◆第22話 月虹婚約儀──杯と鍵の口移し
翠樹海を抜けると、雲を貫く石柱群が白昼の月虹を抱いていた。ここ――**月虹石柱宮**こそ、「杯の巫女」と「雷哭の姫」が縁を結ぶ聖域。
石肌を撫でる風は冷えた薄荷と花蜜の匂いを運び、足元の大理石は微細な魔導脈を走らせて紫白の光を散らした。
堂内。ラジアは儀礼用の**秘跡衣**に身を包む。薄布のレース越しに浮かぶ丘は雪灯りのように透け、星飾りの鎖骨を淡く照らした。
対する深音は紫紋を織り込んだ半透明の法衣。肩から裾へ雷紋が流れ、動くたび霧散する静電火花が野生の稲妻を思わせた。
「御主……視線が熱いぞ」
「す、すまん。見惚れてた」
**誓印**は「互いの飲み物を口移しで分かち合う」こと。
ラジアが月虹酒をほのかに含み、深音の唇にそっと重ねた。瓶越しの炭酸が舌先で弾け、紫電がまるで花火のように唇間で煌めく。
心臓が跳ねる音が石柱を共鳴させ、俺の胸奥で雷禦ノ皇器が荒ぶ。肩越しの銀髪――シャルトリューの視線が一瞬泳ぎ、逢月はマストで鍛えた腕を組みつつも耳朶を赤く染める。焔豹は「溶鉱の火より熱いな」と鼻柱で笑い、鈴寂は拳を握りつつ視線を宙へ逃した。
口移しの儀は一瞬。だが余韻は長い。深音の頬に淡い紅が差し、ラジアは祈り手らしい静謐な微笑みを浮かべる。
「杯は雷哭の鍵と共鳴し、蒼海門を完全開花へ導くでしょう」
月虹杯が虹光を噴き、石柱群の魔導脈が一斉に点灯。天井の裂け目から昼月の光が差し、その下で深音がラムネ瓶を掲げた。
「これより神域への道を拓く!」
一同が喝采を上げた――その刹那、石柱外縁を裂く蒼い衝撃波。杯を照らす虹光が震え、警鐘の大太鼓が堂内に木霊する。
「“神殺し”の本隊が動いたか」
シャルトリューの銀矢が弦上で震え、深音の雷紋が苛立つように閃いた。




