1話 転生したけどハズレスキルでした
死んだ。
――たぶん。
最後に覚えているのは、見上げた空と、ものすごい音。
それから先の記憶が、ぷつりと途切れている。
そして今。
「……ここ、どこ?」
私は真っ白な場所に立っていた。
床もない。
壁もない。
天井もない。
なのに、なぜか立っている。
「えっと……夢かな?」
頬をつねってみる。
「いたっ」
夢じゃない。
じゃあ、ここはどこなんだろう。
きょろきょろしていると、少し離れたところに人影が現れた。
白い服を着た女性だった。
長い銀色の髪。
透き通るような肌。
そして、どう見ても普通の人間ではない雰囲気。
その人は私を見ると、にこりと笑った。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……?」
「突然ですが、吉永美里さん あなたは亡くなりました」
「……」
やっぱり。
「ですよねぇ……」
女性は少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、ご安心ください。あなたには次の人生をご用意しております」
「次の人生……?」
「はい」
女性が手を差し出す。
すると、何もなかった空間に光が集まり、一枚の巨大な板のようなものが現れた。
そこには、見覚えのあるような文字が並んでいた。
――職業。
「……ゲームみたい」
「似たようなものだと思っていただいて構いません」
「へぇ……」
思わず近づいてしまう。
そこに表示されていたのは、
《剣士》
《魔術師》
《聖職者》
《錬金術師》
《鍛冶師》
《商人》
《薬師》
《農民》
《冒険者》
などなど。
「この世界では、十五歳になると職業が与えられます」
「なるほど……」
「職業によって、習得できる技能や成長しやすい能力が変わります」
「じゃあ、強い職業を選べばいいんですね?」
「残念ながら、職業そのものは選べません」
「えっ」
選べないんだ。
ちょっと残念。
私は一覧を眺めながら考える。
剣士は強そう。
でも、剣なんて持ったことがない。
魔術師も格好いい。
でも、魔法って難しそう。
聖職者は……人を助ける仕事かな。
私には無理そう。
商人はお金を稼げそうだけど、人といっぱい話さないといけなさそう。
「うーん……」
悩んでいると、女性が口を開いた。
「ただし、転生者であるあなたには一つだけ、特別な選択ができます」
「特別な選択?」
「はい」
新しい画面が表示された。
そこには五つの項目。
――戦闘。
――知識。
――商売。
――生産。
――資源。
「これは、あなたの人生において、どの分野に適性を持たせるかというものです」
「なるほど……」
私は腕を組む。
戦闘。
却下。
怖い。
知識。
うーん。
勉強は嫌いじゃないけど、ものすごく頭がいいわけじゃない。
商売。
お金は欲しい。
でも、人と話すのは疲れそう。
生産。
ちょっと楽しそう。
そして――資源。
「……資源?」
「はい。採取、採掘、薬草、鉱物、素材などに関係する職業が出やすくなります」
「素材……」
なんだか、地味そう。
でも。
「……あの」
「はい?」
「素材って、売れるんですか?」
「もちろんです」
「いくらくらいですか?」
女性は少し考えるような顔をした。
「一般的な薬草なら、銅貨数枚程度でしょうか」
「ふむふむ」
「珍しい薬草なら銀貨数枚」
「ほう」
「希少な鉱石なら銀貨数十枚になることもあります」
「……ほう」
「非常に珍しい魔物の素材なら、金貨数枚」
「…………」
「伝説級の素材ともなれば――」
女性が少しだけ笑う。
「一つで家が買えるほどの値段になることもあります」
「………………」
私は黙った。
資源。
資源かぁ。
いいなぁ。
なんだか、とってもいいなぁ。
「……これにします」
「即決ですか?」
「はい」
私はにこっと笑った。
「お金持ちになりたいので」
いくら働いても税金税金 支払いがおおくてお金が無いことに毎日絶望してたからなぁ。
美里は呟く。
「……そうですか」
女性が微妙な顔をした。
なぜだろう。
「ただし、一つ注意があります」
「はい?」
「価値の高い素材ほど、危険な場所に存在します」
「……」
「希少な薬草は魔物の生息地に」
「……」
「珍しい鉱石は危険な山岳地帯に」
「……」
「最高級の魔物素材に至っては、その魔物自身が守っています」
