辺境の日々
R8.3.28 「狂戦士なモブ、無自覚に本編を破壊する」のコミカライズ第6巻が発売となりました。よろしくお願いいたします(宣伝)
:-:-:-:-:-:-:-:
マクブライン王国は、比較的魔物の被害も少なく、農作物に適した肥沃な中央地域に王都が置かれている。その一方で、版図の東西南北には、ヒト族の生活に適した中央とは毛色の違う〝辺境地〟が存在している。
北方。大山脈地帯。魔物の被害もだが、厳しい自然環境により、か弱きヒト族の侵入や滞在を拒む。そこに居住する種族は他の地域と比べて個体数こそ少ないが、頑健な個体が多い傾向がある。強者たちと自然環境との生存競争が日夜繰り広げられている地域と言える。
西方。大湿地地帯。外洋に接する港町として発展しているのだが、ヒト族の発展した街を少し外れると湿地地帯が続き、そこを縄張り……いや、国として認識している魚人族が存在している。教会は魚人族を魔物として認定しているが……ヒト族と同等以上の知恵と文化を持つ亜人種であり、西方地域ではそんな魚人族とのいわば戦争状態にある。
東方。大峡谷地帯。魔物たちが跋扈する……だけではなく、西方の魚人族と同じく、教会の認定としては魔物扱いとなる、ゴブリン族、オーガ族、コボルト族、オーク族……などのヒト族と同等以上の知恵や文化を持つ種が、氏族単位で集落を構成して暮らしている。西方と違い、種族との戦争というよりは、各氏族同士の縄張り争い……資源を巡っての局地戦が日々繰り広げられている地域だ。
南方。大森林地帯。魔境。かの地には他の地域と違い、言葉も情も通じない魔物が跋扈する地域。その地に住むヒト族にとっての不幸は、北、西、東……と比べても、断トツに魔物の脅威度は高いことだろう。むしろ、ヒト族が居住するには不適切な地域と言える。
しかし、そんな南方の大森林にもヒト族は暮らしている。史実としては、遥かな昔のマクブライン王国が成立する時代。その頃は、今ほどに大森林は大きくはなく、大森林を越えた先には、大陸を制覇したと伝えられる強大な帝国が存在していた。マクブライン家も、その帝国においては一介の〝地方貴族〟だったということ。つまり、現在マクブライン王国となっている地域全体も帝国の支配下であり、帝国にとっては一つの地方に過ぎなかったのだ。
遥かな昔のことはさておき、マクブライン王国においての南方地域……つまりは大森林地帯。主に魔物の被害として考えると、そこは確かにヒト族が住むには適していない地域ではある。しかし、だからといって、ヒト族がその地を撤退することもできない。何故なら、大森林は日に日に大きくなっているのだ。つまりは魔物の生存圏が拡がっている。放置すれば、それ即ち、いずれは王国が大森林の魔物どもに飲み込まれる可能性がある。それが、遥か遠い未来のことなのか、百年以内のことなのかは定かではないが……。
南方の大森林にヒト族が住むのは、要は魔物の生存圏を削るのが目的。まさしく、魔物との生存圏を賭けた戦いが行われているのだ。
生物としては、圧倒的に不利であるにも関わらず、そんな南方に住む人々がいる。そして、そんな人々を守り、大森林の魔物どもを寄せ付けないという役割を持つ貴族家も存在している。
その貴族家の一つがファルコナー男爵家。南方の辺境貴族家においても異彩を放っている領地だ。客観的な事実として、大森林の深奥の魔物どもとまともに渡り合えるのは、ファルコナー家に連なる戦士のみであることから、『南方最強』の名を冠しているのだが……かの家の得手する魔法は『身体強化』のみ。
つまり、ファルコナー家に連なる戦士たちは、大森林の……王国最凶たる魔境に巣食う魔物と、肉薄して戦うということ。
「いやいや……おかしいでしょ? 何であんな化け物たちと接近戦を……?」
「坊ちゃん。そうは言いましてもな……それが一番に効率的だからですぞ」
「(おいおい、本当に〝効率〟っていう言葉の意味を理解してるのか?)」
ファルコナー領での毎度のやり取り。
幼さの残る声。小さな影。アルバート・ファルコナー男爵令息。つまりはこのファルコナー領の領主の息子。御曹司。通称アル。
「ま、まぁ、仮に身体強化での接近戦が効率的だとして……普通に考えてよ? 肉薄するより、遠くから一方的に攻撃ができたなら……そっちの方が良いでしょ? 相手に反撃を受ける機会が一気に少なくなるんだからさ」
アルが何とか分かってもらおうとしているのは、彼の教育係でもある、ホブス老。このファルコナー領の生き字引のような立ち位置の者だ。実際にはそれほどに高齢でもないのだが……ファルコナー領においては、大抵の戦士はホブス老ほどに長生きできないという現実があったりする。ちなみに、戦士以外については、それほど短命というわけでもない。むしろ、他の辺境地よりは〝戦士以外〟の平均寿命は長いと言える。圧倒的に戦士の死亡率が高いだけだ。
「ほほほ。確かに坊ちゃんの言う通りかも知れませんのう。しかし、そもそも大森林は日中でも薄暗く、奥に行けば行くほどに森は深く、木々が生い茂る有様です。つまりは遮蔽物だらけと言うても良いでしょうぞ。遠当ての魔法は、大森林においては中々に有用な手となりませぬ」
「……ホブス老が言っているのは、他家の使う……既存の遠距離魔法なんかのことでしょ? そうじゃなくて、気配もなく、音もなく、マナの消費量も少なく……その上で、普通では目に見えぬほどに速い……そんな魔法があれば……!」
アルとしては、何としてでも魔物と肉薄して打ち合うことを避けたい。本当に勘弁して欲しいと願う。何故に〝魔法〟という超能力がある世界で、蛮族まがいの戦闘スタイルなんだ……と、そんな疑問を物心つく前から抱いたままだ。
「ほほぅ? 確かに、そのような性質を持つ遠当ての魔法であれば……有用ではあるでしょうな。ただ、『遮蔽物が多い』という条件……大森林での戦いに向かないのは変わりないのでは?」
「いかに木々が多いからといって、〝礫〟を飛ばして当てるくらいの隙間はあるし、それを見越して位置取りに気を付ければ……ッ!!」
熱を持つ幼いアル。彼は本気だ。本気でそんな魔法を……前世の記憶を元にした魔法を作りだすつもりだ。
「ほほ。アル坊ちゃんがそうまで仰るなら……このホブス老がとやかく言うことはありませぬ」
「!! じゃ、じゃあッ!?」
パッと顔を上げて、目を輝かせるアル。ようやく通じたという喜色が広がる。
「ほほほ。いえいえ。それはそれ、これはこれです。さぁ、いつまでも駄々をこねても無駄ですぞ。そろそろ〝訓練〟の時間ですからのぅ」
「おごォォッ!?」
気を抜いたアルの腹にホブス老の拳。
ファルコナー領において、戦士候補の者は一定の訓練を課せられる。資質なしという判断がされるまで、その訓練は義務。逃れる術はない。
「さて坊ちゃん。では行きますぞ? いつもいつも結果は同じであるのに、何故に訓練をごねるのやら……ほほほ」
あまりの痛みに悶絶しつつ、アルは軽々とホブス老に担がれて連れて行かれる。残念。今日も今日とて〝訓練〟に励むことになるのだ。幼きアルの辺境の日々。
:-:-:-:-:-:-:-:




