い夜はここからだ、フハハハハ!!!」
零士の声に妙な音が混じった喋り、真妃は『死』を覚悟して刀を構えて、
「弟を返してもらうぞ、化物ォ!!」