「…………」
なんだろう。
急に嫌な話になってきた。
「つまり?」
「素材を採取するためには、それなりの危険が伴います」
「……戦わないといけないんですか?」
「必ずしも戦う必要はありません」
「!」
「逃げても構いません」
「……!」
それなら。
「じゃあ、大丈夫です」
私は胸を張った。
戦わなくていいなら、なんとかなる。
たぶん。
「それでは、あなたの転生先を決定します」
女性が手をかざす。
光が私を包み込んだ。
「新しい世界でのあなたの名前は――」
――ラウラ。
その名前が、頭の中に浮かんだ。
「ラウラ……」
なんだか、かわいい名前。
「では、いってらっしゃいませ」
「はい。頑張ってお金持ちになります!」
最後にそう言って。
私は光の中へ消えていった。
――ラウラ。
それが、私の新しい名前だった。
そして私は、農家の娘として生まれた。
「ラウラ、起きなさい。朝ですよ」
「……んぅ……」
優しい声で目を覚ます。
木造の小さな家。
窓から差し込む朝日。
藁を詰めたベッド。
そして、私の顔を覗き込んでいる女性。
「お母さん……?」
「おはようございます」
「……おはよう」
私はまだ眠たい目をこする。
お母さんは笑って私の髪を整えてくれた。
「今日は畑のお手伝いをしてもらいますからね」
「……はぁい」
この世界での私の両親は、どちらも農家だった。
父は畑仕事が得意で、母は野菜の加工や保存が得意。
決して裕福ではない。
けれど、貧しくて食べられないほどでもない。
畑で野菜を育て。
鶏を飼い。
余った作物を町で売る。
そんな、どこにでもある小さな農家だった。
「ラウラ、今日は一緒に畑を見てくれるか?」
「うん!お父さん」
大きな手が、私の頭を撫でる。
この人が、お父さん。
最初は不思議だった。
前の人生の記憶がある私にとって、赤ん坊から始まる人生は少し変な感覚だった。
でも。
抱き上げてもらったこと。
熱を出したときに看病してもらったこと。
初めて歩いたとき、両親が大喜びしてくれたこと。
畑で採れた苺を、こっそり一つ多くもらったこと。
そういう小さな出来事が積み重なって。
いつの間にか、この二人が本当の両親になっていた。
五歳。
私は畑の雑草を抜いていた。
「ラウラ、その草は抜いて大丈夫ですよ」
「はーい」
土に手を入れる。
ぐいっ。
雑草が抜ける。
「できた!」
「上手ですね」
お母さんが笑う。
私は嬉しくなって、次の雑草を探す。
――ただ。
「……あれ?」
畑の端に、小さな葉っぱが生えていた。
見たことのない植物。
「お母さん。これ、なーに?」
「どれですか?」
「これ」
お母さんがしゃがみ込む。
「あら……」
少し考えてから、
「たぶん薬草ですね」
「薬草?」
「町の薬師さんに持っていけば、買ってもらえるかもしれませんよ」
「……お金になる?」
「ええ」
「!」
私は目を輝かせた。
「じゃあ、大事に育てよう!」
「ふふっ。ラウラはお金が好きですね」
「だって、お金があったら、おいしいもの買えるもん!」
「そうですね」
この頃から私は、素材や植物に興味を持つようになった。
八歳。
畑仕事にも慣れてきた。
土の状態。
水の量。
季節による作物の違い。
どの葉が病気なのか。
どの雑草を残していいのか。
少しずつ分かるようになっていった。
「ラウラ、この野菜はどうだ?」
「もう少し待ったほうがいいよ!」
「どうして分かる?」
「葉っぱの色!」
「……よく見ているな」
お父さんが嬉しそうに笑った。
私は土や植物を見るのが好きだった。
それに。
畑にはお金の種が埋まっているような気がしていた。
野菜。
薬草。
果物。
花。
育てて、採って、売る。
なんだか楽しい。
「いつか、自分でいっぱいお金を稼いでみたいなぁ」
そう呟くと、お母さんが笑った。
「では、頑張って働かないといけませんね」
「……働くのかぁ」
私は少しだけ嫌そうな顔をした。
十二歳。
私は町へ行く機会が増えた。
農作物を売るためだ。
市場には、いろいろなものが並んでいた。
薬草。
鉱石。
魔物の皮。
角。
牙。
見たこともない木の実。
「……これ、全部売り物なんだ」
私は目を輝かせる。
店先に並ぶ素材を見るのが好きになった。
そして、気づいた。
同じように見える薬草でも、値段が違う。
採取する場所。
時期。
