4-12
一等区画にたどりついた俺たちは、逃げ惑う住民たちの流れを逆走しながら目的の場所を目指すことになる。
石造りの家々が立ち並んでいた区画は瓦礫まみれの廃墟となっており、そこかしこに拳大のクレーターが出来上がっていた。
空を見る。
そこには魔力で編まれた矢が無数にあって、それらは絶え間なく地上に向けて放たれ続けているようだった。
「オイ、アレクサンダー。サロモンの無茶は普通に死者が出るから次からやめさせろ」
「無理だよ。だってあいつ単独行動するんだもん」
「アタシは救助が必要なヤツがいねェか見てまわるから、テメェがサロモン止めとけよ」
「あー……なるほど。救助ね。まあざっと見た感じステータスが見えないから大丈夫とは思うが、いちおう回ってくれると助かる。俺も戦ってる場所に近付きつつ避難できてないやつがいないか探ってみるわ」
「テメェはまだ良心的だよな」
サロモンと比べられてもなあ……
ともあれ俺たちは別行動を開始した。
ダヴィッドは一等区画をぐるりと回って要救助者の捜索。
俺は戦闘が一番激しいところへと真っ直ぐ走る。
近付けば轟音、震動、爆発なんかの余波が風になって俺の着ている服をはためかせた。
砂塵が舞い瓦礫から土ぼこりがあがり、頬を撫でる風が皮膚を切り裂いていく。
魔法だ。
サロモンはどうやら奥の手と魔法を併用してダリウスのおっさんを襲っているらしい。
いよいよ二人の闘争が行われている中心部にたどりつけば、そこにはサロモンとダリウスがいて、二人が至近距離で打ち合っているところだった。
「……いや、サロモンは離れて戦えよ。お前の職業は魔術師だろうが」
ひとりごちた言葉は、爆発音にかき消される。
チートを含めないのなら、彼我の戦力はたぶん互角か、ダリウスのおっさんが上だろう。
まあしかしパッと見てるぶんにはダリウスのおっさんが防戦一方だ。
例の分厚い片刃の直剣を両手で持って、次々飛来する魔法をたたき落としている。
あ、すごいあのおっさん、火炎を斬った。どういう剣術だ。
しかし一方でサロモンも攻めあぐねいていて、行使する攻撃がことごとく打ち落とされているという感じだ。
横で見てると『離れて隠れながら襲えばお前勝つよ』と言いたくもなるのだが、わざわざ敵の手がとどく場所に身をさらして闘うのはあいつのこだわりみたいなモンだ。
求めるのは『勝利』ではなく『闘争』なのでしょうがない。あいつの欲しいのは結果じゃなく過程なのだった。
ただまあ、やっぱり不利なのはダリウスのおっさんだろうか。
サロモンに勝利するというのは、『弾切れしない機関銃に囲まれながら剣一本で射手を倒す』というような行為だ。
傷つけば血を流し、血を流し続ければ死に、死ぬまでにもガンガン弱っていく普通の人類ではどうしたっておよばない『チート』をサロモンは持っているのである。
おまけに俺とやった時は『無数の矢』だけだったのに、今はそこに『爆炎』やら『見えない風の刃』やらが加わっている。
ダリウスのおっさんが対応できてることに驚嘆すべきだろう。
今のサロモンは人類よりも災害と言うべき戦闘力を持っているのだった。
人類が戦っていい相手じゃなく、アレから逃げたとしても誰も責めない。
そんなわけで、サロモンが殺る気ならとっくに終わってそうな感じもするが……
「……燃え上がらぬ」
サロモンが舌打ちしながら攻撃を止める。
明らかに隙を見せているが、ダリウスのおっさんが飛びかかってくるようなことはなかった。
サロモンは碧い目を鋭く細め、ダリウスのおっさんをにらみつけた。
「ダリウス、貴様、やる気がないようだな」
「ふむ。まあ、やる気があってどうこうできるような相手でもないが……正直なところ、心が状況に追いついていないのは確かだねぇ。……おや、アレクサンダーくん」
おっさんが近くで見ている俺に気付く。
俺は「おっす」と片手をあげながら、機嫌悪そうなサロモンの横に並んだ。
「おっさん、すげーな。そばで見てたけど剣さばきが半端じゃねーや。今度教えて」
