4-13
息子という表現には大変な語弊があった。
どうにもダリウスのおっさんが意味わからんところでお茶目を発揮したらしい。
「君をおどろかせてやりたくて、あえて誤解を招く表現を用いた」とか言われたので、思わずダリウスのおっさんの胸をどついてしまった。
正しくは、
「仲間の子だ。我らが『無』と呼ばれていたころから志を同じくし、そして我らを『人』にするために戦った、同志の子なのだよ」
ダリウスには仲間がいた。
今は見当たらない仲間が。
まあ、『そりゃあなあ』という感じである。
だってこのおっさんがしたことは革命だ。
すでにできあがってた権力機構を逆さまにして、自分がトップにおさまる偉業なんだ。
一人きりでできるはずがない。
精神面でも同志は必要だろうし、実務面ではいらないわけがない。
「『白皙』が我らを被差別種族としていたのは述べたと思う。それをどうにかするために戦った。その我らの中に生まれた『白皙』こそが、今、『真白なる夜』の頭目をやっている男なのだよ」
「……」
「そも、我らには、最初、『白皙』を追い落とす気はなかったのだ」
「じゃあなんで……」
「我らは必死だった。……必死、というかね。『当たり前に生きていていい』という許しを得るための戦いで、命ではなく、存在がかかっていたのだ。他の種族が享受しているぐらいの平和と、他の種族が得ているぐらいの食糧がほしかっただけでね。そもそも我らが支配者になるつもりさえなかった。……白皙が身内に生まれようと別にかまわない世の中を作るはずだったのだ」
「じゃあ、この街の差別制度は?」
「……今でこそ街はこうだが、我らが『集団』としてまとまったころには、今の街の姿とは違うものを目指していたのだよ」
「それは……」
「『平等』」
「……」
「耳慣れない概念だろう?」
「いや。それは……俺にとって耳慣れた概念だし、この世界でもすでに聞いた言葉だ」
「……ふむ。まあ、君への質問はあとにしよう。今は私が答える時間だ」
「……頼む」
「我らは『平らに等しく』なりたかった。だから、私の仲間には『無』だけではなく、我らに理解のある耳長や太短もいた。……アレクサンダーくん、ちょうど君の仲間たちのように、我らは人種を越えて志を同じくしていたのだよ」
「俺たちは別に同じ志で集まってるわけじゃねーけどな。もっとゆるい。楽しいから一緒にいるだけだ」
「そうなのか。それは、素晴らしい。……志はね、変わる。しかし、志で集まった集団は、志を変えることを許されない」
「……」
「必死の活動のすえに、我らは『無』ではなくなった。種族はたがいに同じぐらい偉くて、我らのあいだには上下の差ではなく左右の違いがあるだけだと、そういう考えを広めようとした」
「……」
「不可能だったよ」
「……だろうな」
「人はね、『他者と己を比較し、己が他者より勝っているところを見出さないと生きていけない』生き物だった。その『勝っているところ』は幻想でも思いこみでもかまわないらしい」
「ああ、クソ。……そうだな。そうなんだよな」
「……仲間たちは、『種族』という壁に引き裂かれた。口で平等を説きつつ、どうにか自分たちの種族が頂点に立つようにと権利関係の調整を始めたのだ。……当然ながらこの冷たい争いは、我ら革命を遂げた仲間内だけではなく、種族全体に広がり、街には不穏な空気が漂い始めた」
「……」
「そんな時だ。一人が『画期的なアイデア』を出した。『とりあえず白皙を一番下に置こう』とね」
胸が詰まるようだ。
ああ、人は――人の悪意は、こうだ。
当人たちにとっちゃ悪意とさえ感じられない、無意識のよどみ。
人が自然に生きていて、自然に堆積し続ける澱のようなモノ。
「もちろん、反対は出た。けれど、残念なことに『白皙』の支配から脱するべく集った我らの中に、『白皙』の勢力を代表できるような者がいなかった。意見力を持たない白皙は、それまで支配種族で、不満をかっていたこともあり、一気にその立場を転落させた」
「……」
「差別が始まった。白皙だけが下にいる差別だ。これはね、しばらくは続いたのだが……白皙差別が始まると、次は、白皙の味方をする者への風当たりが強くなった」
「……チッ」
「アレクサンダーくん、大丈夫かね?」
「大丈夫だ。……で、シロはその話にどうかかわる?」
「『シロ』か。……彼の両親は、立場のために、彼を捨てた」
「……」
「白皙はそれぞれの種族の区画をたらい回しにされ、いつしか『魔族』という呼び名が定着していった。……最初にその呼び名を使ったのも、シロくんの、父親だった男だよ」
「……んで?」
「『魔族狩り』が始まった。これは民間で、自然に、発生したのだ。……我らは手をこまねき続ける。いや、きっと、永遠になんの手立ても実行できず、魔族が滅び、次の差別種族が作られ、それが滅び、最後のいち種族になるまで続くのだろうと思われた」
「……」
「だからね、私は、同志を斬り捨てた」