状態。
品質。
それによって価値が変わる。
「面白い……」
私は町の図書館で素材図鑑を借りるようになった。
家に帰ってからも読む。
薬草。
鉱石。
木材。
魔物素材。
読めば読むほど面白かった。
十四歳。
私は自分の将来について考えるようになった。
農家を継ぐ。
それも悪くない。
お父さんもお母さんも優しい。
畑仕事も嫌いではない。
だけど――
「できれば、もっとお金が欲しいなぁ……」
夜。
ベッドの中で私は一人、天井を見上げる。
「お金がいっぱいあったら……」
大きな家に住んで。
美味しいものを食べて。
暖かい布団で寝て。
雨の日は外に出なくていい。
働きたくない日は働かなくていい。
「……最高だよねぇ」
誰もいないので、思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
そして、十五歳の誕生日。
職業を授かる日がやってきた。
「次の方、どうぞ」
「は、はい」
私は教会の中央に立った。
大きな水晶玉。
その前に神官様。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ラウラと申します」
「ラウラさんですね。それでは、水晶に手を置いてください」
「はい」
私は恐る恐る手を伸ばした。
指先が水晶に触れる。
――ぽう。
淡い光が水晶の中に灯った。
文字が浮かび上がる。
神官様が目を細めた。
「……これは」
「?」
嫌な予感がする。
神官様は水晶に浮かんだ文字を読み上げた。
「職業――」
一瞬の間。
「《素材採集士》です」
「……」
静まり返る教会。
周囲にいた人たちが、ざわざわと話し始める。
「素材採集士?」
「聞いたことはあるけど……」
「戦える職業じゃないだろ」
「冒険者になるのは厳しいな」
胸が、少しだけ痛くなった。
ハズレ職。
たぶん、そういうことなんだろう。
私は水晶を見つめた。
「……素材採集士」
でも。
私は知っている。
素材は売れる。
そして、価値の高い素材なら――
「……お金になる」
思わず口に出してしまった。
「はい?」
「い、いえ。なんでもありません」
慌てて首を振る。
すると神官様が、何かに気づいたように目を見開いた。
「お待ちください」
「はい?」
「職業だけではありません」
神官様が水晶を覗き込む。
「固有スキルがあります」
「固有スキル……?」
水晶の中に、もう一つ文字が浮かんだ。
――《素材採取》。
「……」
私は目を丸くした。
「これは……」
神官様が読み上げる。
「対象となる素材を、その素材に適した方法で採取することができる……」
教会がざわめく。
「かなり珍しいスキルです」
「珍しい……?」
「はい。通常の採取とは違い、素材の状態を損なわず、最適な方法で採取できるようです」
私は水晶を見つめた。
素材。
採取。
そして――
「……これ、お金になりますか?」
「え?」
「その……このスキルで採った素材は、高く売れますでしょうか?」
「それは素材によりますが……」
神官様は少し考え、
「品質の高い素材を安定して採取できるのであれば、十分な収入になる可能性はあります」
「……!」
胸の奥が、ぽんっと明るくなった。
「そうですか!」
私は眼鏡の位置を直す。
そして、小さく笑った。
「それなら、よかったです」
周囲からは、
「ハズレ職なのに……」
「本人は嬉しそうだな」
そんな声が聞こえる。
でも、私にはもう関係ない。
だって。
お金になる。
それだけで十分だ。
「よし……」
私は誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「いっぱい採って、いっぱい売って……」
そして、将来を想像する。
大きなお家。
ふかふかのベッド。
おいしいご飯。
暖かいお風呂。
そして――
「働かなくてもいい生活……」
最高だ。
最高すぎる。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
――このときの私は、まだ知らなかった。
《素材採取》というスキルが、ただ素材を採るだけの能力ではないことを。
もちろん本人は――
「……魔物、出ませんように」
そんなことしか考えていなかった。
こうして。
農家の娘だった少女、ラウラの異世界生活が始まった。