「なに、昔、迷宮で鍛えたものでね。人に教えられるほど体系化されたものではないよ。……ああ、しかし、久々に肝が冷えたものだ。死ぬかと思ったよ」
鼻の下に生えたチョビヒゲをなでながらおっさんは笑った。
やけに、なごやかな態度だ。
命の危機を脱したせいで弛緩しているのかとも思ったが、そうじゃない。
ダリウスは、殺されかけながらもずっとこんな調子だった。
「……なるほどサロモンが燃えねーわけだ。こいつ、面倒くせーやつだからな。おっさんが大人の対応するもんでつまんなかったんだろう」
「大人の対応?」
「必死じゃないってことだよ」
「……」
「命かかってるのに、まったく必死じゃねーんだもん。過程を求めるサロモンからしたらつまんねーだろ。あんたは強い。強いのにワクワクしねーんだ。心、技、体。そのうち技と体が人類としちゃトップクラスなのに、心だけが伴ってない。だからサロモンがスネてる」
「すねていない」とサロモンが俺にだけ聞こえるようにボソッとつぶやいた。
スネてるよ。お前は基本的にスネてる。
「あーっと、ところでサロモン、もういい? 俺、おっさんと話しに来たんだけど」
「……好きにしろ。……ふん。間違いなく強者ではあるが、闘っていてつまらぬ相手だった。このようなこともあるのか。アレクサンダー、貴様ふうに言えば『世界が広がった』というところだ」
「その前に『いきなり襲ってごめんなさい』しろよ」
「ふん」
サロモンは鼻を鳴らすと、素早くどこかへ去って行った。
俺はダリウスに向き直った。
「おっさん、サロモンがいきなり襲ってごめんね」
「なに、若いうちはああいうこともある」
ねーよ。どんな寛大さだ。
俺は周囲を見回した。
砕けた家々、散らばる瓦礫、綺麗に石畳が敷かれていた地面は見る影もなく、そこらでパチパチと燃え残った炎が夜の闇を照らして俺たちの視界を確保していた。
若気のいたりで済ませてはいけない惨状がここにある。
死者がいなかったのはたぶん奇跡だろう。
まあ、ひょっとしたら死者を出さないため避難勧告の目的で、わざと派手にやってたっていうサロモンの配慮があった可能性はゼロとは言い切れないが……
「やれやれ。築くのには長くかかったが、崩れる時は一晩か」
おっさんは瓦礫を足でどかして、地面にドカッとあぐらをかいた。
「荒れていて申し訳ないが、あいにくと家がなくてね。こんな場所だが、君の用件を済ませてしまおうか。なにか私に話があるのだろう?」
「俺、『真白なる夜』についた」
おっさんの正面に腰を下ろす。
彼は、おどろいてはいないようだった。
「で、さっきドワーフたちのレジスタンスに接触してきた」
「……」
「この街はもう、おっさんを引きずり下ろす流れの中にある。俺らの存在が変えた部分はないでもねーが、ちょっと突けば噴出するぐらいの不満が、特に三等四等それ以下とカテゴライズされてる住民の中にはたまってたんだろう」
「まあ、そうなのだろうね」
「なんで人種で差別する政策なんかやったんだ? いや、理があるのはわかる。それに『差別はダメだ!』なんて寒いこと言うつもりもない。ただ、おっさんならもっとうまくやれたろうとは思う。あと発想の出所が気になる」
「君は私を買いかぶっているようだ。私はね、それほど有能な男ではないのだよ」
なでつけた黒い髪を掻いて、おっさんは空を見上げた。
俺も同じところを見れば、真っ暗な空の中に、一つ、輝く大きなものがあった。
それは月みたいな衛星なのか、あるいは別なものか。
手を伸ばしてもとどかないそれの正体を知るには、もっともっと色々なものが必要だ。
「差別政策については、私が創造したものではないよ」
おっさんの方を見る。
彼の細い目が、俺を見ていた。
「その政策は……いや、政策などというものではなく、習慣、因習は、最初からこの地にあったものだ。それをまねしただけだよ。上下を逆さまにはしたがね」
「……」
「もともと、『白皙』がこの地を治めていた。今よりは規模の劣る集落ではあったが……」
