◆第21話 白拳鈴寂、揺らぐ信念
新大陸中央へ伸びる翠樹海。朝靄の下、巨木から滴る雫は薄電流を帯び、踏みしめる苔が淡く光る。
その静寂を破ったのは、鉄と石の拳がぶつかり合う乾いた衝撃音だった。
鈴寂が対峙するのは“招雷僧伽”と呼ばれる武闘集団。拳に刻んだ呪字で雷のベクトルを反転させる危険技だ。
「我らは拳で天を掴む。雷哭の姫を守るというその拳、真贋を示せ」
導雷掌が空気を抉り、鈴寂は白拳で受け止めた――はずだった。
「ッ……!」
心臓の鼓動が乱される禁呪。一瞬の動揺が拳を鈍らせ、道着の胸元が大きく上下した。彼女は顔色を変え、次の瞬間には拳を引く。だが僧伽は追撃を緩めない。
俺が皇器バリアを張り、深音が雷光鼓動で脈拍を整える。それでも鈴寂は唇を噛み、拳布を握る手が震えていた。
「私の拳……揺らいだ」
夜。焚火の橙色が伐採跡の切株を染める。鈴寂は拳布を外し、煤と汗にまみれた掌をじっと見つめた。
「拳は嘘をつかない。でも、揺れない拳はもう拳じゃないのかもしれない」
焔豹は革ミトンを外し、その荒れた掌で鈴寂の拳を包んだ。
「鋼だって鍛えるときは熱で揺れる。揺れて、叩かれて、冷えて、強くなる」
鉄の匂いのする掌。同じ熱がりんせの拳布に染み入り、緊張が少しずつ解けていく。
そこへシャルトリューが銀矢を一本差し出した。先端には微細な振動符――彼女なりの励ましだ。
「矢も揺れる。だが真すぐ飛ぶ。それだけのこと」
鈴寂は拳を握り直し、深く一礼。林の奥で雷の虫が鳴き、夜気が汗を冷やす。
深音は離れた岩に腰を下ろし、ラムネを振らずに栓を抜いた。薄い炭酸音が夜の静寂に溶け、彼女の雷紋が淡く灯る。
「御主。……余も揺れておるのだろうか」
「揺れるから立てるんだ。雷も火も拳も、人の心も」
瓶口を差し出すと、深音は小さく笑い、冷えたラムネを一口、のち俺へ傾けた。甘い炭酸が喉を落ちる。
焚火は小さく爆ぜ、樹海の闇に火花を散らした。拳と雷と鋼――揺れるもの全部を抱えて、俺たちは翌朝の月虹婚約儀へと歩を進める。