「それは、文字通りの意味で?」
「そうだね。……みんな、死にたくなかっただけなのだ。生きていたかった。当たり前に他の誰かが享受している幸せを、みんなで味わいたかっただけなのだ」
「……」
「だというのに死人が出続ける。幸福とはほど遠い空気が街全体を満たす。……頭を一つにすべきだと悟った。だから、斬った。斬って、捨てた。仲間だった者たちを――もういがみ合うことしかできなくなったけれど、かつては肩を叩き笑いあった者たちを、殺したのだ」
一つだけ、わかったことがある。
ダリウスのおっさんは、感情を表に出さないが――
特に感情的になりそうな話題を語る時、なでつけた髪を掻くクセがあるようだった。
「……頭は私でなくてもよかったが、私が一番血の気が多く、行動が早かった。……私が他の種族の代表を殺し、各種族を下に置いて序列をつけた。するとどうだろう、平等を目指していた時にはまったくまとまらなかった街が、うまく動き始めたのだ」
「……ああ」
「私は英雄と呼ばれるようになった」
「……そこで、なのか。よりにもよって、そこで」
「そうだね。そして――そして、お待たせしてしまってすまないが、ここでようやく、シロくんが話にかかわってくる」
「……」
「彼は、それまで、我ら同志の醜い争いを見ていた。迫害される魔族を見ていた。実の親に殺されかける経験もしたし、魔族と呼ばれている者たちになされる陰惨な行為も見ていた」
「……そうだろうな」
「その彼に、私は『魔族をまとめてほしい』と言った。死なないように、生きていけるように、まとめてほしいと」
「……」
「そのころにはもう、私は彼がなにを考えているのかわからなくなっていた。……彼はね、いつのころからか、ずっと笑顔を浮かべているんだ。軽い調子の物言いをして、真剣さなんか欠片も見せない。けれど不思議な……魅力、というのかな? それに育ての親のひいき目かもしれないが、賢く、強い。……彼にすがるしかないと感じた。具体的なことなど、なにも言えない。ただ、魔族をまとめてくれと、懇願するしかなかった」
「……あいつは実際、すげーと思うよ」
「彼が褒められると、我がことのように嬉しく思う」
嬉しく思うと言いながら、寂しげに笑った。
まあしかし――
「なるほどな。おっさんの手ぬるいやり方も納得だ。そもそも、おっさんが密命を下して出来上がった『真白なる夜』だったんだな。だから、捕獲に対して本気じゃなかったし、襲撃に来た連中も殺しはしなかった。そんでもって、俺が姉さんを連れ出した情報も、おっさんからシロにリークしてた」
「……そうだね」
「実際、『真白なる夜』のバランス感覚は大したもんだ。問題は起こすが深刻な問題は起こさない。生きるための組織だ。……まあ『手足が勝手に動く』ことはあるみてーだがな」
「……」
「だから熱がねーのか。平等という嘘をついて、生きていける喜びだけ与えて、手足と呼んで、メンバーたちから『考えること』を奪う。思考停止で生きていくだけの組織。……なるほど一つの肉体か」
「……」
「ま、アリなんじゃねーの? っていうか、世の中に『ナシ』なことなんかない。なにかが起こっているなら、そこにはそれなりの背景とそれなりの歴史がある。事情も知らない旅人が自分の正義でケチをつけられることなんか一つもねーよ」
「……君は、どうしたい?」
「おっさんが欲しい。それから、シロも欲しい」
「……欲しい?」
「そうだ。欲しい。あんたらには可能性がある。それを無駄ないたちごっこでフイにしようとしてる。それは俺から見て、もったいない」
「……」
「だからあんたらの争う盤をぶち壊そうと思う。街をめぐってグルグルしてるあんたらを、外の世界に引っ張り出す」
「……」
「文句を言おうとか、道理を説こうとか、やめろよ。わかってんだよ、自分の行いが正しくねーのは。そもそも『正しい』っていう概念に対して懐疑的なんだ。俺は俺の望むことをする。したいことをする。巻きこまれたあんたらはまぎれもなく不幸だ。それでいい」
「……壊せるのかね、この盤上を。この呪われた港町を」
「あんたを倒してシロを倒して、あとは勢いでどうにかする。……知ってるか? 案外、ノリと勢いがあれば人を納得させるのはチョロいんだぜ」
「……倒せるのかね、あの、底知れない男を」
「さあ? 確実に勝てるからやるってもんじゃねーからな。まあ、おっさんも倒すべきなんだが、ちょっと待ってくれるとありがたい」
「……?」
「シロが来た」
白く、白く白くけぶる夜の中。
足音なんかありはしない。
気配なんていうものは、わからない。
けれど、ぶち壊しなことに、俺の目にはステータスが見えてしまう。
もしも俺に反則と呼ばれるものがあるならば、それは不死身の肉体以上に、相手の居場所や能力をひと目で発見できてしまう、このステータスの閲覧機能の方だろう。
「アレクサンダー、君はおどかしがいのない人だねぇ」
真っ白い霧の中から、そいつはぬっと現れた。