「白皙ってーのは、『魔族』のことか?」
「そうだね。『優れた種族』たる『白皙』が、この地を治め、権力をふるっていた。……私はその社会の中で生まれた『無』と呼ばれた種族だった」
「……」
「もとよりだいぶ、人種の入り交じっていた場所でね。長耳のような俊敏性や器用さはなく、太短のような特殊技能の覚えも悪い我らは『無』と呼ばれた。なにもない者。失敗作である種族とね」
「……ハッ。面倒くせー」
「そういった秩序で動くこの場所で生まれ、育ち、そして――口減らしに出された」
「……」
胸が痛む。
それはきっと、この体がおっさんの境遇に共感しているんだ。
口減らしに出される。
まっとうに成長する機会を与えられず、道半ばで人生を終了させられる。
その境遇は、まさしくアレクサンダーの経験したものと同じなのだから。
アレクサンダーは、死んだ。
おっさんは――
「私は生き残ってしまった。……今まで、ずっとね」
「『しまった』ってこたねーだろ」
「……そうだね。同じ境遇で死した者たちには申し訳なく思う。だが、生き残って『しまった』のだよ。今でも思う。私ではない者が生き残っていてくれたならば、もっといい未来もあったのではないかと」
……街を一つ作るという偉業を成し遂げておいて、ここまで熱意のない理由がわかった。
サロモンとの闘いの時にだって、自分の命の危機を前にまったく心を燃え上がっていないおっさんの心情をようやく理解する。
理解、というか。
俺は、その気持ちを、知っている。
「……ああ、そうか。おっさんは、死者のために生きてるんだな。自分の命には、死んだ連中に尽くす以外の価値がないんだと決めつけて生きてるんだな」
「……そうだね。その通りだ。『死者のために生きている』。……なるほど、これほどしっくりとくる表現に出会ったことはない。だが……うん、やっぱり少し、違うかな」
「どう違う?」
「なにか、大いなるものが、私を死なせてくれないのだ」
「……」
「生きているのではない。死にぞこなっている。……サロモンくんだったかな、彼が私を殺すならば、それでもいいと思っていたよ。ただ黙って殺されてやるつもりもなかったが」
「なんでだ?」
「私は死にぞこなっている。だが、君の言うように、死者のために生きてもいるのだ。死者らが成し遂げるはずだったことを、彼らの末期の望みを叶えることを使命だと感じている。よりよい街を。少なくとも、子供が生きて、成長し、大人になれるような環境を、私は作りたい」
英雄。
強く、運があり、賢い者。
だけど俺は、英雄の資質の中でも一番デカイものを見落としていたようだ。
英雄とは、逆境を覆す者である。
『無』と呼ばれた種族の立場を、低いところから高いところへと逆転させた。
そんな彼は、まさしく『無』たち――今で言う『人』『人間』たちにとって英雄なのだろう。
けれど、英雄は語る。
「だが、それとは別に、この命を投げ出したいという気持ちも、ないではないよ。……義務感と希望がせめぎあっている。『死ねないが、うっかり死んでしまうのは仕方ない』。持てる力で抵抗した結果殺されるならば、きっと、みなに――死した仲間に顔向けできるだろうと、そう思っている」
「おっさんは不幸だな」
「ふむ、そうかね?」
「うっかり死ぬには強すぎる」
「……どうしてこうなってしまったのかねぇ」
ダリウスは筋骨隆々な大作りの体を揺らして笑った。
俺は、尻をひきずっておっさんににじり寄った。
「なあ、おっさん、俺と来ないか?」
「君と?」
「そうだ。世界を見よう。……いや、違うな。おっさんは世界を発見する側じゃねーな」
「では?」
「世界を創ろうぜ」
「……」
「旅をしよう。この世の果てまでの旅だ。俺にとって『果て』は歩いて行く場所だが、おっさんにとってはたぶん、そうじゃない。思考のすえにたどり着き、人生が終わるぐらいまで考え抜いてようやく発見できる頭の中の場所こそが、おっさんの『果て』なんだ」
「……」
「ただ、一人じゃ限界がある。俺はおっさんに、おっさんと同じレベルでものを考える仲間を紹介してやれる。そいつらと出会い、語り合うといい。その言葉の一つで一歩進み、進み続けりゃいつかは果てだ」
「たとえばそれは、君などかな?」
「俺じゃねーよ。俺はおっさんらとは違う。おっさんたちみたいにはなれねーし、なることに魅力も感じない。俺はいくらかの教育を受けてて、いくらかの知識があるだけだ。俺の語るものは見てきたものだけで、まだ見ぬものを創る才能はない。あんたと違ってな」
「まだ見ぬものなど、私も創ったことがないよ」
「街」
「……」
「制度だってオリジナルがあったって言うが、規模が変われば細部が変わり、細部が変わればほぼ別物だ。間違いなくこの街を街たらしめたのはおっさんの想像力のたまものだし、ここまで治め続けてきたのは、あんたが統治者に向いてたからだ」
「……しかし、一晩で崩れた」
「だからなんだよ」
「……」
「なあ、なあ、おっさん、ぶっちゃけようぜ」
「……なんだね」
「街創り、どうだった?」
「……どう、とは」
「楽しくはなかったか?」
「……」
「考えをかたちにしていく! 次第に街は整い、規模が広がる! 人々は決まり事の中で正しく平穏に生きる! それを創ったのは、他ならぬ自分だ!」
「……」
「自罰的なのはそうなんだろう。死者のために懸命にやってきたのもおっさんの本心なんだと思うよ。でもさ、俺は思うんだ。『楽しくなきゃ、創造はできない』」
「……楽しい?」
「そうだ! 快感はなかったか? 満足はなかったか? いや、いい。答えなくてなくていい。だって俺は、ここまでの街を作り上げたおっさんが、人生で一度も快感や満足を得なかっただなんて言っても、絶対に信じねーから!」
「……」
「つらいだけの人生だったって胸を張って言えるなら、もういいよ。……でもさ、おっさんの成し遂げたこの街という偉業は、差別と不満を生んだ一方で、間違いなく、あんたを英雄と称える人たちの笑顔も作り出してるんだ。……誇れはしねーか? 俺はすげーと思うけど」
おっさんはフッと笑う。
「誇る、か。……そんな資格が私にあるとは思えないがね」
「資格なんかいるかよ。いるなら教えてくれ。その資格はどこ行きゃとれる?」
「……」
「誰がどう否定しようが、人には誇りを持って生きる自由がある。最初っから持ってるんだ。おっさん自身が自由を認めなくても、俺が全力で肯定するぜ」
「…………」
「成し遂げたことを誇ろう。人生を楽しもう。さしあたっては、俺と遊ぼう。騙されたと思って一緒に来いよ。死ぬその時まで騙し続けてやるからさ」
「……おどろいたことに」
「うん?」
「……君の語る甘い夢に、転げ落ちそうな自分がいる」
「いいぜ、来いよ」
「だが、できないのだ。私には罪がある」
「死んでる連中のことなんざ気にするな。……ってもまあ、無理な気持ちはわかるが」
「そうではない。そうではないのだ。……彼は生きている」
ダリウスは袴に似た脚絆をぎゅっと握りしめた。
ミシミシと強く握られすぎた拳が悲鳴をあげている。
「悩みがあるなら言えよ。俺たちは仲間だろ? 俺の仲間は悩み相談とかしてくれねーから、こういう感じに憧れてたんだ」
「……君はその見た目で、とてつもない包容力があるな」
「おう。バブみ感じたか?」
「……まあ、なにを言っているかわからない時も多いが」
「よく言われるぜ。んで?」
「息子の話を、聞いてはくれないか?」
「……息子?」
「ああ。息子だ。……『真白なる夜』の頭目をやっている、息子の話だ」
「…………」
「そして、彼をああしてしまった……私の罪の告白を、どうか、聞いてほしい」
……深夜の世界に、白い靄がかかり始める。
霧。
ここらの土地は霧が出やすい。
白くけぶっていく夜の中、ダリウスは重苦しく口を開き始める。
この街の来歴。
そして、生み出してしまった、『真白なる夜』という怪物のことを。




